34 / 69
Chapter2「この命に名前を付けて」
#16
しおりを挟む何度経験してもライブハウスを出る瞬間は、大きな怪物の口から吐き出されたような感覚を抱く。ふだん僕はその生還をあまり好ましく思わなかった。
人々の多様性が求められるようになった昨今でも、常識や普通と定められた決まりは当たり前のようにあって、目に見えない白線が存在する。つまり今この世界に浸透している多様性と言うのは、この白線の内側なら自由に動いていいですよということであり、好き勝手に生きていいという訳ではない。最低限の節度を保つために必要なものだ。
そうなると今度は“権利”を訴える人間が現れ始める。白線の形が決まっているのはおかしい。白線の色が決まっているのはおかしい。それは不自由の中での自由に過ぎない、と。次第に独立した組織を作り上げて自分たちが納得するルールを決めると、そこに陣地となる線を描く。そこまではいい。
だけど最後には結局、正義を持って戦い抜いたと満足げな顔をしてこう言うのだ。「私たちと一緒に多様性を持って生きていきましょう」と。それが過去に他の誰でもない自分たちがおかしいと主張していた行為と同じであると気付かず。
誰かに自分を理解してもらうことは当然大事なことではあるのだが、ふだん他人がどんなことをしてるか興味なんてないのに、何かにスポットライトが当たると急に集まり議論を重ねるのがそもそも元凶で間違いなのではと思う。いちばんの問題はそうなったとき、必ず答えを出そうとすることだ。
どちらが良いか、悪いか。どちらが正しいか、間違っているか。どちらが普通か、異常か。そしてその基準は多数派によって決められる。けれどあくまでもそれは民主的な回答に過ぎず、何か効力を持っているわけではない。環境や境遇が変わればその答えは簡単に裏返ることだってある。当然そこに価値なんて生まれない。
そうなると本来の多様性というものは、誰もが自分の考えや思いを主張できるかではなく、いかに相手を尊重して認めてあげられるかでもなく、自然界の循環のようにただそこに存在しているだけで成り立つようなものなのではないか。つまり、自我を持つ人間が多様性という言葉を使うこと自体が、そもそも大きな矛盾を生んでいると僕は感じる。
月の息継ぎが聞こえたような気がして僕は我に返って顔を上げた。実際に僕の耳に届いたのは、僕とユウの足音だけだったが、不思議と心が揺りかごに乗ったように、穏やかな気持ちに包まれていた。
しばらくしてどこか郷愁を感じた僕は必死に記憶の後ろ姿を追う。ようやく追いついた時、それが文化祭前日にユウと街を歩き続けた日のことだと映像が重なった。
あの日も僕たちは足音で会話をしていた。夜の身支度をする街中に今日もお疲れさまと視線を投げかけ、最後は明日が素敵な一日になるようにと祈っていた。もともとユウが弾くギターの音と、僕が歌詞を書いて走らせるペンの音だけでも時間を動かすことができた僕たちに、今さら言葉なんて重要なことではなかった。ちゃんとそれだけで会話が成り立っていた。
お互いの声が出なくても僕たちだって他の人と同じように歩いている。真っ直ぐと未来に向かって歩幅を揃えて進めている。だから数年越しの約束も叶えて今ここにいる。
ふいにユウの視線を感じた僕は首を動かした。ライブの熱狂からか汗を含んだユウの前髪は爽やかに乱れていて、いつもは隠れている目がはっきりと視認できる。何か言葉を掛けたくなったが寸前で留まった。今ならほんの少しだけユウの心の声が聞こえる気がしたから。
僕は耳を澄ましながら、ユウの目に宿る一筋の光に触れて、もう少しだけライブの余韻に浸ることにした。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
幽子さんの謎解きレポート~しんいち君と霊感少女幽子さんの実話を元にした本格心霊ミステリー~
しんいち
キャラ文芸
オカルト好きの少年、「しんいち」は、小学生の時、彼が通う合気道の道場でお婆さんにつれられてきた不思議な少女と出会う。
のちに「幽子」と呼ばれる事になる少女との始めての出会いだった。
彼女には「霊感」と言われる、人の目には見えない物を感じ取る能力を秘めていた。しんいちはそんな彼女と友達になることを決意する。
そして高校生になった二人は、様々な怪奇でミステリアスな事件に関わっていくことになる。 事件を通じて出会う人々や経験は、彼らの成長を促し、友情を深めていく。
しかし、幽子にはしんいちにも秘密にしている一つの「想い」があった。
その想いとは一体何なのか?物語が進むにつれて、彼女の心の奥に秘められた真実が明らかになっていく。
友情と成長、そして幽子の隠された想いが交錯するミステリアスな物語。あなたも、しんいちと幽子の冒険に心を躍らせてみませんか?
こころ 〜希望と絶望の摩擦〜
鈴本 貴宏
ライト文芸
精神病と診断された少年。
心臓病の姉を慕う少女。
直ぐにでも壊れてしまいそうな二人を、
写真クラブの面々などの色々な人々が暖かく見守る悲しくも優しい物語。
筆者の実体験からくるリアルな病気事情などを、自分、家族、恋人、友人が傷ついている人に読んで欲しい!!!
話数を重ねるごとに面白くなっていく!
はず...ですので是非完結まで読んでください。
*第2回ほっこり・じんわり大賞へのご投票ありがとうございました。
*イラストはmasahachiさんに描いて頂きました、本作ヒロインの内野花火です。
女男の世界
キョウキョウ
ライト文芸
仕事の帰りに通るいつもの道、いつもと同じ時間に歩いてると背後から何かの気配。気づいた時には脇腹を刺されて生涯を閉じてしまった佐藤優。
再び目を開いたとき、彼の身体は何故か若返っていた。学生時代に戻っていた。しかも、記憶にある世界とは違う、極端に男性が少なく女性が多い歪な世界。
男女比が異なる世界で違った常識、全く別の知識に四苦八苦する優。
彼は、この価値観の違うこの世界でどう生きていくだろうか。
※過去に小説家になろう等で公開していたものと同じ内容です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
私の主治医さん - 二人と一匹物語 -
鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。
【本編完結】【小話】
※小説家になろうでも公開中※
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる