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Chapter2「この命に名前を付けて」
#17
しおりを挟むカラパラのライブを観るには、まずチケットを取らなければいけない問題があった。リマインダーに登録したときは観に行くつもりだったが、ユウのことを最優先に過ごしていたので、結局手続きをすることなく事前購入期限を過ぎてしまっていた。
残された選択肢は、現地で買える当日チケットを購入するのみだ。これも事前にチケットが完売されていれば販売されないし、残っていても先着順となるため確実に購入できる見込みはない。
とは言え、ライブは定期的に行われているので、たとえ今日を逃したとしても近い内に観ることはできた。だけどこの重大と謳うライブが、僕たちの運命をも変えるようなものになるのではないかと期待を持っていた。
開場から数時間前、ライブハウスの公式アナウンスで当日券があることを知った僕は、ユウと一緒に早めに現場会場の前で待機していた。開場時間が近付くとライブハウスのスタッフさんが整理番号順に集まるよう促し、ぞろぞろと人が流れていく。その様子を見ながら、ライブハウスに集まる人たちは本当に多種多様な人がいるなあと、僕は改めてしみじみと感じた。
派手髪の人、還暦に近い人、スーツ姿の人、ヘッドホンを付けてる人、一人で来てる人、グループで来てる人、親子で来てる人。街中でよくすれ違うタイプの人もいれば、この場所じゃないと巡り合わないような人もいる。だからこそ二十歳になって制服姿の僕たちでも、この場所ではまったく浮かないほど自然に溶け込める。
その一人ひとりに人生があって、色んな考えや価値観が入り乱れている。もしここに一つの決められた枠を作られたら、僕たちは大混乱を起こすに違いない。年齢や性別のような、誰しもが待ち合わせていることでも全員が同じ枠に当てはまることはできない。
だけど唯一、ステージに立つ演者を観に会いに来たという事実は共通している。同じ日に、同じ時間に、同じ料金を払い、同じライブを観る。こんなにも不揃いで不釣り合いの僕たちが、この場所にいる時だけは一体化して一つの目的を果たす。
ライブハウスの空間はそういう複雑で面倒な世界から遮断できて、人が作ったルールだとか常識だとか不条理や理不尽を全てぶち壊してくれる怪物のような存在だと思う。ごちゃごちゃになった空間をいちど整理しましょうと真っ新な平野にしてくれるような、それこそ正義と呼ぶべき存在。
しかしそれを知らない人々は白線に囲まれた街を壊されないように怪物を討伐しようとする。自分たちとは違う姿をしているから。自分たちとは違う言語を使っているから。自分たちとは違う意志を持っているから。それらを普通ではない異常な怪物と都合良く名付けて敵意を向ける。
ライブハウスを出る瞬間はまさにそんな感じだ。怪物を倒した人たちに悪気はない。囚われていた者を自分たちの力によって解放したのだと、生還できてよかったねなんて声すら掛けてくる。そんなふうに、ひと時の夢から醒めて僕は現実に戻っていく。
この世界で生きるには自分を守るために戦わないといけないこともある。価値観や考えが違う人間に話し合いなんかで解決はできない。だからこそ、人は自分の居場所を求めて作る。安全に息ができる場所を、自分が自分でいられる場所を、明日も生きられる場所を。そのために領域を作り、群れに属すのが最も容易い安全策なのだ。
そんなの全部取っ払って、ただ同じ世界に生きられたら誰もが生きやすくなるのに。そう考える僕は、この世界で生きるのに恐ろしいほど向いていないんだろうなと感じる。世界はそんな単純にできていない。複雑だからこそ、全てに疑問を持って生きていくより、自分にとって都合の良いように現実を粧したほうが断然生きやすいのだから。
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