転生したらぼっちだった

kryuaga

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第一章 はじまり

#63

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「――まだ、譲っては頂けぬと?」



 天竜騎士団の長、ヴィオランティの再訪から三日後の夜。

 老竜人の滞在する騎士寮の一室を、一人の男が訪ねていた。



「うむ。いましばらく待たれよ」



「いつまで待てばよいと言うのです!」



 彼はファスターの領主、リーシウ。

 普段しているのが執務ばかりの割には、がっしりとした肉体に精悍な顔つきをした初老の男である。

 煮え切らない返事ばかりをする天竜騎士団と、相次ぐ領民からの陳情にしびれを切らし、領主自らが忙しさの合間を縫って騎士寮へと押しかけてきたのだ。



「……既に街の再建は始まっている。しかし、災厄に見舞われた民達の心は未だ不安定なのです。

 私はこの街の、ファスターの領主として、彼らに平穏を齎す義務がある! そのためには、一刻も早く石になってしまった者達を解放せねばならんのです!」



 リーシウの叫びは確かに彼の本音ではあったが、当然、言葉通りの意味だけでも無かった。



 家を無くした者には金を貸せばいいし、仮住まいを用意する事も出来る。

 人を亡くした者はそう単純にはいかないが、それは時間を掛けて本人達が解決する事だ。もう取り戻せないものは諦めてもらうしかない。



 しかし、石となってしまった者の身内達は、既に彼らを取り戻す術がある事を知ってしまっている。

 毎日のように場所の移された彼らの元を訪れ、悲しみに暮れながらも希望を持ってしまっている。



 既存の薬がいつ手に入るか分からないと知らされた者達が、どれだけ落胆し、絶望しただろうか。

 その薬の入手が困難な理由の大部分である素材が今、ファスターに存在すると知った者達が、どれだけ歓喜し、狂喜しただろうか。

 そしてそれすらもおあずけをくらい、彼らは狂おしいほどに心を波立たせただろう。



 いくら事情を説明した所で、彼らにとっては目の前に極上の人参をぶら下げられているようなものだ。

 このままではいずれ暴走し、復興中のファスターにとって望ましくない無用な混乱を起こすだろう。

 それは領主であるリーシウにとってはもちろん、復興に向けて前を見ている他の領民達にも悪影響を及ぼしかねない。

 ただでさえ今回の災厄で少なくない蓄えを消費したというのに、復興に遅れが出れば更なる不利益が生じてしまうのだ。



 これに準じた大小様々な問題もあるが、時限爆弾のようにいつ爆発するか分からないこの一件は先んじて解決しておきたいのだろう。



「無論、我々とて現状を良しとしておるわけではない。

 じゃが、あれをかの英雄の戦果として保管しておる事は知っておられよう?」



「それは承知しております! ですがっ!!」



 当然リーシウの元にも彼らの方針は耳に入っている。

 だが、だからといって簡単に引き下がるわけにはいかない。この一件は今後のファスターの復興に大きな影響を及ぼし得る重大な案件だ。

 最低でも『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』が現れなかった時に引き渡してもらう確約を得、それまでの期限を決めておきたい。



「かの者が現れぬ限り渡す事が出来ん、などとは言わぬ。ただ、今少しの猶予をくれまいか」



「猶予、ですと? いつまで悠長な事を言っておられるつもりか。民達の不安、不満は、日に日に限界へと近付いているのですぞ!

 ……そもそも、本当にかの者を待つ必要はあるのですか? 聞けば災害個体の死骸を放置して去ってしまったそうではないですか」



 詭弁だ。

 除石薬関連の事で騎士団に対する不満が積み重なっているのは確かだが、状況はそこまで逼迫しているわけではない。

 安全が確認されてから比較的早い時期に除石薬を買いに走らせたものの、やはりファスターに石化の事が知れ渡っていなかっただけあってその地域は遠く、飛竜を数騎借りてかなりの距離を短縮したと言うのに、ようやく除石薬が届いたのがつい先日だったのだ。

 つまりは除石薬の在庫が圧倒的に足りないことが知れたのもつい先日であり、猶予はまだしばらくはあると言える。



 とは言え、護が素材を回収せずに姿を消したのも確かで、ヴィオランティには耳の痛い話であった。



「確かに領主殿の申す通り、かの者は死骸を仲間に見張らせるわけでもなく、素材の処遇に言及する事も無く姿を消した。

 じゃが、去り際に残した言葉を信用するならばそれも行方不明者の捜索を優先したが故。

 かの者が単独で活動しているとするなら、あの規格を外れた巨体の解体に掛かる時間、あるいは労力を惜しんだであろう事は想像に難くない。

 平時であれば冒険者ギルドに協力を仰ぐのであろうが、あの非常時であったのだ、致し方あるまい」



「しかし、既にあの襲撃の日から半月。あなた方が素材を持ち帰っている事は多くに知れ渡っているはず。

 それでもかの者の接触が無いのならば、所有権を主張するつもりが無いのではありませんか」



「まだ半月、とも言えよう。

 保護した行方不明者達の発見された位置は、はるか遠方にまで及んでおる。

 仮に、かの者が我等騎士団と同様に遠方にまで足を延ばしていたとするなら、今日こんにちに至るまでこの街に戻っていないという事も考えられる」



 これが仮に地球での事で、十分な準備もせずに単独で山や森に入ってしまっては、たちまち二次遭難に陥り、水や食料が足りずに衰弱死してしまうだろう。

 あるいは現地調達しようとしても、安全な物を見極める事が出来ずに体を壊してしまうかもしれない。



 しかしこの世界には魔術があり、スキルがある。

 ある程度の冒険者なら影魔術を習得して、常に影の中に非常時の備蓄を用意している。それもソロの冒険者であれば尚更だ。

 仮に蓄えが心もとなくとも、知識系スキルを取得していれば安全な食物の確保は容易で、水も魔術で生み出す事も出来る。



 もし本当に『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』が捜索活動をしているなら、半月という期間は何ら問題とならず、その間ファスターに戻っていないというのも十分に有りうる可能性であった。



「ならば一体いつまで待つと言うのです! 『今少しの猶予』とやらが過ぎた暁には、本当に災害個体の素材を譲っていただけるのですかっ!」



「……無論じゃ」



 リーシウの発言はいささか挑発的だったが、ヴィオランティとしては元よりその事に否やは無いのだ。言葉を濁す事無く明言した。



 これを受けて内心舌打ちしたのはリーシウだ。

 もう少し曖昧な返答が返ってくると予想していたために『猶予が過ぎれば』などと言ってしまったが、こうも明言されては、逆に猶予を持たせる事を半ば了承したようなものだ。

 とはいえ、引き渡しの確約は得られた。

 後は取引までの期限を少しでも短くしようとリーシウが口を開きかけるが――寸前、ヴィオランティの言葉がそれを遮った。



「既に伝わっていると思うが、我々はあと数日もすればこの街から撤収する」



「それは――」



「いや、心配召されるな。

 先ほども申した通り、期日が過ぎれば素材は提供させて頂く。

 ただ、その期日を撤収の前日にして頂きたい、というだけの話なのじゃ」



「ふうむ。撤収の前日、ですか」



 双竜騎士団の撤収。その話は確かにリーシウの元に届いていた。

 最悪、ファスターの住民の恨みを買う事も構わず、災害個体の素材を王都へ持ち帰る事もありうるのではないかと考えていたのだ。

 しかし、天竜騎士団の長から引き渡しの確約を得る事が出来た。

 口約束に過ぎないとは言え、ひとかどの立場にある者が口にした言葉だ。たやすく撤回される事は無いだろう。



「……承知いたしました。

 当日は何卒、よろしくお願いいたします」



「うむ、領主殿には面倒事を押し付けるようでいささか心苦しいのじゃが、こちらこそよろしく頼みますぞ」



 ヴィオランティと固い握手を交わしながら、リーシウは素材をどれだけ安く買い、除石薬に使わない部分をどれだけ高く売り捌くかを考え始める。



 とはいえ、それもこれも『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』が現れなかった時の事。

 どうか現れてくれるなよ。と、リーシウは深く神に祈るのだった。





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