命の針が止まるまで

乃木 京介

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Chapter2「この命に名前を付けて」

#15

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 対策案を具現化できぬまま一ヵ月が経ち、二月下旬某日。

 最後の希望でもあったイルミネーションを観たその日の帰り、久しぶりにユウの口が動いた。もしかしたら、と希望を持った僕は絶対に見逃さないようその動きを追ったが、すぐに見逃したほうがよかったかもしれないとさえ思った。

『いつもごめんね。もう私のことなんて忘れて』

 一瞬、意識を失いかけて頭が真っ白になった。心臓はこんなにもうるさく音を立てるのかというくらいドクンドクンと体の内側からノックしてきて、心は張り裂けそうにズキズキとした痛みを訴えかけてくる。

 そんな状態に陥りながら僕は笑う。実際に上手く笑えていたかどうかは分からない。

「ずっと忘れないよ。たとえユウがもう僕と会いたくないと言ったとしても」

 ここで拒絶されていたら今度は僕が何も言えなくなる番だったが、再びユウの口が動くことはなかった。

「じゃあまた来週会おう」

 しかし、問題は何も解決していない。こういう時、時間を置くとより症状が悪化するのは自身の経験から分かっていた。それなのにいつものように来週と言ったのは僕の弱さだろう。

 今の状態では打開策が見つからず会うことに意味が生まれないと言ってもいい。実際にもう忘れてなんて言われてしまっているのだから、修復するどころか悪化さえしている。しかし考えるために期間を開ければ、ユウは僕との距離をより取ろうとする。

『もう私のことなんて忘れて』

 一週間その言葉は僕の頭の中でリフレインし続けた。たとえそれが、『私のことを忘れないで』だったとしても同じ現象を引き起こしていたと思う。好きな人の言葉はそれだけプラスにもマイナスにも大きな影響を与える。

 忘れて忘れて忘れて。

 あくまでも僕はユウの口の動きからその言葉を抽出したに過ぎないのに、肉声で言われたかのように一日中、頭の中をうるさく駆け巡った。まだ記憶の片隅に残っていたユウの貴重な生声が、こんな形で自分を苦しめるとは思わなかった。

 忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて。

 このままでは僕の脳が正常を維持するために、本当のユウの声も忘れてしまいそうだった。しかしもしかしたら、自分の好きな人がそう言うのならば、それに抗おうとする僕は間違いなのではないか? 僕は何のためにユウと会っている? 自分のためではなくて一番はユウが幸せにいられるためだろう? ユウがこのまま苦しんで生き続けることは正しいことか? 何よりも僕がユウを苦しめているのではないか?

 結局僕は、両親に道筋を示してもらわなければ何もできない人間なのかもしれない。

 体感としては一ヶ月ぶりに感じた一週間後もユウと一緒に時を過ごしたが、恒例の乾いた空気が真っ暗な未来を撫でるだけだった。

 正直なところ、残された策はもうなかった。そもそも都合が良すぎる考えだったのだ。空白の三年間で手札を強化せず、ユウと最後に会って関係を終わりにしようと考えていた僕には当然の報いだった。それが自分だけではなく、大切な存在であるユウの心も殺すことになるなんて、過去の僕は思いもしていないだろう。

 過去は変えられないが、未来は新たに作ることができる。そうは言ったって限度がある。現実を見ていなかった人間が突然追い込まれたからといって必死になっても、毎日未来を見据えて努力を積み重ねている人に勝ってしまったら、この世界はとても陳腐でつまらないものになる。即席の思いでユウを救いたいなんて根本的に甘い話だったのだ。

 その時、スマホの通知音が鳴った。直感的に、らむからだろうと思った。いつもは僕が迎えの手配をするまでメッセージを送ってくることはなかったが、今日は予定より時間が延びていた。

 最近はらむにも明るい報告ができていなく、なんとなくで誤魔化し続けてきた。ユウがらむと一緒にいる時、どういう反応をしているかは分からないが、長年一緒にいるらむには上手くいっていないと見抜かれているはずだ。もうそろそろ、正直に打ち明けるべきかもしれない。

 返信の言葉を探しながらとりあえずスマホを確認すると、画面に表示されていたのはらむからのメッセージではなく、一つのリマインダー通知だった。

『重大ライブ 18:30開場』

 何度か瞬きを重ねて、それがカラパラのライブのことだと理解する。わざわざリマインダー通知を取っていたのは、いつもの定期公演とは違い緊急開催ライブであったこと、それも重大な発表があると事前告知があったからと記憶を掘り起こすことに成功した。日付は明日だ。

 刹那、鼓動が不規則なリズムになって肌を叩く。その揺れに合わせて不明瞭だった明日が不器用に模られていく。もしかしたら――。

「ユウ。明日、一緒に来てほしい場所がある。もしかしたらそれが最後になるかもしれない」

 一縷の望みだった。ユウは僕の言葉をどういう風に受け取っただろう。とうとう愛想を尽かされたと思われてしまっただろうか。けれど本当にこれは最後の賭けだ。僕が持ちうる全ての可能性を賭けた戦い。

 僕はユウのことを真っ直ぐと見つめる。その後ろに、ステージ上で命を唄う梓さんの姿が薄っすらと重なった。
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