転生したらぼっちだった

kryuaga

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第一章 はじまり

#38

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 護の初の護衛依頼は、なかなか順調――とは言えなかった。



 初めのうち、護はいつも通りのペースでザクザク進んでいたのだが、カサーギオがあっという間に根を上げた。ゴールドランクでソロの護と、シルバーランクでパーティーを組んでいたカサーギオの体力や、体力の回復速度が同じはずがない。

 護衛対象の体力配分を考えていなかった護は護衛失格である。



 ただ、モンスターに関しては何の問題もなかった。

 仮にも地下三十三階まで踏破しているのだ、肉体活性化のみの格闘術だけであろうと遅れを取るはずもない。モンスター達が率先して護を狙った事も大きいだろう。







『――これくらいで一旦休憩にしようか』



『はぁ……はぁ……。すみません、マモルさん』



 地下十二階、疲れきったカサーギオを見かねて護が休憩を提案する。



『いや、……その、こっちこそごめん。ペース配分がうまくできなくて』



『いえ、マモルさんのせいじゃありません、気にしないでください。……前は俺ももう少し体力があったと思うんですけど』



『前のダンジョンは水中だったって話だし、何かと勝手が違うんじゃないかな』



『確かに、そうかもしれません』







『……そういえば、ここに来る前の事、少しは思い出せたりした?』



『すみません、それが、その、全く。……それどころか、落ち着いて思い出そうとする度、いくつもの記憶が抜け落ちてる事に気づいたんです』



『記憶が……?』



『はい、何年も一緒にパーティーを組んでたはずの皆の顔も……皆?皆の名前、何て言ったっけ……?』



 カサーギオは信じられない物でも見たかのように目を大きく見開き、頭を抱えて虚空に視線を彷徨わせる。



『カサーギオ?』



『いつも俺と競い合って槍で突いていたあいつは誰だ……?

突出する俺達を叱って、いつも前線を支えてくれたあいつは……?

俺達のやり取りを呆れたように眺めながら、しっかり魔術で援護してくれたあいつは……?

無茶ばかりして傷ついた俺達を心配して、いつも癒してくれたあの子の名前は、名前は……!

くそっ!駄目だ……!思い出せない!なんでだよ!ちくしょう!なんであいつらの名前が思い出せないんだ!』



『カサーギオ!?お、落ち着いて!』



『っマモルさん!でも、でもっ!思い出せないんです!一緒に戦ってきた仲間の事が!……好きだったあの子の事が!…………っあぁ。家族の事も、思い、出せない』



 カサーギオは顔を伏せ、とても静かに、長く、長く泣き続けた。

 護はかける言葉も見つからず、ただひたすらに周辺を警戒するだけであった。







『……すみません、マモルさん。もう、心配ありません』



『う、うん……無理はしないでね』



『はい、大丈夫です』



 カサーギオは落ち着きを取り戻したようだが、泣くという行為は案外体力を消耗する。護は近くにあった小部屋に移動し、そこで一夜を明かす事にした。







 翌朝、またも寝不足の護と、どこか元気の無いカサーギオの二人は地上へ向かって前進する。地下十二階からは『魔蟲の奏者』を使って魔蟲除けをしながら進むこととした。これで戦闘は人族型モンスターのみとなり、かなり時間を短縮できるだろう。



 地下七階。このあたりは実力の低いパーティーがやや多く、護達とも時々すれ違う。

 やや動きの鈍い体でモンスターを蹴散らす護に、どこか心ここにあらずとなっていたカサーギオが一つ、問いかけた。



『ねえ、マモルさん』



『えっ!?あ、ああ、なんだい?』



『そういえば、今は何年のいつですか?』



『ああ、それなら確か、**年の、×月□日だったと思うよ』



『え……?すみません、もう一度お願いします』



『**年の、×月□日だと思う』



 聞かれたとおり、今現在の年月日を答える。

 護は後から思う。この時何故こんな質問をしたのかもう少しよく考えていれば、何か変えられたのではないかと。







『あは、は、はは。はははっ。あははははははははは!』



『カ、カサーギオ?』



 カサーギオはどこか壊れた笑顔に涙を流しながら笑い続ける。



『はははははっ!ああ、マモルさん。俺、ようやく分かったんです』



『分かった?一体何が……?』



『人族型モンスターの死に顔を見る度、何故か仲間の顔がチラつきそうになるんです。何度も、何度も。何度も!……それで俺、ふと思ったんだ、もしかしたら、それも忘れてるだけで、あいつらも、あの子も、……俺ももう死んでるんじゃないかって』



『カサーギオが死んでる?そんな、どう見ても俺の目の前で生きてるじゃないか』



『はは、そう思いますよね?……でも、魚人族はおろか、どんな人族だって八百年以上も生き続けられるわけが無い』



『は?八百年!?』



『あまり細かい年は思い出せないけど、俺が生きてた年は確かにそれぐらい前の年でした……それにね?マモルさん。俺、しばらく前からおかしいんだ。モンスターを見てもなんとも思わないのに、冒険者とすれ違う度、何度も襲い掛かりそうになった。それに今も、マモルさんに襲い掛かりたくて仕方がないんだ。それに、あの時は言えなかったけど、食事を分けてもらった時気付いた。丸二日は何も食べてないはずなのに、全く食欲が無かったんだ』



『カサーギオ、何を言って……』



『俺はきっと一度死んで、モンスターとして作り直されたのに、何かの間違いで記憶を取り戻しちゃっただけなんだと思う。

……ねえ、マモルさん。帰るべき居場所を作ってくれる家族を喪って、頼るべき仲間を喪って、俺はどこに行けばいいのかな?』



『そ、そんな……っそれなら、俺と!』



 辛うじて声を振り絞る護に、カサーギオは哀しそうに首を横に振る。



『ごめん、マモルさん。その言葉は嬉しいけど、やっぱり俺はどこにも行けない。今はこうしていられるけど、いつまでも人へ襲い掛かりそうになるのを抑えていられるとは思えないんだ。こんなんじゃあ俺、モンスターと一緒にいるしか無いんだと思う』



 そう言われて護は思う。

 カサーギオと初めに会う前の時。全く気配を隠さず、あれだけ無防備だった彼が何故傷一つ無かったのか。

 彼を捉えた時、確かにすぐ近くにモンスターがいたが、彼は本当に襲われかけていたか。

 そしてここまでに来る道中、モンスター達は一度たりともカサーギオの方に行こうとする素振りを見せたか。

 そうやって考えてみると、カサーギオがモンスターだという事が否定しきれない。



『ごめん、マモルさん。ここまでありがとう。……俺のことは、っ忘れていいから!』



 ……そんな護の考えが顔に出ていたのだろう。カサーギオは踵を返し、勢いよく走り出す。



『カサーギオ!待っ……』



 護はカサーギオを呼び止めようとするが、彼を止めて、どうすればいいのか分からない。カサーギオの気配はどんどん遠ざかっていく。



 ――その先で冒険者と人族型モンスターの争う気配がするが、気付けるはずの距離なのに彼の気配は止まろうとしない。



(カサーギオ……?っまさか!やめてくれ!)



 その可能性に気付いた護はすぐに肉体を強化し、全力でカサーギオの後を追う。



 寝不足のせいか体が鈍い。



 焦りのあまり転びそうになる。



 それでもようやく辿り着いた曲がり角の先で見たものは、冒険者達に襲い掛かろうとするカサーギオの、心臓の貫かれた姿だった。







『ッッカサーギオッ!!』



 そこにいた冒険者達には影しか捉えられなかったであろう速さでカサーギオの体を奪い、距離をとって何もいない小部屋を見つけ、駆け込む。



『カサーギオ!カサーギオッ!!どうして、っどうしてこんなことに!』



 不慣れな回復魔術を使って傷を塞ごうとするが、うまくいかない。今まで一度も大きな怪我をせず、ぐちゃぐちゃでまとまらない精神が、元より難易度の高い回復魔術を更に難しくしている。



『……がはっ、がふっ!……ああ、マモルさん、思い出しました。やっぱり俺、前に一度死んでたみたいです』



『それは後でいいから、今は喋るな!すぐ俺が治してやるから!』



『はは、さすがにこれは無理じゃないですかね。……実は今にも意識が途絶えそうなんです。だから、少し話させてください』



『くっ……!』



『俺、ようやくあいつらの顔、思い出せたんです。最期の時だけなん、ですけど。ダンジョンで初めてのフロアに降りた時、竜みたいな頭の魚に、俺、武器ごと片腕食われちゃって、あいつら、俺をかばって、次々に食われて、いったんです。俺は腕の傷を、あの子に癒して、もらいながら、ただ、見ているしかできなくて。最後には、あの子も、俺をかばって、食われちまって……ねえ、マモルさん。ダンジョンのどこかには、あいつらも、モンスターになって、生きてんのかなあ』



『どこかには、カサーギオの仲間の姿をしたモンスターはいるかもしれない』



 ただし、それは外見だけだ。彼らも、カサーギオも、死と同時に魂は拡散し、輪廻の輪の中で新しい何かとなって今も生きている。ここにいるカサーギオの記憶は例外で、希少個体の特殊型として発現した異常が、肉体という情報からの記憶、自我の発露だった。魂を持たないモンスターでありながら、僅かでも生前の記憶を取り戻せたのはこのためだ。



『そう、ですか。でも、やっぱりそれ、が同じなのは、姿だけ、で、俺の仲間じゃ、ないん、ですよね。……すみません、マモルさん。俺も、モンスター、として生きる、のは、耐えられそう、に無かった、んです』



『カサーギオ……』



『ああ……そろそろ、限界、かな。いろいろ、ありがと、ございました。マモルさ……ん』



『カサーギオ?カサーギオッ!』



 心臓の傷は既に塞がっている。……ただそれは少し遅すぎた。如何にモンスターの体といえど、カサーギオは多くの血を流しすぎたのだ。



「くっ……ああぁっ!くそっ、くそおっ!!」



 ダンジョンの地下七階にある、小さな部屋に、冷たくなった骸を胸に抱く護の、小さな嘆く声が響き続けた……。

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