50 / 72
第一章 はじまり
#46
しおりを挟むメタルタートルが討伐されてからしばらく経った頃、護はカズィネアのいる鍛治工房でいつものように武具の点検をしてもらっていた。
「んー、こりゃあ大分傷んできてるね」
「え、ほんとですか」
「ああ。あんまり酷使するようだと、近いうちにどっかイカれちまうだろうね」
迷宮鉄製の武具をこの工房で作ってもらってから一年と半年。防具は未だに傷一つ無いものの、手甲に脛当て、更には格闘戦用に補強してもらったブーツまでも二度、三度と作り直されている。
(最近は攻撃魔術もよく使うようになったから、まだしばらくは持つと思ってたんだけどなあ)
「また作り直しですか……」
「戦闘中に武器がぶっ壊れるよりはいいだろう?それで、今回も迷宮鉄製にしとくかい?」
「うーん……ちなみに迷宮鉄よりお勧めの素材ってあります?」
「ん、そうだねえ……剣や槍ならここのモンスターの素材でも色々作れるんだけどね。格闘具となると、Dオーガの骨でもなけりゃ迷宮鉄ほども持ちゃあしないよ」
「Dオーガですか……取ってくるのは俺にはまだまだ厳しいでしょうね」
「プラチナランクでも手を焼くって話だからねえ、打撃主体のあんたじゃ尚更厳しいだろうね。魔獣の素材なんかだと一部の魔闘技やら付与魔術と相性のいい武具が作れたりもするけど、この街じゃあ魔獣の素材なんて滅多に出回らないし、買おうと思ってもオーガの骨以上に破格の値段がするだろうさ」
「この間メタルタートルが討伐されましたよね。あれの素材はどうでした?」
「ああ、あれかい。あたしも一応見には行ったけど、ありゃあうちみたいな工房じゃあおいそれと手を出せる金額じゃあ無かったね。迷宮鉄と比べてもやや硬く、結構な軽量化が出来そうだったよ。それでいて地、岩石系の魔闘技の威力の増幅が見込めたからね、はっきり言って値段相当とは言えないが、素材としては中々いいモノだったさ」
「へえ、モンスターでも無いのに、やっぱり魔獣はランクが高いだけあってうまみも大きそうですね」
「ま、この街じゃ魔獣なんて年に一度出ればいい方だからね、気にしたって仕方ないさ。で、それ以外となると金属の素材なんだが……あんたが取って来れそうなのなら迷宮銀も悪くは無いね。迷宮鉄にやや強度は劣るし、魔獣素材ほど魔闘技の威力は上がらないが、一部に特化しない代わりにおおよそ全ての魔闘技に威力の向上が見込める」
「確かに迷宮銀は取ってこれると思いますけど、俺ソロですからあんまり魔闘技使わないんですよね……」
「ふうん、そういうもんかね。となると、手に入りそうなのはもう魔宮鉄くらいしか思い当たらんねえ」
「魔宮鉄?」
「ああ、聞いた事無いかい?一定量以上の魔力が馴染んだ鉄の事がそもそも迷宮鉄と呼ばれていて、更に魔力値の限界を上回って変質した物が魔宮鉄と呼ばれてるんだ。なんでも、ミスリルランクの冒険者がいた街じゃあその魔宮鉄すら上回る獄宮鉄なんてのが出回ったなんて与太話もあるらしいけどね」
確かに過去、ミスリルランクの冒険者がいた街では獄宮鉄が出回る事もあった。が、残念ながらファスターのダンジョンは世界中に点在するダンジョンの中でもかなり浅く、そこまで高品質な素材が手に入る事は無い。
「魔宮鉄に獄宮鉄ですか、それはやっぱりダンジョンの深層で取れるんですかね」
「Dオーガの出る地下四十階前後から取れるって話だから、運が良ければあんたでも取ってこれるんじゃないかい?」
「なるほど。すぐには無理だと思いますけど、地下三十五階までなら行った事があるので、もうしばらくすればなんとかなるかもしれません」
「でもまあ、さすがに今の装備じゃあそれまで持ちそうにないね。魔宮鉄を手に入れるにしても、それまでのつなぎに一通り作り直しといた方がいいと思うよ」
「そうですね。じゃあこれ、次の分の迷宮鉄です」
カズィネアの提案に、念のためストックしておいた迷宮鉄鉱を取り出し、カウンターの上に並べていく。
「あいよ、じゃあまたいつも通り、何日か後に受け取りに来な」
護は前金を払って工房を後にし、真っ直ぐ宿へと帰っていった。
「おかえりなさい、マモルお兄さん」
「ただいま、カリーナちゃん」
二年近くダンジョンに通い続け、それなりに稼いでいるはずの護がいつまでもこの安宿を利用しているのは、やはりカリーナの存在が大きいだろう。
今年で十二になるカリーナは、魔力による影響でめきめきと成長し、護としては非常に残念な事に地球での女子高生くらいの体格になっていた。
とはいえ、心はいまだ十二歳の子供である事に変わりは無い。年頃の女の子が親しげに話しかけてくるようで護は内心戸惑いながらも、若干デレッとしつつ、なんとか今まで通りに接していた。
「マモルお兄さん、少し髪が伸びてきてますね。伸ばしてるんですか?」
会話の途中、カリーナがふと伸ばしっぱなしになっていた護の髪を見て、尋ねる。
「ん、ああいや、自分で切るのは手間だからさ、ついつい後回しにしちゃうんだよ。これから暑くなってくるし、そろそろ切ろうかな……」
「あ、それなら……もし良かったら、私が切りましょうか?」
「え、カリーナちゃんが?」
「はいっ!うちはいつもお母さんが切ってくれるんですけど、お母さんの髪はお父さんが切っちゃうので、私も一度やってみたかったんです」
「そ、そっか。うぅん……」
「……う、やっぱり一度もやったことないんじゃ駄目ですよね。ごめんなさい、マモルお兄さん」
言いよどむ護に、しょんぼりするカリーナ、そして厨房から護を睨みつける宿の主人。
「あ、いやいや!そうじゃなくて、受付を空けちゃって大丈夫かなって!自分で切るのは難しいからむしろお願いしたいくらいだよ!」
「……ほんとですかっ?それなら大丈夫です!今の時間ならお母さんに代わってもらえますから」
「そっか、じゃあお願いしていいかな?」
「はいっ、任せてください!それじゃあすぐ代わってもらいますから、マモルお兄さんの部屋で待っててください」
そう言い残してカリーナは女将のいるであろう裏庭へ向かった。護の部屋ですると聞いて、ますます厨房からの視線が強まり、気のせいか歯軋りも聞こえる。護は逃げるようにして部屋に引き上げた。
「ふんふんふー」
鼻歌交じりにカリーナは櫛と鋏を動かしていく。その手つきは護が思っていたよりも幾分と滑らかだ。
「そういえばもうすぐ肉祭りだけど、カリーナちゃんは今年はどうするの?」
「肉祭りですかー。今年もマモルお兄さんと一緒なら行ってもいいよって言ってくれたんですけど、そう何度もマモルお兄さんにご迷惑をおかけするわけにもいきませんし……それに私ももう十二なんですから、一人でも大丈夫って言ったんですけど、むしろ成長したから駄目なんだ。ってよく分からない事を言われました」
「あはは……俺なら今年も構わないよ?」
「ありがとうございます。でも、それだけじゃなくて、うちにもあんまり負担をかけたくないんです。うちを利用してくれるお客さんは結構たくさんいますけど、安さが自慢の宿ですからそんなに儲かってないんです。それなのに祭りの日に人を雇ったらすごく負担になるはずなんです……それに、私はここの看板娘ですからっ」
未練を振り払うように明るく振舞うカリーナに、護は頷く事しか出来ない。
「そっか……そうだね、カリーナちゃんがいないと酒場はむさくるしいおじさんばっかりになっちゃうしね」
「ふふっ、そうですよ……あっ!」
「ん、どうかした?」
「い、いえ、その、あの……な、なんでもありません」
なんとなく予想は出来ているのだが、あまりに挙動不審なカリーナの様子にそっとため息を吐いて護は気づかないふりをした。
その夜、凍結魔術を駆使して鏡を作った護は、頑張って隠そうとした痕跡のある一部禿げた後頭部に苦笑を漏らすしか無かったという。
0
お気に入りに追加
81
あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる