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Chapter3「仇花が生きた世界」
#8
しおりを挟む文化祭当日。出番を迎えるまでの時間は、展覧を見たり模擬店で飲食をしたり、最も多数派であろうスケジュールを最も少数派であろう一人で過ごしていた。コウタくんを誘うことも考えたけれど、きっと私たちは人前で本心を話せないだろうし、クラスメイトと遭遇したら嫌な思いをする。だから前日の幸せな記憶に傷を付けたくなくて止めておいた。
昼過ぎにはコウタくんと合流し、いつもの空き教室で最終の練習演奏を行った。特に緊張もなく最後の音が浮遊して消える。「どうだった?」と訊ねた私に、コウタくんは一拍呼吸を置いて言った。
「今から変なことを言うかもしれない」
制服の袖をギュッと掴んでいるコウタくんの顔には緊張が伺える。今から何を告げられるのかより、すっかり私の前だけで見せてくれるその仕草と表情が嬉しくて、「それを聞いて私も変な顔をしてしまうかもしれない」と戯けて私が言うと、コウタくんの頬が少しだけ緩んだ。
「あのさ、今から逃げ出そうって言ったらどうする?」
だけど続けられた言葉が、階段を二段飛ばしで上がっていくようにグンと勢いよく景色が変わるものだったので、余裕を失った私は言葉の片隅をなぞってなんとか会話を繋げる。
「……逃げ出すってどこに?」
「分からない……けど、僕たちのことを誰も知らないずっと遠くに」
それは脈略もない逃げ道だったけれど、とても名案だと思った。
実際に転校することが決まった私は、明日誰も自分のことを知らない遠い地に飛び立つ。その事実がこの期間、何よりも私を強くさせてくれたし、今日この日をコウタくんと迎えられたことを幸運に思う。願うことなら明日からも一緒にいたい。コウタくんの言うとおり、逃げ出してしまいたい。
「ごめん、今のは忘れて。そろそろ時間だ。行こう」
しかし高校生の私たちは、あまりにも無力だった。何でもできる年頃なのに、実際は決められた見えない白線の中に閉じ込められている。自分たちを取り巻く環境を変えることができないのはもちろん、鏡に映る自分自身のことさえよく分からず日々向き合っている。
正確に言えば、それらから逃げ出すことはできた。でもきっと、夜が明けないうちに姿の見えない怪物に命を喰らいつくされるのが落ちだろう。私たちはそれを理解している。逃げ出そうと言ったコウタくんも、形だけでもそうしようと優しい嘘すら言えない私も。だからこうして狭い世界の中で生きている。今日までも、明日からも。
そして最も懸念すべき点は。
私たちはこのような境遇に生まれたからこそ出会えたということだ。
そんな絶望的な幸せに私たちは生かされている。
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