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第一章 駆け出し冒険者は博物学者
#7
しおりを挟む装備を整えてからは、依頼を受けまくった。
基本は採集系。〔亜空間収納〕に保管してある薬草類のほか、それ以外の薬草等も大量に収集し、その一部(依頼にある量)をその成果として提出した。
害獣討伐系の依頼は、畑や菜園で作物を荒らしまわるキツネやウサギなどの討伐であり、獲物は冒険者ギルドで引き取ってもらうか、または解体したのち肉を肉屋に卸すことが出来る為、報酬に上乗せの旨みがあり、なかなか依頼を受けられなかった。
また肉屋などからの依頼で、食用獣の討伐(食肉の調達)の依頼が出ることもあった。対象はシカやトリなどであるが、依頼は「食肉」のみである為、皮や骨或いは羽毛などは討伐者の小遣いになる。苦無が完成し〔投擲〕で投射することで鳥獣討伐も苦にならなくなったが、最近では外傷を与えないように(皮や羽毛に傷を付けないように)討伐することが、この依頼を請ける一つのテーマになっていた。
一番傑作だったのは、輸送系の依頼である。
近くにある鉱山から、採掘された鉄鉱石を街まで運ぶという依頼であったが、20t近い量の鉄鉱石をそのまま〔無限収納〕に収め、一往復でその輸送を終わらせたとき、鉱山の主任も鍛冶師ギルドの担当者も、言葉を失っていた。
◇◆◇ ◆◇◆
孤児院には、あれからも日参している。
一般の冒険者は、ギルドで場所を提供してもらって獲物を解体する。当然場所の使用料も取られるうえ、解体した素材はそのままギルドで買い取られるのが普通である。
それが嫌なら街の外で解体するしかないが、街の外では血の匂いに惹かれて野獣や魔物が寄ってくる恐れもある。
そこで俺は、セラ院長と交渉して孤児院の一角を解体作業場として借り受けたのである。
対価は子供たちの面倒を見ることと、獲物の一部を分けること。
一度、ちょっとした偶然(というか巡り会わせ?)でクマと遭遇してしまい、これを倒して持ち帰ったときはセラ院長もアリシアさんも絶句していた。今の俺にとってクマに勝つことは難しくないが、毛皮に殆ほとんど傷付けることなく討伐出来た為、その皮で絨毯を作り孤児院の応接室に敷こうか、と提案した。もっとも、トラブルの元になるといわれて泣く泣く売却した。結構良い値が付いた。
アリシアさんには、ついでとばかりに剣の稽古をつけてもらっている。
今は体格の問題で、剣を主武器にすることが出来ないが、いずれ来るその時の為に、技術を身に着けておく必要があると考えたのだ。
それを見て院の男の子たちも、一緒に木剣を振るうようになった。将来が楽しみである。
◇◆◇ ◆◇◆
ただ、それでもやっぱり気になるのが、院の経営である。
予想通りこの院は、町長の補助で経営がされているという。そして当然のこととして、年々補助金が削減されているのだとか。
だからこそ、院出身のアリシアさんは冒険者登録をし、報酬を院に入れる生活をしているのだそうだ。
アリシアさんの考え方は尊いし、立派である。けど、正しいとは思えない。
何故ならそれは、アリシアさん個人に依存することになるからだ。
必要なのは、院が独自の経営で採算がとれるようにすることだろう。
俺には、その為のアイディアもある。ただその中には、転生チートそのものである場違いな工芸品を活用するものも含まれる。これは緊急避難、と自分に言い訳して「孤児院改造計画」に着手することにした。
◇◆◇ ◆◇◆
「親父、いるか~」
「貴様みたいな小僧に親父呼ばわりされる謂れはないわい!」
「そういうなよ。農具専門鍛冶師である親父に、良い注文を持って来たんだから」
「……帰れ。貴様に売るものなど何もないわ」
「じゃぁこの話は余所に持ち込んで良いんだな? 多分面白い話になると思うんだが」
「取り敢えず、話だけ聞かせろ」
「残念だが、話は依頼を受けてからだ。話だけで充分ネタになるからな」
訪れた先は、現在の俺の主武器たる苦無を作った鍛冶屋【リックの武具店】である。農具専門は当然冗談だが、この親父なら俺のイメージを確実に形にしてくれると思う。
「で、話とはなんだ?」
「これを見てほしい」
見せたのは、手押しポンプの概念図。俺が、前世の記憶を頼りに、フリーハンドで描いてみた。但し、画才のない俺の手描きでどこまで通じるかは謎だが。
「……これはなんだ?」
「それはハンドルで……」
「これは?」
「それがポンプの本体。ハンドルを下すと中のピストンが上がり、井戸の底から水を汲み上げる」
「よくわからん。じゃあこれは?」
「それは……」
すんません。前世の俺は工業系ではありませんでした。うろ覚えの知識と概念で構造を説明しきれる筈もなく、俺と親父のストレスは溜まる一方。けどそんな時、救いの女神が現れた。
「あぁ成程。ここを引っ張ることで空気と一緒に水を持ち上げるのね」
「おいシンディ、わかるのか?」
「ん~、何となく。要するに、こういうことでしょ?」
そう言いながら、鍛冶屋の親父の娘さんは俺の腕を引っ張り、あわや接吻キスする、というタイミングで俺の胸を突いた。
当たり前だが、その反動で腰に引っ掛けていた苦無の一つが外れて飛んだ。
「つまり、今のアレク君がこのピストンって奴で、この苦無が井戸から汲み出される水、って訳ね」
……確かにそうだが。俺の期待とときめきを一瞬で台無しにしてくれたな、このおねぇさんは。
「そうすると、この棒は?」
「いえ棒じゃなく板です。逆止弁っていいます。下から上に水が流れても、上から下には水が流れないように」
「成程、そんな仕組みを作れれば、確かに井戸から水を汲むのが楽になるね。あれ? 一番下にもその逆止弁が付いてるの?」
「はい。そうしておかないと使わない時にポンプ内の水が全部落ちて、次に使うときが大変になるんです」
「おっけーおっけ~、大体分かった。で、これをどうするの?」
「いえ、作ってほしいんですが」
「うんそれは良いけれど、これってかなり便利よね? 欲しがる人は多いと思うけど?」
「わかってます。それが相談の内容ですから」
「え?」
そう。この手押しポンプの技術は、秘匿すべきじゃない。文字通り公共事業とするのが正解である。最小の利益でたくさん作れば、それだけ多くの人が助かることになる。またその技術は、より多彩な発明のきっかけになり、それは市民生活の豊かさを底上げすることになるのだから。
俺は冒険者であって発明家じゃないし、そもそも前世地球の知識ってことは俺の発明じゃないし、それでお金なんか貰えないから。
水汲みが楽になれば、それだけ時間を作れる。時間が作れれば、別の仕事も出来る。つまり、貧困から脱出する足掛かりになる。それこそが目的なのだ。
他に持ち込む予定の前世知識との兼ね合いもあるし、ね。
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