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第一章 駆け出し冒険者は博物学者
#5
しおりを挟む依頼の内容は、孤児院の子供たちと遊ぶこと。なら、力一杯遊ぼうじゃないか。
「孤児院の子供たち」といっても、年長組は俺より一つか二つ年下なだけ。なら、子供時代に戻ったつもりになって弟分・妹分と一緒に遊べば良い。
そう考え、鬼ごっこやかくれんぼ木登りなど力一杯遊んだが、それでもやっぱり気になるのがこの孤児院の経営。
俺の実年齢は子供でも、中身は成人男子の精神が同居している。どうしても無条件に無邪気にはなれない。
で、一計を案じることにした。
一時的に孤児院を暇乞いし、まずは肉屋に行き、ついで雑貨屋に行った。
雑貨屋では大量の生地と、染料と、刷毛と、木材と、その他いくつかの物を購入し院に戻った。
そして、男の子と女の子に班を分け、それぞれに作業を言い渡した。
男の子には、塀や壁の補修を。
女の子には、簡単な衣服の製作を。
そして作業量とその成果に応じて、ご褒美を出すことにした。
ご褒美。それはウサギ肉のシチュー。昨日の狩ったウサギを肉屋で売却し、代わりに熟成済みの肉を一抱え購入したのである。それを昼食の具として提供し、優等賞を取った子たちには、肉を多めに入れてあげた。
やはり、この孤児院では肉料理は滅多に出ないようで、子供たちは欣喜きんき雀躍じゃくやくしていた。
「アレクさん、さすがにここまでしてもらうのは……」
「俺の請けた依頼は、子供たちを喜ばせることです。その為に必要な資材を購入し、また提供したまでです」
セラ院長は色々気にしたようだが(当然だろう。肉代だけで小金貨5枚はする。事実上の物々交換だったから持ち出しはなかったが)、こちらは気にしない。
午後のお話タイム(子供時代のシカ狩りの話は結構ウケた)とお昼寝タイムを挟み、夕方は草むしり。
「雑草という名の草はない」との名言の通り、雑草として抜かれた草を俺の〔亜空間収納〕に入れてみると、何種類かの食用になる野草や香草、薬草が生えていたことが分かった。
それらを選別し、小さな菜園を作った。雑草として育つほどの生命力のあるモノなら、簡単な菜園で充分だろう。女の子たちにその他の雑草が菜園に入り込まないように教えるだけで、世話としては十分と判断した。
そんなとき、孤児院に背の高い女性が訪れた。年季の入った革鎧と、武骨な長剣を持つ、一目で冒険者とわかる出で立ちの女性だった。
「あ、シアおねぇちゃんおかえり~」
「おかえり~」
「ただいま。何か変わったことあった?」
「あのねあのね、アレクおにぃちゃんがね、ウサギ肉のシチューを作ってくれたの。あとねあとね、おうちの壁を直してくれたの」
「莫迦やろ~、壁を直したのは俺たちだぞ!」
「ライたちはおにぃちゃんの邪魔してただけじゃん!」
いやいや、いきなり賑やかになった。
「はじめまして。木札冒険者のアレクです。今日は院からの依頼を受けてお邪魔させていただいております」
「丁寧な挨拶だね。あたしはアリシア。鉄札冒険者だ」
ほう。現役の冒険者さんでしたか。これはこれは、色々お話聞かせていただかないと。たとえばこの雑用依頼の件とか。
◇◆◇ ◆◇◆
夕食前のひと時、俺とセラ院長、そしてアリシアさんは、子供たちを見守りながら話をすることにした。
「院長は私に、冒険の話をすることも依頼の一環だとおっしゃいましたが、アリシアさんがいる以上、それは意味を成しませんよね?」
「えぇそうね。口実よ」
「……あっさり認めましたね。口実、ですか。では本当のところは?」
と、ここでアリシアさんが口を開いた。
「昨日の一件、だよ」
「え?」
「君がセマカを返り討ちにした件さ」
「……やっぱりばれてましたか」
「初めて人を殺した気分はどうだ?」
「……シア! もう少し言葉を……」
「選んでも意味はないね。冒険者を続けるのならこんなことこれからいくらでもある。これで心を病むくらいなら、冒険者なんかやらない方が良い」
「でもあの件は、アレク君は悪くないんでしょ?」
「善い悪いの話じゃないんだよ。生きるか死ぬか、殺すか殺されるかの問題でしかない。善悪なんか生き残ってから考える話だし、生き残ったんならそれが正しかったってだけの話だ」
「生き残ったら正しい、とは限らないじゃない」
「正しいんだよ。少なくとも死んだら自分が正しいなんて言えなくなるんだし」
「じゃあ私たちのような戦えない人はどうなの? 生きてること自体が間違っているっていうの?」
「話をすり替えるな。あたしの話は冒険者にとって、だ。冒険者には戦う力がある。程度の差はあるだろうけどね。力のない冒険者は、力ある冒険者の庇護に縋りながら力を蓄えるか、初めから戦わない道を選ぶしかない。そしてそれはどちらにしても冒険者自身が選ぶ道だ」
「だから、この依頼なんですか」
「ほう、どういう意味だ?」
「通常の依頼と比べれば非常識なほど安価で且つ拘束時間が長い。普通の冒険者なら見向きもしない。この依頼に目を留めるのは、心がささくれ立っていて、休みたいと思っている冒険者だけ」
すると、セラ院長の顔がほころんだ。
「少しは休めましたか?」
「いえ、忙しすぎてそれどころではありませんでした」
即答すると、ちょっと残念そうな表情になったのが可笑しかった。
「けど、色々考えるきっかけにはなりました。
俺は冒険者になって、何をしたいのか。
昔はただ、家を出て自分の力だけで生きたかった。それだけで良かったんです。
でも昨日の一件で、独で生きて、独りで死んだら、それはそれで寂しいことだ、とも思いました。
俺に戦う力があるのなら、それは誰かを守る為に振るいたい。子供たちを見てると、そう思えます」
その言葉を聞いて、セラ院長もアリシアさんも、とてもすてきな笑顔を見せてくれたのである。
◇◆◇ ◆◇◆
夕食を前に、俺はセラ院長に許可をもらい、場所を借りて昨日の獲物の解体を行った。
アリシアさんに聞いたところ、魔獣討伐は偶然の遭遇であっても低ランク冒険者が行うことは認められない(出会ったら逃げろ、とのこと)が、通常の獣程度ならとやかく言われない。むしろ、大繁殖して討伐依頼の対象になる前に、猟師や通常の冒険者が適当に狩って数を減らした方が良いのだとか。とはいえ大抵の冒険者は、依頼でもない限り〔亜空間収納〕のサイズの都合で)狩りはあまりしないという。
肉は熟成させる必要があるから孤児院の保管庫に預け、肝など新鮮なうちに食すべきものは切り分け夕食の膳に添えられた。
「なぁアレク、一応忠告しておくが、依頼以上の仕事はしない方が良いぞ。付け込まれ、カモにされるだけだからな」
「その手の忠告は、新人冒険者のメンタルケアまで気に掛ける某孤児院の院長先生にしてあげた方が良いと思いますよ」
「言って聞く人なら忠告も意味があるんだがな」
「……ご苦労様です」
通常とは全く別の苦悩が、ここにあった。
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