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第一章 はじまり
#13
しおりを挟むタン、タタン、トン、タン。と、小気味良いテンポの足音が響く。
音の発生源は十代半ばの青年。流れるような動きで手を振り、歩を刻み、その身を躍らせる。それは時にそよ風のように柔らかく、時に嵐のように激しい。舞台の上であれば、その舞に観客は目を奪われるだろう。
しかし、青年のいる場所は舞台の上ではなく、魔物の巣窟。観客は目に感嘆を宿さない。その目に宿るのは巣を荒らされた怒りと、怯えだけだ。
足音の刻む音色の合間には鈍い打撃音と、悲痛で耳障りの悪い悲鳴が洞窟に響き渡る。
その舞は人を楽しませるためにあるのではない。その拳を振るえば肉を潰し、時に内臓を破壊する。その脚を振るえば骨を砕き、時にその命をも刈り取る。
十四になった青年、小森護はギルドの依頼で森にある洞窟へ魔物の討伐に来ていた。
「魔物の数多すぎだろ! ……ああ、いつに、なったら、俺も、パーティー、にはいれ、るんだろう」
殺到する人型の魔物の攻撃を時に避け、いなし、受け流しては殴殺する護の途切れがちなぼやきが興奮した怒声の中に消える。
いつになったらもなにも、やましい事を隠すために時折あるパーティーの誘いすら断ってるのは護自身である。
一人でダンジョンに潜っても特に問題が無かったこともあるが、パーティーの雰囲気に馴染めるかどうか、不安で踏ん切りがつかないというのも大きい。
嘆息まじりに人型の魔物――ゴブリン達を屠る護の耳に、洞窟の奥から重く鈍い足音が届く。二年前から鍛え上げた気配察知と空間把握のスキルを、護はもう完全にものにしている。洞窟に入る前から把握していたその存在が、ようやくその重い腰を上げたようだ。
身の丈はおよそ3m、太く逞しい筋肉がその身を覆い、その重量は牛ほどもあるだろうか。護の前にそびえたったその巨体の名はオーガ。
多くのゴブリンを配下にし、森の奥にある洞窟に住処を作ったこの森周辺の主である。
その身に仰ぐ強者を迎えたゴブリン達は、これで助かった。とばかりにその醜い表情を緩ませるが、その目には未だ拭いきれない怯えが残っている。
「ようやく来たか……。あのままだとゴブリン全部蹴散らさないといけないところだったけど、後はこいつを倒して残ったゴブリンは解散させて終わりだ」
根絶やしにしても獣が繁殖しすぎてしまう。適度に数を残して殺しあってもらったほうが人族にとって都合よくバランスがとれるというわけだ。
それだけに強力な個体に群れを率いてもらっては困る。――つまり、
「お前はここで倒させてもらうっ!」
鋭い踏み込みと共にその巨体の懐に入り、ゴブリンならば骨ごと折り砕く拳撃を鳩尾に叩き込む。鈍い音と共にその頑強な体を揺るがせるオーガだったが、致命傷には程遠いようで、嘲笑うようにその恐ろしい顔を歪ませる。
殴った瞬間に効果が薄い事に気付き、舌打ちと共に後退した護だが、その顔に焦りの色は無い。それもそのはず、護は今の状況に至るまで一度も魔術を使っていない。補助魔術でさえもだ。
護が多くの魔術を使える事は、稽古をつけてくれたゲートルも知らない。影魔術を使えることと、せいぜい生活魔術が使える事を知られている程度だ。
戦闘技術に関して、スキルに頼らず身に着けていると思わせているため、その上更に魔術の才能を持っていると思われる事を躊躇わされた。
戦闘技術だけに焦点を絞っても、既にゲートルの腕を超えている。
(オーガ相手なら筋力の補助魔術とナックルグローブに硬化効果を付与するくらいでいけるかな……?)
「『筋力補助』『硬化付与』!」
オーガの豪腕を最小限の動きでかわしながら魔術をその身に纏い、加速する。
素の状態の護ですら捉えることのできなかったオーガに、その動きを目で追うことすらかなわない。途端にがむしゃらに振り回される腕をかわし、受け流し、時に大胆な動きで踏み込んではオーガの肉体に痛撃を与えていく。
軽い足音で奏でられていた音色は、次第にオーガの肉体で奏でられる重い打撃音で構成されていった。
そうなればもう反撃など許されない。後はその命途絶えるまで無抵抗に身の内から響く音色を聞き続けるだけだ。
肉を潰され、全身を砕かれたオーガの命の灯火が消え、その場に倒れ伏したことで、手も出せず、その惨劇に完全に観客となって青ざめていたゴブリン達は逃げ散っていった。
「ふー……。これで依頼は完了かな」
僅かに乱れた呼吸を整えた護は、息絶えたゴブリンとオーガを解体して、素材を影の中――影魔術で作られた空間の中に放り込む。
「さて、帰りますか」
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