転生したらぼっちだった

kryuaga

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第一章 はじまり

#53

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 護は万が一にもドレイクの注意を引かぬよう、念のため広場を迂回して冒険者ギルドへと向かった。







 ――閑散としている。

 依頼を受けに来た冒険者達の騒がしい声も、手の空いた受付嬢達が雑談に興じる賑やかな声も、今はまるで聞こえない。代わりに聞こえるのは、遠くから響く重岩殻下等竜ヘヴィロックシェルドレイクの足音だけだ。



(誰もいない……? いや、かすかにだけど人の気配がする)



 崩れた資材や倒れた棚の下、ちょっとした物陰にある死角に、何人かの人の気配を感じ取れた。

 気付いていて見捨てられた、というわけではない。

 誰もが恐慌に陥り、我先にと逃げ出そうとする中、他人の安否を気遣える者などそう多くない。逃げる途中、親しい者が動けなくなっていたら引っ張っていくくらいがせいぜいだろう。

 目に付きにくい場所で倒れていた彼らは、気付かれずに取り残されてしまったのだ。



(ラーニャちゃんはいないみたいだけど……どうする、助けるか?)



 気を失っている者の気配は違いが分かりづらいが、ラーニャは子供かと見紛うほどに小柄で、成人した人族の多く集まる場所なら見つける事は容易い。



 ドレイクは今も冒険者によって徐々に東門の方へと誘導されている。

 北西にあるカズィネアの工房はまだ比較的安全だろうし、カリーナ達ももう避難しているはずだ。行方の分からないラーニャの事は心配だが、ギルドにいないとなるともう避難していると見るしかない。

 となれば、後はカリーナにも言ったとおり、護はドレイクの出来る限り遠くへの誘導に協力するつもりだった。



(とりあえず最優先でやるべきことはやった。放っておいたら死ぬ人もいるかもしれないし、少しくらいなら助ける余裕もあるはず……!)



 人命優先と自らに言い聞かせ、救助を開始する護だったが、その心は揺れていた。



 放っておけば助からない者がいるのは本当だ。ここに来るまでに助けを呼ぶ声を無視した事も心苦しく思っているし、出来る事なら応えたかったとも思っている。

 だが、結局の所それも全て言い訳なのかもしれない。



 ――怖いのだ、あの常軌を逸した化け物が。

 他の冒険者が、領軍がどうにかしてくれるかもしれないと、限りなく低い可能性である事を考えの外に追いやって、少しでも援護に行くまでの時間を引き延ばそうと、護は救助に奔走する。……そのおかげで何人もの人が助けられたのは皮肉だろうか。







 しかし、それもいつまでも続く物ではない。

 護から遅れる事十数分。オークの森へ掃討に向かった冒険者達がファスターの街に戻ってきたのだ。

 何人か減ってはいるが、残った者達はあのドレイクの巨躯を見て尚、ファスターの街に戻ってきたのだ、生半可な覚悟ではないだろう。



 どれだけ先延ばしにしたかったのか、冒険者ギルドのみならず辺り一帯の逃げ遅れた住人を助けていた護は、遠く離れた東門の向こうに姿を現した彼らの気配を捉えていた。



(ああ……やっぱり来ちゃったんだな)



 気を失っている怪我人に回復魔術を施していた護はそっとため息を吐き、ようやく観念して覚悟を決める。

 意識の無い者を放置していくのは少々心配だが、目が覚めるのを待っている時間はもうない。それに、ドレイクの誘導に成功すれば何の問題も無いのだ。



(今も逃げ出したい気持ちは変わらない。でも……いい加減怯え続けるのにも疲れた)



 護は半ば逆恨みのような、八つ当たりするような気分で戦場に向かうのだった。











 ――東門周辺。



 血肉で彩られていたドレイクの通った跡は、逃げる冒険者達に向けて放たれたブレスに巻き込まれ、歪なオブジェの立ち並ぶ灰色の荒地となっていた。

 まだ生きている者もいないわけではなかったが、冒険者達も必死だったのだ。



 西門には人が溢れ、南門へ行っても門は閉じられたままな上、ドレイクが立ちふさがっていた。北は領主の館があるだけで袋小路となっている。となれば後は東へ向かうしかない。門は閉じられたままだが、ドレイクの突撃によって崩された外壁の穴から外へおびき出せるだろう。

 彼らは時折ブレスによって犠牲者を出しながら、ゆっくりとだが外壁の穴に向けてドレイクの誘導を成しえていた。







 また、領軍も何もしていなかったわけではない。

 魔獣の襲撃と思われていた時は一部の部隊を群衆の抑えに向かわせ、残りの部隊は東門に集中して配置し、襲撃に備えていたのだ。



 ――が、そこへドレイクが突っ込んだ。

 直接潰された者も少なくないが、通り過ぎた際の暴風や飛散した瓦礫によって東門周辺に集っていた部隊の七割以上が負傷。

 南門付近にいた部隊は八割以上がブレスに呑まれ、更には周囲の惨状、その光景を作り出した化け物に対する恐怖に捕らわれ、負傷兵を含む多くの兵が逃げ出してしまった。残る兵は領軍全体の二割にも満たないだろう。



 街を放ってはおけないと決死の覚悟で残った兵達だったが、指揮を執る将兵もほとんど残っておらず、当然、部隊を維持する事が出来ずに多くの兵が孤立してしまう。

 国すら滅ぼしかねない大災厄を相手に、集団でこそ真価を発揮する兵達が、今の状態で何が出来るというのだろうか。

 焦る心とは裏腹に、上官の命令に従うよう訓練された頭は、これからどうすればいいのか、そんなことすらも導き出すことが出来ないでいた。その上官ですら逃げ出す状況なのだから仕方ないとも言えるのだが。



 そんな状況の中、一人の衛兵が周囲の者達に呼びかける。



「――っ!ぼけっと突っ立ってる場合じゃねえっ。おいお前ら!冒険者共があのデカブツの注意を引いてる間にまだ残ってる住民と負傷者を逃がすぞ!今手を出しても邪魔になるだけだ!」



 そう言って負傷者の介抱を始めたのは運よく難を逃れたゲートルだった。

 普段は東門の警備をしている事の方が多いのだが、肉祭りの日は警備の兵が増員され、巡回に出される者も多くでてくる。ゲートルは丁度巡回に出ており、ドレイクの蹂躙に巻き込まれずに済んだのだ。



 何も敵を倒す事だけが街を守るという事ではない。そこに住む住民もあってこそ、街が成り立つ。

 周囲にいた兵達はゲートルの声を受けてその事に気付き、ようやく動き出した。

 他の離れた場所でも率先して救助に動く兵が働きかけている。中には自棄になってドレイクへと挑みかかろうとする者もいたが、近付くにつれて大きくなるその威容に、たった一撃すら叩き込む事も出来ずに攻撃の意志を失ってへたり込んでしまう。



 とにもかくにも、この事態を前にして街全体が大きく動き始めた。







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