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Chapter4「命の針が止まるまで」
Epilogue
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「さて、今日は新体制一周年記念ライブとしてここまで披露してきました! 盛り上がってますか~?」
ステージ上の梓さんが客席に言葉を投げかけると、さまざまなレスポンスが飛び交った。そのどれもに明るい色が付いていて、会場を温かく包み込む。
優しい空気感を掴んだ梓さんがにっこりと笑った。
「カラパラは旧体制を合わせると二年半の活動期間を経てきましたが、ここまで決して順調と呼べる道のりではありませんでした。正直言うと、グループが解散してしまうという話も出たことがあります……。私たちはいつも応援してくださるみなさんに、元気や夢を与えるのがアイドルとしての使命だと考えて日々活動しています。けれど結果的にたくさん心配をかけてしまいましたよね……。本当にごめんなさい」
涙ぐむ梓さんに、今度は激励の言葉が届く。僕も拍手を贈って後押しする。
「ありがとう。本当にありがとう。これまで悲しいこと、辛いこと、悔しいこと……。いま思い付く限りでもたくさん浮かんできます。それでもこの経験があったから私たちは強くなれた。そして私はカラパラのメンバーであったことに後悔はありません。たぶん他のメンバーも一緒だよね。いま観てくれているみんなも、お家から応援してくれているみんなも、カラパラのファンであったことに後悔がないといいな」
左隣にいるスーツ姿の男性が声を押し殺して泣いている。
右隣にいるグッズを全身に纏った女性は「これからも応援するよー!」と声を張り上げている。
前方にいた親子は腕を高く突き上げペンライトを振っている。
僕も一つの物事を一緒に捉えて感情を共有できる素晴らしさに感動する。
「いつも応援してくれている皆と今日を迎えられたことを本当に嬉しく思います。こんな幸せな日々が明日も、来月も、来年も――。ずっとずっと続いていったら良いな」
梓さんが優しく微笑み、話を締めくくる。
「それでは最後の曲振りをユウにお願いしようと思います」
舞台照明がいちど落ち、間もなくユウにだけ光が当たる。ライトアップされたユウの表情は絢爛と輝いていた。その瞬間、僕は深く頷いた。
一つの学校のステージで弾き語りを披露していたユウが、今はこんなにも大きなライブハウスのステージで堂々と立っている。
中学生の時、ユウはレイと名乗っていた。意味は光線、一筋の光。その由来は教えてもらえなかったけれど、今なら分かる気がする。
生きる理由、生まれた意味なんてものはなくてもいい。本来人間だって動物や植物のように惰性的に、そして本能的に生きられたらもっと楽なはずだ。だけど生きる意味を見つけることができた人間は強い。その強さを自分のものだけにすることもできる。だけどユウはアイドルとしてステージに立ち、たくさんの人に見てもらうことを選んだ。
今、綺麗な花が咲く。
目を閉じて大きく息を吸ったユウの吐息をマイクが拾う。吐き出す瞬間、ユウの瞳が露わになる。その奥底に迷いは何もない。ただ一つあるのは、未来を鮮明に描く眩い光だけだ。
「形あるものはいつか壊れてしまう。私の命も、みんなの命も、永遠には続かない。それは抗っても変えられない。受け入れなきゃいけない運命」
独り言のような、あるいは客席に語りかけているような口調で、ユウが丁寧に言葉を紡いでいく。
「ずっと私は自分が何者か分からなかった。周りに合わせて、自分を演じて、誰かの理想になろうと生きてきた。悲しくて、辛くて、苦しくて……。それでも私が我慢すれば全て上手くいくんだって思い込んで生きてきた。世に溢れる“自分らしさ”なんて問いの答えも見つけられなくて、これかなって思っても正しい道に戻るよう促されて、狭い枠組みの中に無理やり形を変えられた。こんな痛い思いをするくらいならって最期の時を考えたこともある」
ユウと視線が合った。
「それでも、私は今ここに居る。自分の思いをこうして言葉にして皆に伝えることができている。それはね、私を助けてくれた人がいたの。その人は私にとってヒーローだった。ううん、今も変わらない理想のヒーローなんだ。たぶん、みんなにもそういう存在がいるんだよ。もしそんなのいないって人は私が君のヒロインになる。だからどうか生きることを恐れないで。その目に私を映してほしい」
ユウが客席全体に目を凝らす。会場内に自然と拍手が湧いた。
「私はこの命をみんなのために使いたい。みんなの世界を照らす光になりたい。雲に遮られて雨が降ったときはみんなを守る傘になりたい。だけど私たちがこうして一緒の空間に居られるのにもいつか終わりがある。それは生きていくのに必要な経験なんだ。でもね、これが運命なら別れを経験してもどこかでまた巡り合える。だからもし、君にとって守りたい大切なものができたとき、今度は君が手を差し伸べて救ってあげて。最後の曲です『命の針が止まるまで』」
今日のライブには初めて両親も訪れることになり緊張する、とユウはSNSでファンの方に向けて呟いていた。最初こそアイドル活動を反対されていると聞いていたが、今では現場に来てくれるまで理解を示してくれるようになったらしい。先ほどの曲振りといい、このパフォーマンスを観たご両親の心にユウの熱い気持ちが届くことを願う。
僕がカラパラを知るきっかけとなった『命の針が止まるまで』のイントロが流れる。
カラパラの代表曲とも言える楽曲に、ユウの歌声が加わっていることには何度聴いても深い感動を覚える。こう言ってしまっては古参のファンの方に怒られてしまうかもしれないが、ユウが最初からいたように、いやユウのグループ加入を持って楽曲が完成したと思ってしまうほど違和感がなく馴染む。もちろん、ユウと同時期に加入したメンバーの力も、カラパラに欠かせないものとなっている。
歌い出しのパートをもらっているユウが、毅然と曲の一筆目を描く。デジタル音源では感じ取れない、生ライブ特有の声色に全身の鳥肌が立った。
カラパラはライブ中の撮影が可能なグループなので、ファンの方が撮影した写真や映像がライブ後SNSに投稿される。ユウは最初こそ、カメラを向けられるのは少し怖くて苦手だと言っていたが、今はアイドルとしての花咲ユウを、そして自分が自分でいられる姿を撮ってもらえることに好意を抱けるようになったという。
たしかに、ユウのパフォーマンスを収めた写真や映像のどれもが唯一無二の美しさがある。それはユウの魅力でもあるし、ユウを好きだと思うファンの方の気持ちも込められているから成されるものなのだと思う。
いつの間にかライブ最終曲の定番となった「カラフルパラソル」では、カラパラの楽曲としては珍しくサイリウムを振ることが推奨されている。
落ちサビ前の間奏で、手を高く掲げて左右に揺らす振りがあり、推しカラーを点灯させたファンも一緒になって振りコピするのだが、それが会場一体となって虹を描いているように見えて僕は好きだ。僕もユウの担当カラーである青色を点けたサイリウムを振る。
きっとステージ上に立つ彼女たちからは特権の美しさが見えているのだろう。ユウは今、その光景を見て何を思うのだろう。
元を辿れば英莉さんがカラパラを教えてくれて梓さんを知り、梓さんの魅力がユウを救う光になるかも知れないとライブに連れて行き、今はその二人が一緒のステージに立っている。そんな奇跡的な光景をしっかりと目に焼き付ける。
ライブ後の特典会でユウのレーンに並んだ僕は、自分の番が訪れるとユウに向かって手を上げた。ユウもすぐに気付いてくれて振り返してくれる。2ショットチェキは少し気恥ずかしくて、スタッフさんにピンチェキをお願いした。ユウがポーズを取り、すぐに撮影されたチェキがスタッフさんから僕に手渡されると、約一分間の会話が始まる。
「コウタくん! 来てくれたんだ!」
「ユウ、久しぶり。こんな大きい会場でワンマンだなんてすごいな」
「へへ、ちょっと緊張しちゃった。ねえ、今日のライブどうだった?」
「月並みな言葉になるけど最高だったよ。特に『命の針が止まるまで』がすごかった。曲振りの語りも含めて、ずっと鳥肌が止まらなかった」
「わあ、嬉しいな! あの部分は今日までたくさん考えて決めたんだ。ゲネでメンバーの前でも披露したんだけどね、みんなすごいって言ってくれたから自信を持つことができたの!」
僕たちはいま、個人的にやり取りをすることはない。連絡先も互いに目の前で消した。話をすることがあれば、こうして僕がライブハウスに通ってユウの元へ会いに行く。
アイドル界では恋愛禁止という暗黙のルールはカラパラにも存在する。個人的には肯定も否定もしないし、恋愛がOKなグループも稀に存在するが、自己や社会のアンチテーゼを謳うカラパラにとってはその世界観が崩れてしまうのも否めない。
僕たちの関係性が恋愛に当たるかと言われると決してそうではない。親友という言葉の方が当てはまる。しかし過去の交際や異性のアイドルを応援していたことでさえ目くじらを立てる人間が一定数いる以上、誰かに明かす必要はないし、二人だけが知っている思い出として心に閉まっておくだけで充分だ。ただもし昇華させることがあるとすれば――。
「本当にユウにとってカラパラって最高のグループだな」
「ね! 私もずっとこの時が続けばいいのにって思う。コウタくんが導いてくれたからだよ。ありがとう」
ユウの笑顔を見ると高校の文化祭期間のことを思い出す。空き教室で過ごしていた時間のように、ちゃんとユウの素敵な笑顔と声を取り戻せたことも、新しい環境で自分の立ち位置を確立できていることも嬉しく思う。
「そういえば、カラフルパラソルの落ちサビを梓ちゃんとユニゾンしたんだけど気付いた? ボーカルレッスンで先生に、ユウは音域の幅が広いからできるよって言われて嬉しくてね――」
しかしそれにしてもステージ上とのギャップがすごい。「命の針が止まるまで」を披露していた時は殺気すら感じるパフォーマンスを魅せていたのに、いま目の前でほんわかとした雰囲気で話すユウを同一人物と呼ぶことを、昔からよく知る僕でも躊躇ってしまう。
なんだか梓さんに通ずるものがある。梓さんの魅力を引き継いでいるのか、もともとユウにあった素質なのか。何れにしてもそれは誰かの期待や理想を演じた何者でもなく、ユウがユウであることを自らの力で証明できているようで僕は嬉しかった。
何度か周回し、この日は最後の話せる時間となった時、ユウが思い出したように言った。
「そうだ! コウタくんはやりたいこと決まった?」
「なんとなく形はできたと思う。でもそれが正しいかどうかは分からなくて不安なんだ……」
「そっか。私もこの世界に正しいものなんてないと思う。だから迷ったり見失ったりしてしまうこともたくさんある。でもね、だからこそ自分の信じるものを正解としても良いと思うんだ。好きなことは好きだって言って、やりたいことは何でも挑戦してみて、それで上手くいかなくても自分が納得して満足できれば私はいいと思う」
「そうなのかな……」
僕が逡巡すると、ユウが戯けるように言った。
「知ってる? これコウタくんが教えてくれたことなんだよ。私の言葉に変えてるけどね」
たしかにそんなことを言ったような……と思い出した僕は苦笑いする。
「私はずっと見守ってるから大丈夫だよ」
「ありがとう。また来るよ」
「うん、待ってる!」
僕たちは手を振り合って笑顔で別れた。
夜ライブ終わりの一日は短い。帰宅してご飯とお風呂を済ますと、あっという間に日付を跨いでしまう。それでもいつの日からか習慣となっていた読書を始め、区切りのいいところでしおりを挟んだ僕は深く息を吐く。
そのままノートパソコンを開き、テキストファイルに心情を筆跡し始めた。これもまたいつからか習慣になっていた。
僕には何ができるだろう。今でも自分のことはよく分からないけれど、ひとつだけ見つけたことがある。僕は書くことが好きだ。ユウが音楽で自分の気持ちを表現できるように、僕は書くことで自分を表現できて生きていることを実感する。
今は自分のためかもしれないけれど、いつかユウのように誰かを救えるような存在になれたら。カラパラのように、誰かの頬を濡らす悲しい雨から守る傘になれたら。
この”命の針が止まるまで”。
『私はずっと見守ってるから大丈夫だよ』
まだそんな夢を抱えていることをユウにも隠しているけど、きっとユウなら応援してくれるはずだ。
今日の気持ちを言葉にしてエンターキーを押すと、日々書き溜めた思いや心情がちょうど想定していた量に達した。ひとまずこれだけあれば充分だろう。それらを点と点を結ぶように、色・形・大きさをが釣り合うように線を引いていく。ばらばらだった物がそれぞれの役割を果たし、一つの物語に姿を変えていく。
小説というジャンルに興味を持ったのは、ユウに手紙を書くときに参考になるよと教えてくれた英莉さんの影響だった。本がもたらす力はすごい。アイドルと同じように無限の可能性を与えてくれる。人間旅行という造語がまさにぴったりの言葉だ。
それなら僕はユウとの出会いを物語にしてみよう。回想して書き続けて完成する頃には、何かを見つけられているかもしれない。不足している記憶や心情は、ユウに訊いて補完すればいい。
意欲が湧いた僕はそのまま書き出しに手をかける。
プロローグは少し創作的な書き方にしてみよう。
『暗雲がイルミネーション会場の上空をたなびかせ、人々が不安げに視線を揺らしている。やがて雨粒ではなく白雪が静かに舞い散ると、パッとその場に煌々たる色が付いた――』
(終)
ステージ上の梓さんが客席に言葉を投げかけると、さまざまなレスポンスが飛び交った。そのどれもに明るい色が付いていて、会場を温かく包み込む。
優しい空気感を掴んだ梓さんがにっこりと笑った。
「カラパラは旧体制を合わせると二年半の活動期間を経てきましたが、ここまで決して順調と呼べる道のりではありませんでした。正直言うと、グループが解散してしまうという話も出たことがあります……。私たちはいつも応援してくださるみなさんに、元気や夢を与えるのがアイドルとしての使命だと考えて日々活動しています。けれど結果的にたくさん心配をかけてしまいましたよね……。本当にごめんなさい」
涙ぐむ梓さんに、今度は激励の言葉が届く。僕も拍手を贈って後押しする。
「ありがとう。本当にありがとう。これまで悲しいこと、辛いこと、悔しいこと……。いま思い付く限りでもたくさん浮かんできます。それでもこの経験があったから私たちは強くなれた。そして私はカラパラのメンバーであったことに後悔はありません。たぶん他のメンバーも一緒だよね。いま観てくれているみんなも、お家から応援してくれているみんなも、カラパラのファンであったことに後悔がないといいな」
左隣にいるスーツ姿の男性が声を押し殺して泣いている。
右隣にいるグッズを全身に纏った女性は「これからも応援するよー!」と声を張り上げている。
前方にいた親子は腕を高く突き上げペンライトを振っている。
僕も一つの物事を一緒に捉えて感情を共有できる素晴らしさに感動する。
「いつも応援してくれている皆と今日を迎えられたことを本当に嬉しく思います。こんな幸せな日々が明日も、来月も、来年も――。ずっとずっと続いていったら良いな」
梓さんが優しく微笑み、話を締めくくる。
「それでは最後の曲振りをユウにお願いしようと思います」
舞台照明がいちど落ち、間もなくユウにだけ光が当たる。ライトアップされたユウの表情は絢爛と輝いていた。その瞬間、僕は深く頷いた。
一つの学校のステージで弾き語りを披露していたユウが、今はこんなにも大きなライブハウスのステージで堂々と立っている。
中学生の時、ユウはレイと名乗っていた。意味は光線、一筋の光。その由来は教えてもらえなかったけれど、今なら分かる気がする。
生きる理由、生まれた意味なんてものはなくてもいい。本来人間だって動物や植物のように惰性的に、そして本能的に生きられたらもっと楽なはずだ。だけど生きる意味を見つけることができた人間は強い。その強さを自分のものだけにすることもできる。だけどユウはアイドルとしてステージに立ち、たくさんの人に見てもらうことを選んだ。
今、綺麗な花が咲く。
目を閉じて大きく息を吸ったユウの吐息をマイクが拾う。吐き出す瞬間、ユウの瞳が露わになる。その奥底に迷いは何もない。ただ一つあるのは、未来を鮮明に描く眩い光だけだ。
「形あるものはいつか壊れてしまう。私の命も、みんなの命も、永遠には続かない。それは抗っても変えられない。受け入れなきゃいけない運命」
独り言のような、あるいは客席に語りかけているような口調で、ユウが丁寧に言葉を紡いでいく。
「ずっと私は自分が何者か分からなかった。周りに合わせて、自分を演じて、誰かの理想になろうと生きてきた。悲しくて、辛くて、苦しくて……。それでも私が我慢すれば全て上手くいくんだって思い込んで生きてきた。世に溢れる“自分らしさ”なんて問いの答えも見つけられなくて、これかなって思っても正しい道に戻るよう促されて、狭い枠組みの中に無理やり形を変えられた。こんな痛い思いをするくらいならって最期の時を考えたこともある」
ユウと視線が合った。
「それでも、私は今ここに居る。自分の思いをこうして言葉にして皆に伝えることができている。それはね、私を助けてくれた人がいたの。その人は私にとってヒーローだった。ううん、今も変わらない理想のヒーローなんだ。たぶん、みんなにもそういう存在がいるんだよ。もしそんなのいないって人は私が君のヒロインになる。だからどうか生きることを恐れないで。その目に私を映してほしい」
ユウが客席全体に目を凝らす。会場内に自然と拍手が湧いた。
「私はこの命をみんなのために使いたい。みんなの世界を照らす光になりたい。雲に遮られて雨が降ったときはみんなを守る傘になりたい。だけど私たちがこうして一緒の空間に居られるのにもいつか終わりがある。それは生きていくのに必要な経験なんだ。でもね、これが運命なら別れを経験してもどこかでまた巡り合える。だからもし、君にとって守りたい大切なものができたとき、今度は君が手を差し伸べて救ってあげて。最後の曲です『命の針が止まるまで』」
今日のライブには初めて両親も訪れることになり緊張する、とユウはSNSでファンの方に向けて呟いていた。最初こそアイドル活動を反対されていると聞いていたが、今では現場に来てくれるまで理解を示してくれるようになったらしい。先ほどの曲振りといい、このパフォーマンスを観たご両親の心にユウの熱い気持ちが届くことを願う。
僕がカラパラを知るきっかけとなった『命の針が止まるまで』のイントロが流れる。
カラパラの代表曲とも言える楽曲に、ユウの歌声が加わっていることには何度聴いても深い感動を覚える。こう言ってしまっては古参のファンの方に怒られてしまうかもしれないが、ユウが最初からいたように、いやユウのグループ加入を持って楽曲が完成したと思ってしまうほど違和感がなく馴染む。もちろん、ユウと同時期に加入したメンバーの力も、カラパラに欠かせないものとなっている。
歌い出しのパートをもらっているユウが、毅然と曲の一筆目を描く。デジタル音源では感じ取れない、生ライブ特有の声色に全身の鳥肌が立った。
カラパラはライブ中の撮影が可能なグループなので、ファンの方が撮影した写真や映像がライブ後SNSに投稿される。ユウは最初こそ、カメラを向けられるのは少し怖くて苦手だと言っていたが、今はアイドルとしての花咲ユウを、そして自分が自分でいられる姿を撮ってもらえることに好意を抱けるようになったという。
たしかに、ユウのパフォーマンスを収めた写真や映像のどれもが唯一無二の美しさがある。それはユウの魅力でもあるし、ユウを好きだと思うファンの方の気持ちも込められているから成されるものなのだと思う。
いつの間にかライブ最終曲の定番となった「カラフルパラソル」では、カラパラの楽曲としては珍しくサイリウムを振ることが推奨されている。
落ちサビ前の間奏で、手を高く掲げて左右に揺らす振りがあり、推しカラーを点灯させたファンも一緒になって振りコピするのだが、それが会場一体となって虹を描いているように見えて僕は好きだ。僕もユウの担当カラーである青色を点けたサイリウムを振る。
きっとステージ上に立つ彼女たちからは特権の美しさが見えているのだろう。ユウは今、その光景を見て何を思うのだろう。
元を辿れば英莉さんがカラパラを教えてくれて梓さんを知り、梓さんの魅力がユウを救う光になるかも知れないとライブに連れて行き、今はその二人が一緒のステージに立っている。そんな奇跡的な光景をしっかりと目に焼き付ける。
ライブ後の特典会でユウのレーンに並んだ僕は、自分の番が訪れるとユウに向かって手を上げた。ユウもすぐに気付いてくれて振り返してくれる。2ショットチェキは少し気恥ずかしくて、スタッフさんにピンチェキをお願いした。ユウがポーズを取り、すぐに撮影されたチェキがスタッフさんから僕に手渡されると、約一分間の会話が始まる。
「コウタくん! 来てくれたんだ!」
「ユウ、久しぶり。こんな大きい会場でワンマンだなんてすごいな」
「へへ、ちょっと緊張しちゃった。ねえ、今日のライブどうだった?」
「月並みな言葉になるけど最高だったよ。特に『命の針が止まるまで』がすごかった。曲振りの語りも含めて、ずっと鳥肌が止まらなかった」
「わあ、嬉しいな! あの部分は今日までたくさん考えて決めたんだ。ゲネでメンバーの前でも披露したんだけどね、みんなすごいって言ってくれたから自信を持つことができたの!」
僕たちはいま、個人的にやり取りをすることはない。連絡先も互いに目の前で消した。話をすることがあれば、こうして僕がライブハウスに通ってユウの元へ会いに行く。
アイドル界では恋愛禁止という暗黙のルールはカラパラにも存在する。個人的には肯定も否定もしないし、恋愛がOKなグループも稀に存在するが、自己や社会のアンチテーゼを謳うカラパラにとってはその世界観が崩れてしまうのも否めない。
僕たちの関係性が恋愛に当たるかと言われると決してそうではない。親友という言葉の方が当てはまる。しかし過去の交際や異性のアイドルを応援していたことでさえ目くじらを立てる人間が一定数いる以上、誰かに明かす必要はないし、二人だけが知っている思い出として心に閉まっておくだけで充分だ。ただもし昇華させることがあるとすれば――。
「本当にユウにとってカラパラって最高のグループだな」
「ね! 私もずっとこの時が続けばいいのにって思う。コウタくんが導いてくれたからだよ。ありがとう」
ユウの笑顔を見ると高校の文化祭期間のことを思い出す。空き教室で過ごしていた時間のように、ちゃんとユウの素敵な笑顔と声を取り戻せたことも、新しい環境で自分の立ち位置を確立できていることも嬉しく思う。
「そういえば、カラフルパラソルの落ちサビを梓ちゃんとユニゾンしたんだけど気付いた? ボーカルレッスンで先生に、ユウは音域の幅が広いからできるよって言われて嬉しくてね――」
しかしそれにしてもステージ上とのギャップがすごい。「命の針が止まるまで」を披露していた時は殺気すら感じるパフォーマンスを魅せていたのに、いま目の前でほんわかとした雰囲気で話すユウを同一人物と呼ぶことを、昔からよく知る僕でも躊躇ってしまう。
なんだか梓さんに通ずるものがある。梓さんの魅力を引き継いでいるのか、もともとユウにあった素質なのか。何れにしてもそれは誰かの期待や理想を演じた何者でもなく、ユウがユウであることを自らの力で証明できているようで僕は嬉しかった。
何度か周回し、この日は最後の話せる時間となった時、ユウが思い出したように言った。
「そうだ! コウタくんはやりたいこと決まった?」
「なんとなく形はできたと思う。でもそれが正しいかどうかは分からなくて不安なんだ……」
「そっか。私もこの世界に正しいものなんてないと思う。だから迷ったり見失ったりしてしまうこともたくさんある。でもね、だからこそ自分の信じるものを正解としても良いと思うんだ。好きなことは好きだって言って、やりたいことは何でも挑戦してみて、それで上手くいかなくても自分が納得して満足できれば私はいいと思う」
「そうなのかな……」
僕が逡巡すると、ユウが戯けるように言った。
「知ってる? これコウタくんが教えてくれたことなんだよ。私の言葉に変えてるけどね」
たしかにそんなことを言ったような……と思い出した僕は苦笑いする。
「私はずっと見守ってるから大丈夫だよ」
「ありがとう。また来るよ」
「うん、待ってる!」
僕たちは手を振り合って笑顔で別れた。
夜ライブ終わりの一日は短い。帰宅してご飯とお風呂を済ますと、あっという間に日付を跨いでしまう。それでもいつの日からか習慣となっていた読書を始め、区切りのいいところでしおりを挟んだ僕は深く息を吐く。
そのままノートパソコンを開き、テキストファイルに心情を筆跡し始めた。これもまたいつからか習慣になっていた。
僕には何ができるだろう。今でも自分のことはよく分からないけれど、ひとつだけ見つけたことがある。僕は書くことが好きだ。ユウが音楽で自分の気持ちを表現できるように、僕は書くことで自分を表現できて生きていることを実感する。
今は自分のためかもしれないけれど、いつかユウのように誰かを救えるような存在になれたら。カラパラのように、誰かの頬を濡らす悲しい雨から守る傘になれたら。
この”命の針が止まるまで”。
『私はずっと見守ってるから大丈夫だよ』
まだそんな夢を抱えていることをユウにも隠しているけど、きっとユウなら応援してくれるはずだ。
今日の気持ちを言葉にしてエンターキーを押すと、日々書き溜めた思いや心情がちょうど想定していた量に達した。ひとまずこれだけあれば充分だろう。それらを点と点を結ぶように、色・形・大きさをが釣り合うように線を引いていく。ばらばらだった物がそれぞれの役割を果たし、一つの物語に姿を変えていく。
小説というジャンルに興味を持ったのは、ユウに手紙を書くときに参考になるよと教えてくれた英莉さんの影響だった。本がもたらす力はすごい。アイドルと同じように無限の可能性を与えてくれる。人間旅行という造語がまさにぴったりの言葉だ。
それなら僕はユウとの出会いを物語にしてみよう。回想して書き続けて完成する頃には、何かを見つけられているかもしれない。不足している記憶や心情は、ユウに訊いて補完すればいい。
意欲が湧いた僕はそのまま書き出しに手をかける。
プロローグは少し創作的な書き方にしてみよう。
『暗雲がイルミネーション会場の上空をたなびかせ、人々が不安げに視線を揺らしている。やがて雨粒ではなく白雪が静かに舞い散ると、パッとその場に煌々たる色が付いた――』
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