55 / 69
Chapter3「仇花が生きた世界」
#12
しおりを挟む新生活が始まり、きっぱりと切り替えて新しい環境で生きていけるほど私は強くない。文化祭の練習期間中、どうしても引越しの準備の関係で学校を一日休まなければいけなかった時、私は一枚の手紙をコウタくんに書くことにした。結局全文が完成したのは文化祭終わりの休日になってしまい、手紙はらむに託して私は遠い地へ飛び立つことになった。
特別なことはないこれまでの感謝を伝えるものだったけれど、手紙の最後には三年後に再会しようと私はコウタくんに一方的な約束を結んだ。それは私の強さでもあり弱さでもあるのだろう。
文化祭終わりの二人きりの時間で直接伝えることもできた。散々躊躇っていた連絡先を交換することだって、コウタくんは優しく受け入れてくれただろう。
でもいざその場面に立ったら、また弱い自分が顔を覗かせて今度こそ助けてと言ってしまうと思った。もしその重さにコウタくんが引いてしまったら? 失うことが怖かった。傷を付けたくなかった。指紋ひとつさえ付けたくなかった。形あるものに何かを加えることで変化することを私は極端に恐れていた。それなら今の幸せな関係性のまま三年後まで引き伸ばせば、少なくともそのあいだ私は絶望することはないのだ。
しかし結論から述べると、千日を超える夜明けを耐えるのは想像以上の苦痛を伴うもので、もはやそれは修行や試練に近いものだった。もし耐えた先にハッピーエンドが確約されているならいい。しかし実際は、より暗澹たるバッドエンドも同時に成長していることを私は知らなかった。
それでも生きる意味が、頑張れる理由が欲しかった。三年後の不確かな一日に、だけど夢と希望が待っていると縋って、私は強く呼吸を続けた。
転校先の学校では思い出らしい記憶はない。高校二年生の秋という特殊な時期に一から交友関係を作るのはあまりにも困難だ。それでも転校生というステータスが付加されると、勝手に周りから話しかけてくれる効果がある。だけどその色眼鏡を通した瞳のギラめきが過去のトラウマを強く呼び起こした。
曖昧な反応を繰り返してつまらない人間だと認知されれば勝手に周りは離れていくだろうし、一人で生きていく覚悟はあった。既に進路について型を決めていく時期であり、三年生に進級すれば受験のことで周りは手一杯になるのだから、ここで無理をする必要はない。
けれど時に人間は、こちらの想像もできないことから怒りを作り出してぶつけてくる。過去の経験からわざわざ敵を作る必要がないのは充分学んだので、私はまた取り繕った自分を見せることで上手く馴染むことができた。
馴染むと言ってもたとえばそれは、春になれば桜が咲き、夏になると蝉時雨が聞こえ、秋になって樹木の葉が色付き、冬にはイルミネーションが街中を灯す風物詩のようなものだった。季節や姿を間違えてしまうと好奇な目で見られるけれど、正しく生きることができたら違和感なく綺麗だと受け入れてもらえるもの。
人間でもみな同じ生命を持っていて、自分の姿をありのままに出せる人がいる。それなのになぜ私は皆と合わせて自分を隠しているのだろう。
きっと私のように空間の帳尻合わせをしている人が他にもいる。そうしないと自我のぶつかり合いで、この世界のバランスは取れない。もちろん、その役目は私じゃなくてもいい。私がいなくなれば、また別の人が代わりを埋めることになる。しかし自身が経験している以上、誰かに足枷を付けて得た幸せを私は幸せと呼ぶことができないと思う。人の心配をしている余裕なんてないのに、まったく私はお人好しな人間だ。
だから私は環境をリセットできたにも関わらず演じることをやめなかった。まいにち今日も見破られなくて良かったと心の傷口を撫でて、その日のうちに記憶を処理しているくらいにはつまらないものだった。そうと分かっているけれど、そうした方がいちばん楽なことを知っている。波風を立てずに生きていく。それが幼き頃から培ってきた私の賢い生き方なのだから。
連絡を取り合っていたらむには、すぐに友人ができて上手くいっていると嘘を付いた。電話で肉声を聞かれるとらむには見抜かれてしまうだろうから、メッセージを送る時間も取れないほど充実している自分を演じて、連絡頻度を少しずつ減らしていった。特に追及されることなく望み通りに進んだのに、疼く痛みが胸を叩いた。本当は気付いてほしいんでしょう? と嘆く煩い心にこれでいいんだと私は耳を塞いだ。
逃げ道に自分で岩を置き塞いでいく。そうすれば、光が当たって影ができる。私はそこに身を隠す。その数が増えるほど影の面積は増えて安泰の地が広がる。極めて合理的な生き方だ。間違ってなんかいない。間違いと言ってしまったら、過去の私を自分で否定することになる。そんなの報われない。私を守ってあげられるのは私だけなのだから。
孤独な私を救ってくれたのは、やっぱり音楽だった。転校先の学校では軽音部があり、いつの日かの放課後、音に誘われるようにふらっとその活動様子を覗き見したことがあった。わいわいとした穏やかな雰囲気で、とても楽しそうだった。しかし前の学校でも同じように入った結果が“あれ”だ。
たった一年前の流行語をすぐには思い出せないように、この学校では私のことを知っている人はいなかったけれど、もうあんな苦しい仕打ちは二度と経験したくなかった。
そうなると必然的に一人で音楽を楽しむことになり、まいにち自室だけが私の居場所だった。
お小遣いで楽譜本を購入してたくさんの楽曲を練習して弾けるようになった。しかしコウタくんと合作したオリジナル楽曲を超えるものはなかった。
いつからか毎日寝る前に頭の中で文化祭の日を繰り返し、ドーパミンが分泌した幸せの快楽に溺れて眠りにつくことが私の日課になった。
明日も夜になれば、私はステージの上に立つ。袖幕からはコウタくんが見守ってくれている。その温かさを背中に受けながら、客席にいる人が星のように煌めいて私をライトアップしてくれる。そのとき私は自分が生きていることを実感する。ギターから奏でられる音に合わせて鼓動が波打ち、血液が心筋に供給されていくのを感じながら、やっぱり音楽は素晴らしいものだと私は感涙するのだ。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
アーコレードへようこそ
松穂
ライト文芸
洋食レストラン『アーコレード(Accolade)』慧徳学園前店のひよっこ店長、水奈瀬葵。
楽しいスタッフや温かいお客様に囲まれて毎日大忙し。
やっと軌道に乗り始めたこの時期、突然のマネージャー交代?
異名サイボーグの新任上司とは?
葵の抱える過去の傷とは?
変化する日常と動き出す人間模様。
二人の間にめでたく恋情は芽生えるのか?
どこか懐かしくて最高に美味しい洋食料理とご一緒に、一読いかがですか。
※ 完結いたしました。ありがとうございました。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
時々、僕は透明になる
小原ききょう
青春
影の薄い僕と、7人の個性的、異能力な美少女たちとの間に繰り広げられる恋物語。
影の薄い僕はある日透明化した。
それは勉強中や授業中だったり、またデート中だったり、いつも突然だった。
原因が何なのか・・透明化できるのは僕だけなのか?
そして、僕の姿が見える人間と、見えない人間がいることを知る。その中間・・僕の姿が半透明に見える人間も・・その理由は?
もう一人の透明化できる人間の悲しく、切ない秘密を知った時、僕は・・
文芸サークルに入部した僕は、三角関係・・七角関係へと・・恋物語の渦中に入っていく。
時々、透明化する少女。
時々、人の思念が見える少女。
時々、人格乖離する少女。
ラブコメ的要素もありますが、
回想シーン等では暗く、挫折、鬱屈した青春に、
圧倒的な初恋、重い愛が描かれます。
(登場人物)
鈴木道雄・・主人公の男子高校生(2年2組)
鈴木ナミ・・妹(中学2年生)
水沢純子・・教室の窓際に座る初恋の女の子
加藤ゆかり・・左横に座るスポーツ万能女子
速水沙織・・後ろの席に座る眼鏡の文学女子 文芸サークル部長
小清水沙希・・最後尾に座る女の子 文芸サークル部員
青山灯里・・文芸サークル部員、孤高の高校3年生
石上純子・・中学3年の時の女子生徒
池永かおり・・文芸サークルの顧問、マドンナ先生
「本山中学」

【完結】人前で話せない陰キャな僕がVtuberを始めた結果、クラスにいる国民的美少女のアイドルにガチ恋されてた件
中島健一
ライト文芸
織原朔真16歳は人前で話せない。息が詰まり、頭が真っ白になる。そんな悩みを抱えていたある日、妹の織原萌にVチューバーになって喋る練習をしたらどうかと持ち掛けられた。
織原朔真の扮するキャラクター、エドヴァルド・ブレインは次第に人気を博していく。そんな中、チャンネル登録者数が1桁の時から応援してくれていた視聴者が、織原朔真と同じ高校に通う国民的アイドル、椎名町45に属する音咲華多莉だったことに気が付く。
彼女に自分がエドヴァルドだとバレたら落胆させてしまうかもしれない。彼女には勿論、学校の生徒達や視聴者達に自分の正体がバレないよう、Vチューバー活動をするのだが、織原朔真は自分の中に異変を感じる。
ネットの中だけの人格であるエドヴァルドが現実世界にも顔を覗かせ始めたのだ。
学校とアルバイトだけの生活から一変、視聴者や同じVチューバー達との交流、eスポーツを経て変わっていく自分の心情や価値観。
これは織原朔真や彼に関わる者達が成長していく物語である。
カクヨム、小説家になろうにも掲載しております。

骸骨公爵様の溺愛聖女〜前世で結婚をバックレたら今世ではすでに時遅し〜
屋月 トム伽
恋愛
ある日突然、アルディノウス王国の聖女であったリリアーネ・シルビスティア男爵令嬢のもとに、たくさんの贈り物が届いた。それと一緒に社交界への招待状まであり、送り主を確認しようと迎えに来た馬車に乗って行くことに。
没落寸前の貧乏男爵令嬢だったリリアーネは、初めての夜会に驚きながらも、送り主であるジークヴァルトと出会う。
「リリアーネ。約束通り、迎えに来た」
そう言って、私を迎え入れるジークヴァルト様。
初対面の彼に戸惑うと、彼は嵐の夜に出会った骸骨公爵様だと言う。彼と一晩一緒に過ごし呪いが解けたかと思っていたが、未だに呪いは解けていない。それどころか、クビになった聖女である私に結婚して一緒にフェアフィクス王国に帰って欲しいと言われる。突然の求婚に返事ができずにいると、アルディノウス王国の殿下まで結婚を勧めてくることになり……。
※タグは、途中で追加します。
日々の欠片
小海音かなた
ライト文芸
日常にあったりなかったりするような、あったらいいなと思えるような、2000字以内の一話完結ショートストーリー集。
※一部、過去に公開した作品に加筆・修正を加えたものがございます。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる