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Chapter3「仇花が生きた世界」
#11
しおりを挟む放課後、演奏の余韻に浸りながら空き教室でコウタくんとお喋りをして、室内がぼんやりと暗くなってきた頃に学校を出た。
正門を抜けていざその時が訪れると、小骨が喉につかえたような違和感を抱いた。空気を飲み込んでみたけれど、余計に複雑な場所へ入り込んでしまった。当たり前の今なんか存在しない。けれど明日が来ることを日々疑わないように、当たり前の未来を浮かべながら私は呟く。
「また休み明けね」
「うん。今日はゆっくり休んで。それじゃあまた」
私の嘘にコウタくんは微笑んで照れながら手を振ってくれた。背景に映る夕陽が清澄に広がって私の目を揺らいでいく。とても綺麗だ。こぼれ落ちそうになる波を落ち着かせて、私も精一杯の笑顔で手を振ってすぐに背を向けて歩き出す。
もし私が転校を打ち明けていたとして、コウタくんが泣いて別れを惜しんでくれるとは思っていないけれど(そんな考えがある時点で期待はしてしまっているのだと思う)、この別れた方で良かったと私は思った。
この先を生きていくなかで辛い場面に遭遇したとき、私は先ほどのコウタくんの笑顔を思い出して頑張ることができる。どんなに色褪せても、何度も記憶を焼き直しすることでずっと。
それならもう一度鮮明な情報を上書きしておこうと振り返った時、コウタくんはもういなかった。どこかで私の姿が見えなくなるまで見つめてくれているのではないか、という淡い期待が薄暮の海に溶けていく。一緒に帰ろうとくらい言っても良かっただろうか。
小学生の頃、「太陽は円形じゃないんだって!」と教室で誰かが呟いた噂を確かめたくて、直視しようとしたことがある。とうぜん眩い光に遮られて確かめようがなく、刺激を受けた瞳から涙があふれたものだ。
今思えば、本やネットでいくらでも調べることができたし、この時間のような沈んでいく太陽を見ればよかったことだ。そもそも肉眼では、あれほど大きな太陽を本当に円形かどうかの判断なんて付かない。
でもそれで良かったのだ。最初から正解なんて求めていなくて、思い立ったらすぐに行動する子供らしさが。成長するにつれて、失敗、リスク、デメリットという言葉が常に付き纏い、自主的に行動を制限してしまう。自分で選択し、自分で責任を負うことも増える。それが大人になるということなのかもしれない。
だけど私はずっと、大事なことを周りの顔色を伺って決めてきた。みんなが喜んでくれるから、みんなが笑ってくれるから、みんなが認めてくれるから。たとえそれが私にとって辛いこと、苦しいことでも頑張ってきた。
それなのに疲れて自分の本心を伝えると、みんなは困ったような顔をする。ユウちゃんらしくないよ、そう言われて自分の思いは甘えで間違いだったんだと塞いできた。それで済むなら良い。時には怖い顔をされ、時には怒られ、私は悪い子なのだと自分を責めて生きてきた。
私を認めてくれたコウタくんはもういない。我慢の限界だった。
あらためて一人という現実を噛み締めながら薄暮を見た時、堰き止めていた防壁が崩れて、押し寄せる波が目から溢れ出した。でも堪えることはしなかった。どれだけ涙が頬を伝って地面を濡らしても、どれだけすれ違う人に好奇な目で見られても、私は自分の感情に抗うことなく涙を流し続けた。これまで我慢して呑み込んできたものを全て吐き出すように。
それでいい、これでいい。帰宅すれば私はまた私を演じる。『とても楽しい文化祭だった。転校に未練はない』と家族に笑顔を浮かべる。だから。
“どうかもう少しだけ 本当の私で居させて”
私は泣きながらもう一度歌った。
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