命の針が止まるまで

乃木 京介

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Chapter2「この命に名前を付けて」

#10

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『少し早く着いてしまったので先に入ってます』

 らむからのメッセージを確認した僕は、急ぎ足で待ち合わせ場所の喫茶店に向かった。

 十二月二十五日、クリスマスの今日は晴天だった。多くの子供たちがプレゼントに歓喜して時間の存在なんて忘れているであろうこの日に、僕はユウの現状を知ってから恐ろしく遅い時間の流れを呪いつつあった。

 集中力も欠けていたのか仕事でミスもしてしまった。周りもどことなく僕の異変に気付いているようで、昼の時点で早上がりさせてもらった。いつもは、ねえねえと話しかけてくる英莉さんも察したように大人しかった。

 姉には、今は上手く話せる気がしないからもう少し時間がほしいとだけ朝に伝えた。昨晩は仕事終わりの疲れてるところに、僕が緊張しているからという理由で車を出してもらい、更には緊急事態が起きて一時間も待たせたのに「話したくなったら言ってよ」と見守ってくれたことが救いだった。らむとの話し合いが終わったら、今日は姉にケーキを買って帰ろう。

 喫茶店に辿り着き「待ち合わせです」と店員さんに告げた僕は、らむの姿を探す。クリスマスとは言え平日の午後四時という中途半端な時間もあってか、あるいは住宅街に近い場所で隠れスポット的に経営しているからなのか、お客さんの数はまばらだった。レジ前には取って付けたようなクリスマスツリーに電飾が巻かれていてぴかぴかと光っている。

 そういえば、実家では一度もクリスマスツリーが飾られることはなかった。ケーキを食べた覚えもなくて、クラスメイトの口から出てくる回想話を不思議に聞いていた気がする。

 姉の家に住まわしてもらってからは、二人で小さなクリスマスツリーに飾り付けをして雰囲気を作り、食事の後にはショートケーキを食べる幸せを噛み締められるようになった。本当に姉には感謝してもしきれない。

 ……それより、らむはどこだ。思考を巡らせながら視線を移していたが、それらしき姿を見つけられない。たしかに、三年という月日は外見を変えるには充分だ。その中でも十七歳から二十歳への変化は身体的にも精神的にも、人間として大きく成長する時期だろう。時間が止まったままの僕は、ほとんど容姿も精神面も変わりないが。

 もう一度、席に座るお客さんを一人ひとり照らし合わせようとした時、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 視線を向けると、一人の女性が席から立って僕に向かって手を挙げている。白のタートルネック、ワインレッド色のマーメイドスカートを合わせた服装に、胸上まで伸ばした髪はミルクティー色に染まっていて、そこから覗く麗しい顔立ちがとても綺麗な人だ。その女性と視線が合った、と思う。念のため振り向くが誰もいない。僕に間違いないようだ。

 もし街中で話しかけられていたら思考をフルパワーに使い、相手が誰なのか記憶を掘り起こしていただろう。ただここが喫茶店であり、それも待ち合わせをしていて、相手が僕の名前を呼んでいる。この条件に合致するのは自ずと一人しかいない。

 妙な緊張感を抱きながら僕が言葉を探しながら近付くと、

「コウタさん、こんにちは」

 と愛嬌ある笑顔から優しい声が僕の鼓膜を揺らした。記憶が舞い上がるように甦る。当時の面影が浮かび上がって部分的に重なり一致した。間違いない、らむだ。

 毎日一緒に過ごしていたはずの姉がいつの間にか心身ともに大人になっていた時も驚いたが、三年の空白期間を得て会ったらむは、声色や話し方にまだ少し幼さが残るだけで別人のようだった。しかしたぶん、それが普通のことなのだと思う。

 らむとはどれくらいの距離感だったか探りつつ、僕は言葉を紡ぎ合わせる。

「らむさんこんにちは。急な話なのに時間を作ってくれてありがとう」

「いえ、本当はわたしも昨日ユウちゃんと一緒に行こうと思ったんです。突然コウタさんと会う約束をしているだなんて言うから驚いてしまって。だけどユウちゃんが一人で行くと譲らなかったので、それならわたしの連絡先をコウタさんに教えておいてと頼んだんです。わたしもコウタさんに伝えたいことがありましたから」

「そうだったんだ。らむさんの前では、ユウは普通に……?」

 あえて声という言葉を抜いたが、らむは力なく首を横に振った。

「……とりあえず、座ってください」

 向かい合って座り、僕は店員さんにオレンジジュースを頼んだ。らむは既にホットココアを頼んでいてマグカップから湯気が浮遊している。そんな些細な所にも大人と子供の境界線が引かれているような気がして、僕は複雑に視線を揺らした。
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