命の針が止まるまで

乃木 京介

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Chapter2「この命に名前を付けて」

#11

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「実を言うと、わたしも知っていることはあまりないんです。ユウちゃんが転校してしまってからは、時折メッセージで近状報告をするくらいでした。近いうちに会おうとは何度か言っていたのですが、なかなかお互いのスケジュールも合わなくて」

「連絡を取る中で変わった様子は?」

「特別なかったと思います。転校先の学校では軽音部に入り、新しい友達もできたと言っていました。卒業後は大学に進学し、色々な興味のある分野を学んでいたそうです。ギターも個人的ではあるけど続けていると言っていました。大学生活はとても楽しいものなんだな、と文字からでもその様子が伝わってきていましたね」

「なるほど。つまり、ここ最近の間に何か大きな出来事があってユウは変わってしまった、と」

「その判断は難しいところです」

「と言うと?」

「ユウちゃんがずっと前から隠していた可能性もあるからです」

 お待たせしました、と店員さんが僕の頼んだオレンジジュースをテーブルに置いた。軽く頭を下げた僕は、らむの言葉の続きを待つ。

「コウタさんも知ってると思いますけど、ユウちゃんはみんなが思う自分はこうだから演じなきゃって繕って、それが辛いと思っても心配や迷惑をかけたくないからって誰にも相談できず、自分の気持ちを隠してしまうんです。わたしは付き合いが長いので表情を見れば分かるんですけど、文字だとそれも難しくて……」

「今のユウの状態にらむさんが気付いたのは?」

「えっと……あれは一ヶ月前くらいのことでした。久しぶりに実家に住むお母さんから連絡がきたかと思うと、商店街でセーラー服を着たユウちゃんの姿を見たというのです。ユウちゃんは遠くの学校で大学生活を送っているはずなのに、という疑問は早めの冬休みで遊びに来たのかもしれないと思いました。それでも大学生のユウちゃんがセーラー服を着ているのは不自然ですよね。わたしはすぐに人違いだろうと話を流しました」

 僕は情景を頭の中に展開しながら、グラスを手に持ち傾ける。

「しかしそれからというもの、今日もユウちゃんを目撃したとお母さんは言い続けるようになりました。終いには写真も撮って送ってきたのです。たしかに、そこに写っていたのはユウちゃんに見えました。それもセーラー服というのは高校生の時の制服だったんです。すぐにわたしはユウちゃんに確認したのですが、返信はありませんでした。そうなるともう、直接自分の目で確かめるしかありません」

 らむもいちどミルクティーに口を付けて、大きく呼吸を整えた。

「そしてわたしは見つけました。外見はたしかにユウちゃんでした。それでもまだ信じられなかったので、名前を呼んで声をかけてみました。ユウちゃんは大きく体を震わせて振り向き、怯えるような目でわたしを認識して『助けて』と口を動かして泣きながら抱きついてきました。その時からもう、ユウちゃんの声は出なかったのです」

「どうして……」

「わたしもいろいろ探ってみましたが、核心に触れることは話してくれませんでした。ただ驚いたのは、わたしのお母さんが初めてユウちゃんを見つけたその日に家を飛び出してきたと言うのです。わたしがユウちゃんに声をかけたのはそれから一週間も後のことです。これまでどうやって過ごしてきたのか訊くと、ネットカフェに泊まり続けて過ごしていたと文字を書いたので言葉が出ませんでした。それからはわたしの住むマンションで一緒に暮らしています。あの状態ではいろいろ危険ですからね」

「そうなると現時点でユウが抱えている問題は、らむさんにも分からないと考えればいいのかな」

「そうですね。ユウちゃんにはまだ、わたしにも打ち明けていなかった悩みがあったのかもしれません。コウタさんは何か知ってることありませんでしたか? きっと、コウタさんだからこそ言えたこともあると思うんです」

 そう言われた僕は過去三年間の記憶を一気に巻き戻すため、目蓋を閉じて考えてみる。だが、ユウとの記憶は突然転校の別れを告げられたあの日から時が止まっているようなものだったし、らむのように連絡先を交換していたわけでもなかった。それでも僕たちを繋ぎ留めていたものが唯一あった。

 僕は慎重に言葉を選びながら、ユウから貰った手紙のことを訥々と語った。

「そうでしたか……。もしかしたら、その時にはもうユウちゃんは――」

 話を聞き終えたらむはそこで言葉を区切り、言い直した。

「今のユウちゃんは抜け殻のような状態です。コウタさんに会いに行けたのも奇跡的です。正直言って、その約束を本来の想像していた未来とはかけ離れた形でも果たしてしまった以上、明日を迎えられるかも保証できません。だからお願いします、どうかユウちゃんを助けてください」

 懇願するらむの目から透明の雫が流れた。溢れ出しそうになる感情を堪え、僕も自分の気持ちを伝える。

「もちろん僕もユウを助けたい。ただそれには、らむさんの力も必要になると思う」

「わたしにできることがあったら何でも力になります」

 ユウを救うため同盟を組んだ僕たちは連絡先を交換した。これで緊急事態のときにもすぐメッセージを交わせる。

 現状、お互いが知っているユウの情報を共有した僕たちだったが、一つ気になったことを僕は訊ねた。

「そういえば、どうしてユウは制服を?」

「わたしにもそれは……。ただ、自宅にいる時はわたしが貸している部屋着を身につけていますよ。ユウちゃんが制服を着るのは、外に出るときだけですね」

「何か意図的に意味があって着ている……とか?」

 らむがこくりと頷く。

「これはあくまでも推測なのですが……何かを思い出そうとしているんじゃないでしょうか。ユウちゃんが着ているのは高校生の時の、それもわたしたちが一緒に通っていた学校の制服ですよね。それもユウちゃんの行動範囲はとても限定的なんです。これを見てください」

 そう言いながら、らむは自分のスマホを操作して僕に見せた。画面には地図が表示されており、その真ん中に赤い丸印が点滅している。

「これは?」

「ユウちゃんが今居る場所です。位置情報を用いたアプリで、お互いの居る場所が分かるんですよ。点滅しているのがユウちゃんの現在地で、ここはわたしの家です。今は外出していないようですね。そしてこれが移動の記録です」

「そんなことまで記録されるなんてすごいな……」

「アプリ開発者の方は元々、親御さんとお子さんの利用を想定していたらしいですが、今では友人同士や恋人同士で使っている方が多いですね。……で、ユウちゃんの話に戻りますが、どの日を見てもほとんど同じルートを辿っていますよね。何処かお店に立ち寄っているのは、このチェーン店のコーヒーショップくらいでしょうか。あとは街広場でも幾ばくか立ち止まっています」

 僕はより深く画面を覗き込み、そして気付いた。

「この道はユウと文化祭の前日に歩いた道だ」

「ユウちゃんと?」

「ああ、間違いない。ユウに誘われて遊びに行ったんだ」

 そうだ、今でも憶えている。文化祭の前日、最後の練習をするのかと思いきや、今日は遊びに行こうとユウに手を取られて僕たちは街に繰り出した。最初は放課後に制服で商業施設に立ち寄るのは校則違反だと怯えていた僕も、一緒の飲み物を味わい感情を共有したことで、つまらない考えを捨てて楽しめるようになった。

「もしかしたらコウタさんと一緒に過ごした期間のことを思い出して、自分を取り戻そうとしているのかもしれませんね。声を失って、この街に戻ってきて放浪して、それでもコウタさんとの約束をユウちゃんは憶えていた。きっとそれは偶然なんかじゃないです。ユウちゃんに視えている一筋の光なのかもしれません」

 そうか……だから姉と一緒に車で目撃したあの時のユウは、周りの世界が目に入らず本能的に歩みを進めていたんだ。

――コウタくんってさ、自分が自分であることを証明できる? 
――もっと根本的な、自分という人間は本当に存在しているのかなって話。

 あの日、ユウはとても難しいことを僕に話した。その時、僕は最終的に何と答えた?

――僕という人間が存在しているかどうかはユウが証明してくれるよ。そして、ユウがユウであることも僕が証明する。

 そう約束しただろう。そして実際にユウは証明してくれて今日まで僕の命を紡いでくれた。それなら今度は僕が証明する番だ。歌詞で伝えた想いのように、実際に行動して証明するんだ。

「救えるかもしれない……いや、必ずユウを救ってみせるよ」

 僕の根拠のない誓いに、らむは縋るように「お願いします」と呟いた。
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