60 / 69
Chapter3「仇花が生きた世界」
#17
しおりを挟むあの日以降、コウタくんは毎週私と会う機会を作ってくれた。
私を傷付けないように自然を装ってコウタくんが話し続けてくれる度に心が強く傷んだ。だけどもう戻ることはできない。コウタくんが愛想を尽かして離れてくれるまで、私はただ沈黙を貫き通すだけでいい。幼き頃から散々やってきたように演じればいいのだ。それだけがこれまで生きてきて得た私の特技、いや才能と言ってもいいのだから。
無表情で何も喋らない私に、コウタくんは過去の自分の話をたくさんしてくれた。初めて知ることばかりで、私はその情報をひとつも忘れないように記憶の奥底に刻み続けた。
常に沈黙の時を作らないよう喋り続けてくれているコウタくんの横顔を時折見ていると、声を失っていた時があるなんて今では信じられないくらいだ。しかしあの時は私の前にだけ話してくれていた声も、今はいろんな人がコウタくんの声を聴いているのだろう。そこに少しでも嫉妬を感じてしまう自分が嫌になる。
私と出会う前の幼き頃のことも話してくれたけれど、境遇に大きな差はなかったと思う。両親から期待される理想像を押し付けられることで齟齬をきたして、大人という大きな関門に阻まれているところまでそっくりだった。やっぱり私たちは似たもの同士で、出会うべくして巡り合ったのだと再認識することができた。
しかし私が転校してからのコウタくんは立派な大人になっていた。今は農業のお仕事をしていて、今年から数年の頑張りが認められて社員になったらしい。周りのサポートに助けられただけだとコウタくんは笑って言っていたけれど、元から持ち合わせていたコウタくんの魅力が顕現すれば、それはごく自然な成り行きだった。
私もその魅力を知っているのに、おめでとうって笑顔で祝福したいのに、針を縫うように口を閉ざす。
そんな自分の気持ちを騙して一つ嘘を付くたびに、ガラスの心にヒビが入っていく。二十年ものあいだ生きてきて培った心は、度重なる負荷実験により耐えられる強度を保っていて、ちょっとやそっとのことでは簡単に壊れない。だからこそ、痛みは長く永く続いていく。既に強く歪むこの痛みに耐えられるのだろうか。いや、耐えるしかないのだ。精神の崩壊か、あるいは心が終に壊れるか。いずれにしても、そのときは私が私でなくなり終えることができる。
そうは言いながら、毎回コウタくんと数時間の時を過ごすとき、私は希望と絶望が押し寄せる波の中央で必死に息継ぎをしていた。心のどこかでまだ助けが来ると期待していたのだろう。
だから私は転校前の高校の制服を着ていた。これまでの人生の中で、いちばん私が私でいられた瞬間を切り取ることで自我を失わないようにしていた。荒波の中で必死に顔を出す私が唯一持っている、小さな浮き輪のようなものだった。
たぶんその意図にコウタくんも気付いている。その証拠として私と会うときに、コウタくんも同じ制服を合わせてくれるようになった。わざわざ考えてくれた申し訳なさと、やっぱりコウタくんは私のことを理解して受け入れてくれる嬉しさと、だけどその優しさを利用している罪悪感など、さまざまな心情が私を襲った。
ああ、演じることに集中できていない。
着実と私の心音は弱まっていた。
冬という一生があるとすれば、その命もそろそろ終わりを迎えそうだった。顔を覗かせた春の匂いがほんのわずかに鼻腔をくすぐった二月下旬。イルミネーションに連れて行ってもらったその日の帰り、私は無情にもコウタくんに伝えた。
『いつもごめんね。もう私のことなんて忘れて』
その言葉が声になっていたら、私は自分で自分の言葉に打ちのめされていたと思う。コウタくんの一瞬垣間見えた絶望の表情でさえ、過呼吸を起こしかけた。
結局その言葉も、コウタくんのためではなく私のためだったのだろう。今よりももっと満たされるために、忘れてと言いながら私はまだ心の奥底でコウタくんが助けてくれると期待している。それなら早く自分のプライドや恐怖心なんて捨てて、こちらから助けを求めるべきなのに。
私の期待通りに「絶対に忘れない」と言ってくれたコウタくんの言葉は、やっぱり私の気持ちを希望と絶望の狭間に落とし込んだ。コウタくんがどれだけ私を助けようとしてくれても、私がそれを信じて掴まなきゃ何も変わることはない。
つまり最後は自分で決めなければいけない。誰かに最後まで委ねることはできない。いつだってそうだった。私の意思とは関係なく決められた道だとしても、その道しか残されていなかったとしても、最後は自分で選んだのだと責任を負わされる。そう生きてきたから、誰かが手を差し伸べてくれるなんて甘い誘惑だと恐れてしまう。
コウタくんのことは信じたい。だけど両親の時のようにコウタくんからも認めてもらえなかったら? 途中で手を離されてしまったら? 同じ結末を辿るなら、なるべく痛みや苦しみが少ない方を選ぶのは当然のことだ。
「ユウ。明日、一緒に来てほしい場所がある。もしかしたらそれが最後になるかもしれない」
コウタくんがそう告げた時、ようやく終わるんだと最初に思った。コウタくんの悲嘆にくれた顔もこれで見なくて済む。これ以上、文化祭の時の綺麗な記憶を上書きされたくない。
願うことならあの時のように「一緒に逃げよう」と言ってほしかった。今なら間違いなくすぐに頷ける。そうなれば、このうえないハッピーエンドだ。
コウタくんも私のように上手くいってなければ。そんなことを一瞬でも考えてしまう私は愚か者で、このままコウタくんと離ればなれになるのも当然の報いなのだと思う。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
Husband's secret (夫の秘密)
設樂理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
人生負け組のスローライフ
雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした!
俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!!
ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。
じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。
ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。
――――――――――――――――――――――
第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました!
皆様の応援ありがとうございます!
――――――――――――――――――――――
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
揺れる波紋
しらかわからし
ライト文芸
この小説は、高坂翔太が主人公で彼はバブル崩壊直後の1991年にレストランを開業し、20年の努力の末、ついに成功を手に入れます。しかし、2011年の東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故によって、経済環境が一変し、レストランの業績が悪化。2014年、創業から23年の55歳で法人解散を決断します。
店内がかつての賑わいを失い、従業員を一人ずつ減らす中、翔太は自身の夢と情熱が色褪せていくのを感じます。経営者としての苦悩が続き、最終的には建物と土地を手放す決断を下すまで追い込まれます。
さらに、同居の妻の母親の認知症での介護が重なり、心身共に限界に達した時、近所の若い弁護士夫婦との出会いが、レストランの終焉を迎えるきっかけとなります。翔太は自分の決断が正しかったのか悩みながらも、恩人であるホテルの社長の言葉に救われ、心の重荷が少しずつ軽くなります。
本作は、主人公の長年の夢と努力が崩壊する中でも、新たな道を模索し、問題山積な中を少しずつ幸福への道を歩んでいきたいという願望を元にほぼ自分史の物語です。
【完結】お茶を飲みながら -季節の風にのって-
志戸呂 玲萌音
ライト文芸
les quatre saisons
フランス語で 『四季』 と言う意味の紅茶専門のカフェを舞台としたお話です。
【プロローグ】
茉莉香がles quatre saisonsで働くきっかけと、
そこに集まる人々を描きます。
このお話は短いですが、彼女の人生に大きな影響を与えます。
【第一章】
茉莉香は、ある青年と出会います。
彼にはいろいろと秘密があるようですが、
様々な出来事が、二人を次第に結び付けていきます。
【第二章】
茉莉香は、将来について真剣に考えるようになります。
彼女は、悩みながらも、自分の道を模索し続けます。
果たして、どんな人生を選択するのか?
お話は、第三章、四章と続きながら、茉莉香の成長を描きます。
主人公は、決してあきらめません。
悩みながらも自分の道を歩んで行き、日々を楽しむことを忘れません。
全編を通して、美味しい紅茶と甘いお菓子が登場し、
読者の方も、ほっと一息ついていただけると思います。
ぜひ、お立ち寄りください。
※小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にても連載中です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】現世の魔法があるところ 〜京都市北区のカフェと魔女。私の世界が解ける音〜
tanakan
ライト文芸
これは私、秋葉 琴音(あきは ことね)が現世で自分の魔法を探す物語である。
現世の魔法は夢物語の話ではない。ただ夢を叶えるための魔法なのだ。
京都市に住まう知らなければ見えない精霊たちや魔法使い、小さな小さな北区のカフェの一角で、私は自分の魔法を探すことになる。
高校二年生の冬に学校に行くことを諦めた。悪いことは重なるもので、ある日の夜に私は人の言葉を話す猫の集会に巻き込まれ気を失った。
気がついた時にはとある京都市北区のカフェにいた。
そして私はミーナ・フォーゲルと出会ったのだ。現世に生きる魔女である彼女と・・・出会えた。
これは私が魔法と出会った物語。そして自分と向き合うための物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる