29 / 69
Chapter2「この命に名前を付けて」
#11
しおりを挟む「実を言うと、わたしも知っていることはあまりないんです。ユウちゃんが転校してしまってからは、時折メッセージで近状報告をするくらいでした。近いうちに会おうとは何度か言っていたのですが、なかなかお互いのスケジュールも合わなくて」
「連絡を取る中で変わった様子は?」
「特別なかったと思います。転校先の学校では軽音部に入り、新しい友達もできたと言っていました。卒業後は大学に進学し、色々な興味のある分野を学んでいたそうです。ギターも個人的ではあるけど続けていると言っていました。大学生活はとても楽しいものなんだな、と文字からでもその様子が伝わってきていましたね」
「なるほど。つまり、ここ最近の間に何か大きな出来事があってユウは変わってしまった、と」
「その判断は難しいところです」
「と言うと?」
「ユウちゃんがずっと前から隠していた可能性もあるからです」
お待たせしました、と店員さんが僕の頼んだオレンジジュースをテーブルに置いた。軽く頭を下げた僕は、らむの言葉の続きを待つ。
「コウタさんも知ってると思いますけど、ユウちゃんはみんなが思う自分はこうだから演じなきゃって繕って、それが辛いと思っても心配や迷惑をかけたくないからって誰にも相談できず、自分の気持ちを隠してしまうんです。わたしは付き合いが長いので表情を見れば分かるんですけど、文字だとそれも難しくて……」
「今のユウの状態にらむさんが気付いたのは?」
「えっと……あれは一ヶ月前くらいのことでした。久しぶりに実家に住むお母さんから連絡がきたかと思うと、商店街でセーラー服を着たユウちゃんの姿を見たというのです。ユウちゃんは遠くの学校で大学生活を送っているはずなのに、という疑問は早めの冬休みで遊びに来たのかもしれないと思いました。それでも大学生のユウちゃんがセーラー服を着ているのは不自然ですよね。わたしはすぐに人違いだろうと話を流しました」
僕は情景を頭の中に展開しながら、グラスを手に持ち傾ける。
「しかしそれからというもの、今日もユウちゃんを目撃したとお母さんは言い続けるようになりました。終いには写真も撮って送ってきたのです。たしかに、そこに写っていたのはユウちゃんに見えました。それもセーラー服というのは高校生の時の制服だったんです。すぐにわたしはユウちゃんに確認したのですが、返信はありませんでした。そうなるともう、直接自分の目で確かめるしかありません」
らむもいちどミルクティーに口を付けて、大きく呼吸を整えた。
「そしてわたしは見つけました。外見はたしかにユウちゃんでした。それでもまだ信じられなかったので、名前を呼んで声をかけてみました。ユウちゃんは大きく体を震わせて振り向き、怯えるような目でわたしを認識して『助けて』と口を動かして泣きながら抱きついてきました。その時からもう、ユウちゃんの声は出なかったのです」
「どうして……」
「わたしもいろいろ探ってみましたが、核心に触れることは話してくれませんでした。ただ驚いたのは、わたしのお母さんが初めてユウちゃんを見つけたその日に家を飛び出してきたと言うのです。わたしがユウちゃんに声をかけたのはそれから一週間も後のことです。これまでどうやって過ごしてきたのか訊くと、ネットカフェに泊まり続けて過ごしていたと文字を書いたので言葉が出ませんでした。それからはわたしの住むマンションで一緒に暮らしています。あの状態ではいろいろ危険ですからね」
「そうなると現時点でユウが抱えている問題は、らむさんにも分からないと考えればいいのかな」
「そうですね。ユウちゃんにはまだ、わたしにも打ち明けていなかった悩みがあったのかもしれません。コウタさんは何か知ってることありませんでしたか? きっと、コウタさんだからこそ言えたこともあると思うんです」
そう言われた僕は過去三年間の記憶を一気に巻き戻すため、目蓋を閉じて考えてみる。だが、ユウとの記憶は突然転校の別れを告げられたあの日から時が止まっているようなものだったし、らむのように連絡先を交換していたわけでもなかった。それでも僕たちを繋ぎ留めていたものが唯一あった。
僕は慎重に言葉を選びながら、ユウから貰った手紙のことを訥々と語った。
「そうでしたか……。もしかしたら、その時にはもうユウちゃんは――」
話を聞き終えたらむはそこで言葉を区切り、言い直した。
「今のユウちゃんは抜け殻のような状態です。コウタさんに会いに行けたのも奇跡的です。正直言って、その約束を本来の想像していた未来とはかけ離れた形でも果たしてしまった以上、明日を迎えられるかも保証できません。だからお願いします、どうかユウちゃんを助けてください」
懇願するらむの目から透明の雫が流れた。溢れ出しそうになる感情を堪え、僕も自分の気持ちを伝える。
「もちろん僕もユウを助けたい。ただそれには、らむさんの力も必要になると思う」
「わたしにできることがあったら何でも力になります」
ユウを救うため同盟を組んだ僕たちは連絡先を交換した。これで緊急事態のときにもすぐメッセージを交わせる。
現状、お互いが知っているユウの情報を共有した僕たちだったが、一つ気になったことを僕は訊ねた。
「そういえば、どうしてユウは制服を?」
「わたしにもそれは……。ただ、自宅にいる時はわたしが貸している部屋着を身につけていますよ。ユウちゃんが制服を着るのは、外に出るときだけですね」
「何か意図的に意味があって着ている……とか?」
らむがこくりと頷く。
「これはあくまでも推測なのですが……何かを思い出そうとしているんじゃないでしょうか。ユウちゃんが着ているのは高校生の時の、それもわたしたちが一緒に通っていた学校の制服ですよね。それもユウちゃんの行動範囲はとても限定的なんです。これを見てください」
そう言いながら、らむは自分のスマホを操作して僕に見せた。画面には地図が表示されており、その真ん中に赤い丸印が点滅している。
「これは?」
「ユウちゃんが今居る場所です。位置情報を用いたアプリで、お互いの居る場所が分かるんですよ。点滅しているのがユウちゃんの現在地で、ここはわたしの家です。今は外出していないようですね。そしてこれが移動の記録です」
「そんなことまで記録されるなんてすごいな……」
「アプリ開発者の方は元々、親御さんとお子さんの利用を想定していたらしいですが、今では友人同士や恋人同士で使っている方が多いですね。……で、ユウちゃんの話に戻りますが、どの日を見てもほとんど同じルートを辿っていますよね。何処かお店に立ち寄っているのは、このチェーン店のコーヒーショップくらいでしょうか。あとは街広場でも幾ばくか立ち止まっています」
僕はより深く画面を覗き込み、そして気付いた。
「この道はユウと文化祭の前日に歩いた道だ」
「ユウちゃんと?」
「ああ、間違いない。ユウに誘われて遊びに行ったんだ」
そうだ、今でも憶えている。文化祭の前日、最後の練習をするのかと思いきや、今日は遊びに行こうとユウに手を取られて僕たちは街に繰り出した。最初は放課後に制服で商業施設に立ち寄るのは校則違反だと怯えていた僕も、一緒の飲み物を味わい感情を共有したことで、つまらない考えを捨てて楽しめるようになった。
「もしかしたらコウタさんと一緒に過ごした期間のことを思い出して、自分を取り戻そうとしているのかもしれませんね。声を失って、この街に戻ってきて放浪して、それでもコウタさんとの約束をユウちゃんは憶えていた。きっとそれは偶然なんかじゃないです。ユウちゃんに視えている一筋の光なのかもしれません」
そうか……だから姉と一緒に車で目撃したあの時のユウは、周りの世界が目に入らず本能的に歩みを進めていたんだ。
――コウタくんってさ、自分が自分であることを証明できる?
――もっと根本的な、自分という人間は本当に存在しているのかなって話。
あの日、ユウはとても難しいことを僕に話した。その時、僕は最終的に何と答えた?
――僕という人間が存在しているかどうかはユウが証明してくれるよ。そして、ユウがユウであることも僕が証明する。
そう約束しただろう。そして実際にユウは証明してくれて今日まで僕の命を紡いでくれた。それなら今度は僕が証明する番だ。歌詞で伝えた想いのように、実際に行動して証明するんだ。
「救えるかもしれない……いや、必ずユウを救ってみせるよ」
僕の根拠のない誓いに、らむは縋るように「お願いします」と呟いた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

名もなき朝の唄〈湖畔のフレンチレストランで〉
市來茉莉(茉莉恵)
ライト文芸
【本編完結】【後日談1,2 完結】
写真を生き甲斐にしていた恩師、給仕長が亡くなった。
吹雪の夜明け、毎日撮影ポイントにしていた場所で息絶えていた。
彼の作品は死してもなお世に出ることはない。
歌手の夢破れ、父のレストランを手伝う葉子は、亡くなった彼から『給仕・セルヴーズ』としての仕事を叩き込んでもらっていた。
そんな恩師の死が、葉子『ハコ』を突き動かす。
彼が死したそこで、ハコはカメラを置いて動画の配信を始める。
メートル・ドテル(給仕長)だった男が、一流と言われた仕事も友人も愛弟子も捨て、死しても撮影を貫いた『エゴ』を知るために。
名もなき写真を撮り続けたそこで、名もなき朝の唄を毎日届ける。
やがて世間がハコと彼の名もなき活動に気づき始めた――。
死んでもいいほどほしいもの、それはなんだろう。
北海道、函館近郊 七飯町 駒ヶ岳を臨む湖沼がある大沼国定公園
湖畔のフレンチレストランで働く男たちと彼女のお話
★短編3作+中編1作の連作(本編:124,166文字)
(1.ヒロイン・ハコ⇒2.他界する給仕長の北星秀視点⇒3.ヒロインを支える給仕長の後輩・篠田視点⇒4.最後にヒロイン視点に戻っていきます)
★後日談(続編)2編あり(完結)

骸骨公爵様の溺愛聖女〜前世で結婚をバックレたら今世ではすでに時遅し〜
屋月 トム伽
恋愛
ある日突然、アルディノウス王国の聖女であったリリアーネ・シルビスティア男爵令嬢のもとに、たくさんの贈り物が届いた。それと一緒に社交界への招待状まであり、送り主を確認しようと迎えに来た馬車に乗って行くことに。
没落寸前の貧乏男爵令嬢だったリリアーネは、初めての夜会に驚きながらも、送り主であるジークヴァルトと出会う。
「リリアーネ。約束通り、迎えに来た」
そう言って、私を迎え入れるジークヴァルト様。
初対面の彼に戸惑うと、彼は嵐の夜に出会った骸骨公爵様だと言う。彼と一晩一緒に過ごし呪いが解けたかと思っていたが、未だに呪いは解けていない。それどころか、クビになった聖女である私に結婚して一緒にフェアフィクス王国に帰って欲しいと言われる。突然の求婚に返事ができずにいると、アルディノウス王国の殿下まで結婚を勧めてくることになり……。
※タグは、途中で追加します。
時々、僕は透明になる
小原ききょう
青春
影の薄い僕と、7人の個性的、異能力な美少女たちとの間に繰り広げられる恋物語。
影の薄い僕はある日透明化した。
それは勉強中や授業中だったり、またデート中だったり、いつも突然だった。
原因が何なのか・・透明化できるのは僕だけなのか?
そして、僕の姿が見える人間と、見えない人間がいることを知る。その中間・・僕の姿が半透明に見える人間も・・その理由は?
もう一人の透明化できる人間の悲しく、切ない秘密を知った時、僕は・・
文芸サークルに入部した僕は、三角関係・・七角関係へと・・恋物語の渦中に入っていく。
時々、透明化する少女。
時々、人の思念が見える少女。
時々、人格乖離する少女。
ラブコメ的要素もありますが、
回想シーン等では暗く、挫折、鬱屈した青春に、
圧倒的な初恋、重い愛が描かれます。
(登場人物)
鈴木道雄・・主人公の男子高校生(2年2組)
鈴木ナミ・・妹(中学2年生)
水沢純子・・教室の窓際に座る初恋の女の子
加藤ゆかり・・左横に座るスポーツ万能女子
速水沙織・・後ろの席に座る眼鏡の文学女子 文芸サークル部長
小清水沙希・・最後尾に座る女の子 文芸サークル部員
青山灯里・・文芸サークル部員、孤高の高校3年生
石上純子・・中学3年の時の女子生徒
池永かおり・・文芸サークルの顧問、マドンナ先生
「本山中学」

【完結】人前で話せない陰キャな僕がVtuberを始めた結果、クラスにいる国民的美少女のアイドルにガチ恋されてた件
中島健一
ライト文芸
織原朔真16歳は人前で話せない。息が詰まり、頭が真っ白になる。そんな悩みを抱えていたある日、妹の織原萌にVチューバーになって喋る練習をしたらどうかと持ち掛けられた。
織原朔真の扮するキャラクター、エドヴァルド・ブレインは次第に人気を博していく。そんな中、チャンネル登録者数が1桁の時から応援してくれていた視聴者が、織原朔真と同じ高校に通う国民的アイドル、椎名町45に属する音咲華多莉だったことに気が付く。
彼女に自分がエドヴァルドだとバレたら落胆させてしまうかもしれない。彼女には勿論、学校の生徒達や視聴者達に自分の正体がバレないよう、Vチューバー活動をするのだが、織原朔真は自分の中に異変を感じる。
ネットの中だけの人格であるエドヴァルドが現実世界にも顔を覗かせ始めたのだ。
学校とアルバイトだけの生活から一変、視聴者や同じVチューバー達との交流、eスポーツを経て変わっていく自分の心情や価値観。
これは織原朔真や彼に関わる者達が成長していく物語である。
カクヨム、小説家になろうにも掲載しております。
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
シャウトの仕方ない日常
鏡野ゆう
ライト文芸
航空自衛隊第四航空団飛行群第11飛行隊、通称ブルーインパルス。
その五番機パイロットをつとめる影山達矢三等空佐の不本意な日常。
こちらに登場する飛行隊長の沖田二佐、統括班長の青井三佐は佐伯瑠璃さんの『スワローテールになりたいの』『その手で、愛して。ー 空飛ぶイルカの恋物語 ー』に登場する沖田千斗星君と青井翼君です。築城で登場する杉田隊長は、白い黒猫さんの『イルカカフェ今日も営業中』に登場する杉田さんです。※佐伯瑠璃さん、白い黒猫さんには許可をいただいています※
※不定期更新※
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※
※影さんより一言※
( ゚д゚)わかっとると思うけどフィクションやしな!
※第2回ライト文芸大賞で読者賞をいただきました。ありがとうございます。※
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる