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第一章 はじまり
#57
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「――ぜっ、……はぁ、はぁ」
もう何度目になるのか、灰霧を展開する重岩殻下等竜から距離を取る。
時間にすれば一時間にも満たない攻防の中、レーナは自らの限界を感じていた。
岩石系魔獣の襲撃に始まり、街に向かうドレイクを追って山道を駆け抜け、ろくに休まぬままドレイクとの戦闘に突入。
緊迫した状況の続く中、徐々に体力が削られていた。
だが、仮にもゴールドランクパーティーの盾剣士なのだ、体力には自信があった。少なくとも、街から引き離して離脱するくらいの余裕は辛うじてあるのではないかと予測していた。
その予測が崩れたのは、やはり灰霧を展開されるようになってからだろう。
味方が甚大な被害を受け、難を逃れた数少ない者の戦線からの離脱、そして大切な、大切なパーティーの戦友達を一度に失った彼女の心境は計り知ることができない。
集団であればこそ支えあい、抗うことの出来ていた災厄を前に、たったの数人となった彼女達の心は、徐々に絶望の影に染められていく。
「はぁ……ふっ! 『轟衝波』!!」
どこか彼女達への興味を失いつつあるドレイクに向けて、魔力の残量を考えずに出来る限り衝撃を与えられる魔闘技を放つ。
両親は無事だろうか。
もう街の皆は逃げられただろうか。
助けは来るのだろうか。
いつまで続ければいいのだろうか。
こんな事をしていても無駄ではないのだろうか。
いっそ手を出さなければ助かるのではないだろうか。
それとも、もう楽になってしまえば――
「っ!! ……そんなの、認めない。諦めてなんて、やるもんですか……!」
萎えそうになる心を奮い立たせ、崩れ落ちそうになる体に活を入れる。
奇しくも、その決意は魔力に流れを持たせ、攻撃魔術:火、支援魔術:補助、回復、魔力操作:体力回復速度増加、肉体活性化等の複数のスキル取得時に会得できる魔術『燃体』の効果を僅かながらも発揮させる。
一時的に肉体の疲労が誤魔化され、普段の動きを取り戻す事が出来る。効果が切れた後の疲労はその分倍増するが。
心なしかキレの戻った体に首を傾げながらも、追撃を放とうと再び周囲の魔力をかき集め始めたその時、事態は変化を見せる。
始まりは、視界によぎるほんの小さな黒点だった。
気のせいだと思った。
しかし時が経つにつれ黒点はゆらめくように形を変え、大きさを変え、徐々にその輪郭を明らかにしていく。
「あれは……人? もしかして、加勢に来てくれたの? ……っ、まずいっ!!」
誰かが近寄ってきているのだ、と気付いた時には"それ"はドレイクの尾を潜り抜け、体の下を通り抜けるようにレーナ達の方へと向かってきていた。
戦闘の様子を見ていたなら灰霧の脅威を知っているはずだ。
なのにわざわざ危険な体の真下を一直線に向かってくるとは、よほど自信のある対策をしてあるのか、それとも灰霧が来る前に走り抜けられると思っているのか。
だが、いつの間にか次の攻撃を準備していたドレイクの選択。
故意か偶然か、無情にも選ばれた灰霧は、黒い人影とまで認識できるようになっていた"それ"を飲み込み、気を逸らしていたレーナ達をも飲み込まんと押し迫る。
例えたった一人であろうと、加勢してくれようとしていた"誰か"に、レーナは僅かばかりの感謝と、ほんの少しの期待をしてしまった。
その"誰か"があっという間に灰霧に飲み込まれてしまう様をまざまざと見せつけられ、"やはり駄目なのか"と、彼女の心をまた、諦めの色が蝕み始める。
億劫になったのか、ドレイクは灰霧が晴れるのを待たぬまま、そんな彼女達に追い討ちをかけるように深く空気を吸い込み始める。……吐息の予備動作だ。
――おしまいだ。そう思った。
現実は非情だ。
お姫様のピンチにだって、御伽噺のように王子様は助けに来てくれない。
なら、たかが一介の冒険者である自分を都合よく助けてくれる存在なんて、来るはずがない。
未だ晴れぬ灰霧の中、いよいよもって放たれようとする魔力の動きを感じ、レーナは膝を突く。
(ごめん、みんな……もう……駄目、みたい)
――だが乙女よ、絶望したのなら彼の名を呼ぶがいい
やや薄らいだ灰霧を切り裂き、飛び出した黒い影。
――それは光をもって絶望を打ち払う希望の体現者、などでは決して無い
彼女らの人生に幕を下ろさんと吐息を洩らす顎へと、残影を残し、跳ぶ。
――それは影より生まれ、闇をもって絶望を呑み干す、奈落の体現者
「『爆裂掌・影華』!!」
――意匠の少ない、深い漆黒の鎧がその身を覆い
空気を震わせるような轟音、次いで黒炎の爆発。
――鎧の隙間を埋めるように、闇そのもののような黒い炎をちろちろと灯している
今にも開かんとしていた顎をかち上げ、漏れた吐息を焼き尽くす。
――無骨な鎚のように太い四肢を携え、汝を守らんと災厄を前に立ち塞がる彼の名を
「誰……?」
「……私か?」
どこか甘く、掠れた声。
「名は言えん。――されど贈られし仮の名を、今こそ名乗ろう」
「私は『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』!! このデカブツは私に任せて、下がっているがいい!」
もう何度目になるのか、灰霧を展開する重岩殻下等竜から距離を取る。
時間にすれば一時間にも満たない攻防の中、レーナは自らの限界を感じていた。
岩石系魔獣の襲撃に始まり、街に向かうドレイクを追って山道を駆け抜け、ろくに休まぬままドレイクとの戦闘に突入。
緊迫した状況の続く中、徐々に体力が削られていた。
だが、仮にもゴールドランクパーティーの盾剣士なのだ、体力には自信があった。少なくとも、街から引き離して離脱するくらいの余裕は辛うじてあるのではないかと予測していた。
その予測が崩れたのは、やはり灰霧を展開されるようになってからだろう。
味方が甚大な被害を受け、難を逃れた数少ない者の戦線からの離脱、そして大切な、大切なパーティーの戦友達を一度に失った彼女の心境は計り知ることができない。
集団であればこそ支えあい、抗うことの出来ていた災厄を前に、たったの数人となった彼女達の心は、徐々に絶望の影に染められていく。
「はぁ……ふっ! 『轟衝波』!!」
どこか彼女達への興味を失いつつあるドレイクに向けて、魔力の残量を考えずに出来る限り衝撃を与えられる魔闘技を放つ。
両親は無事だろうか。
もう街の皆は逃げられただろうか。
助けは来るのだろうか。
いつまで続ければいいのだろうか。
こんな事をしていても無駄ではないのだろうか。
いっそ手を出さなければ助かるのではないだろうか。
それとも、もう楽になってしまえば――
「っ!! ……そんなの、認めない。諦めてなんて、やるもんですか……!」
萎えそうになる心を奮い立たせ、崩れ落ちそうになる体に活を入れる。
奇しくも、その決意は魔力に流れを持たせ、攻撃魔術:火、支援魔術:補助、回復、魔力操作:体力回復速度増加、肉体活性化等の複数のスキル取得時に会得できる魔術『燃体』の効果を僅かながらも発揮させる。
一時的に肉体の疲労が誤魔化され、普段の動きを取り戻す事が出来る。効果が切れた後の疲労はその分倍増するが。
心なしかキレの戻った体に首を傾げながらも、追撃を放とうと再び周囲の魔力をかき集め始めたその時、事態は変化を見せる。
始まりは、視界によぎるほんの小さな黒点だった。
気のせいだと思った。
しかし時が経つにつれ黒点はゆらめくように形を変え、大きさを変え、徐々にその輪郭を明らかにしていく。
「あれは……人? もしかして、加勢に来てくれたの? ……っ、まずいっ!!」
誰かが近寄ってきているのだ、と気付いた時には"それ"はドレイクの尾を潜り抜け、体の下を通り抜けるようにレーナ達の方へと向かってきていた。
戦闘の様子を見ていたなら灰霧の脅威を知っているはずだ。
なのにわざわざ危険な体の真下を一直線に向かってくるとは、よほど自信のある対策をしてあるのか、それとも灰霧が来る前に走り抜けられると思っているのか。
だが、いつの間にか次の攻撃を準備していたドレイクの選択。
故意か偶然か、無情にも選ばれた灰霧は、黒い人影とまで認識できるようになっていた"それ"を飲み込み、気を逸らしていたレーナ達をも飲み込まんと押し迫る。
例えたった一人であろうと、加勢してくれようとしていた"誰か"に、レーナは僅かばかりの感謝と、ほんの少しの期待をしてしまった。
その"誰か"があっという間に灰霧に飲み込まれてしまう様をまざまざと見せつけられ、"やはり駄目なのか"と、彼女の心をまた、諦めの色が蝕み始める。
億劫になったのか、ドレイクは灰霧が晴れるのを待たぬまま、そんな彼女達に追い討ちをかけるように深く空気を吸い込み始める。……吐息の予備動作だ。
――おしまいだ。そう思った。
現実は非情だ。
お姫様のピンチにだって、御伽噺のように王子様は助けに来てくれない。
なら、たかが一介の冒険者である自分を都合よく助けてくれる存在なんて、来るはずがない。
未だ晴れぬ灰霧の中、いよいよもって放たれようとする魔力の動きを感じ、レーナは膝を突く。
(ごめん、みんな……もう……駄目、みたい)
――だが乙女よ、絶望したのなら彼の名を呼ぶがいい
やや薄らいだ灰霧を切り裂き、飛び出した黒い影。
――それは光をもって絶望を打ち払う希望の体現者、などでは決して無い
彼女らの人生に幕を下ろさんと吐息を洩らす顎へと、残影を残し、跳ぶ。
――それは影より生まれ、闇をもって絶望を呑み干す、奈落の体現者
「『爆裂掌・影華』!!」
――意匠の少ない、深い漆黒の鎧がその身を覆い
空気を震わせるような轟音、次いで黒炎の爆発。
――鎧の隙間を埋めるように、闇そのもののような黒い炎をちろちろと灯している
今にも開かんとしていた顎をかち上げ、漏れた吐息を焼き尽くす。
――無骨な鎚のように太い四肢を携え、汝を守らんと災厄を前に立ち塞がる彼の名を
「誰……?」
「……私か?」
どこか甘く、掠れた声。
「名は言えん。――されど贈られし仮の名を、今こそ名乗ろう」
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