43 / 72
第一章 はじまり
#39
しおりを挟む嘆きの果てに、護は顔を上げる。そこには流せなかった涙の代わりに感情をこぼしてしまったかのように何の表情も浮かんでいない。その瞳に冷たく固まってしまったカサーギオの遺体を写し、護は魔術を発動する。
「……『輪廻へ還す白き浄炎の灯火』」
実際カサーギオ本来の魂は輪廻の輪の中で生まれ変わっている。仮にもしも、モンスターにも魂があったとしても、命を落としたその時に魂は散って、とうに輪廻の輪の中に取り込まれている。ここにあるのはカサーギオの魂の抜け殻の、命の抜け殻だ。これは護の自己満足だ。
真っ白な浄化の炎が固まってしまっていたカサーギオの体を暖め、ほぐすように全身に広がり、やがてその骨まで焼き尽くした。
その結果を見届け、部屋を出ようとした護は、無意識のうちに結界を張っていたことに気付き、その雑さについ笑ってしまった。
部屋を出た護は地上へと足を進めるが、心なしかその足取りは重い。
人族型モンスターがその行く手を遮るが、低層のモンスターが護の相手になるはずもなく、あっさりと蹴散らされる。
「……?」
モンスターを蹴散らした護は、何故か視界がぼやけてしまっていた。ゴミでも入ったかと思い、目をこすると、そこには涙が溢れ、こぼれて頬を濡らしていた。
「……えっ?ははっ、……なんだこれ」
拭っても拭っても、溢れる涙は止まらない。……本当は護ももう気付いている。倒したモンスターの姿に、死んでしまったカサーギオの姿を幻視して、涙をこぼしたことに。
カサーギオとは出会ってから三日も経っていなかったし、友人というわけでもなかった。それに彼はモンスターだ、いつかは誰かに殺されていただろう。護は、そう自分に言い聞かせて、今回の事を忘れようとしていた。
だが、彼にはやはり無理だったのだ。三日も経っていなくとも、名を知り、言葉を交わした。モンスターとして生まれたのかもしれないが、中途半端に思い出してしまった記憶に思い悩み、モンスターとして生きるのに耐えられないと命を散らした彼は、やはり"人"だった。
護はそこまで身近に"人"の死を迎えたことが無かった。悲しみ方が分からなかった。助けられなかった事を悔いているのだと思っていた。誰が死んでも平気だと思っていた。
……だが、護はようやく分かった。自分が彼の死を悲しんでいる事を、助けられなかった自らの不甲斐なさへの怒りを、思っていたよりもずっとずっと脆かった自らの心を。
「だから悪いな、……これは八つ当たりだ」
そう言って護は周囲に冒険者がいない事を確認し、使う事が無いと思っていた『魔蟲の奏者』のもう一つの機能に切り替え、起動する。
『魔蟲の奏者』のもう一つの機能――『魔蟲の招集』によって、続々と集まる魔蟲型モンスターを前に、護は涙を拭うことをやめた。
「ほら、早く来てくれ。じゃないと、……じゃないと、俺の心が耐えられそうに無い」
集まったモンスター達は、護に怯えるかのように、一定の距離から近付こうとしない。
「……来てくれないのか?なあ?……でも、悪いな。俺はもう、我慢の限界なんだ。無理矢理でも、付き合ってもらう……!」
護は流れる涙をそのままに、魔蟲の群れに襲い掛かる。そこには普段の流麗な動きなど少しもない。ただ荒々しくがむしゃらに、悲しみをぶつけるように、怒りをぶつけるように、軋む心を誤魔化すように、モンスター達に叩きつける。
もちろんそんな戦い方をしていては、護も無傷で済むはずもない。肉体活性化によって肉体は頑強さを増しているが、いくら低層の、とはいえモンスターなのだ。徐々に傷が増えていくが、護は更に自らを痛めつけるように群れの奥へ奥へと突き進んでいく。
「うっ、ぐっ、あぁっ!ああ、あああああっ!!」
モンスター達に彼は止められない。集まった魔蟲達をことごとく撃墜し、湧き直した魔蟲達も粉砕し、僅かな時間だが、とうとうそのフロアに魔蟲型モンスターは一切いなくなった。
護は全身の傷をそのままに、荒い呼吸でその場に座り込み、『魔蟲の奏者』の機能を止める。
「はぁ……はぁ、ははっ。さすがにこれ以上は無理かな」
「……ごめん、カサーギオ。お前に答えをやれなくて」
「ごめん、カサーギオ。お前を助けてやれなくて」
「ごめん、カサーギオ。すぐに悼んでやれなくて」
「ごめん……カサーギオ、ごめんな」
地べたに座り込み、顔を伏せた護は懺悔するかのようにカサーギオへ謝罪を繰り返す。
……やがて、ようやく顔を上げた護は、襲い掛かりつつあったモンスターを魔術で粉砕し、立ち上がる。
「なあ、カサーギオ。冒険者だったお前の代わり、なんてとても言えないけど、俺はこれからたくさんの冒険をしてみせるよ」
その顔に、悲しみはもう僅かにしか残していない。護は自らの心に整理をつけ、ようやくその足を踏み出し、地上へと帰っていく。
……そのずたぼろの姿を見たラーニャにひどく心配されたのは言うまでも無い。
0
お気に入りに追加
81
あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる