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Chapter2「この命に名前を付けて」
#7
しおりを挟む小柴農園で働き始めて半年が経ち、季節は冬に変わった。
大きな農場だと年中作業があるというが、小柴農園は少人数で限られた作物のみ育てているので、冬場は緩やかな労働スケジュールに変わった。そのためか旦那さんは近くのスキー場でインストラクターの仕事をしているらしい。とても活力的な人だ。
僕も時間を見つけて車の運転免許を取った。古くて安い中古車も購入した。少しアクセルを踏むだけで唸るような声を上げるが、格段に生活が便利になったのは間違いない。仕事の時は毎回送迎をしてもらっていた申し訳なさもなくなり、農園で使っている軽トラも運転できるようになったので、僕にできる仕事が増えたのも嬉しかった。
そんな中、僕に与えられた冬場の仕事は除雪が中心だった。ビニールハウスの倒壊を防いだり、溜まった雪を軽トラに積んで雪堆積場まで運んだり。地味な作業ではあるが氷点下の気温でも汗が垂れるほど重労働で、ふだん使わない体の筋肉が慣れるまでしばらく悲鳴を上げていた。
だけど夏と変わらず基本的に一人で行う作業が僕は好きだった。子供の頃は、大人というものは両親のようにスーツに身を包み、常に腕時計を確認して分刻みで動いているようなバリバリ働くイメージだった。だが、こういう生き方もあるのだと知って、僕も社会の歯車の一つにはなれているのかと思うと嬉しかった。
誰しもが誰かの力になっていて、巡り巡って社会は成り立っている。思うより、この世界は悪くないと考えられるくらいには僕も変わっていた。
ある日、局地的な大雪が小柴農園を襲った。断続的に降り続ける雪が何もかも白に染めるかのように空から舞い落ちてくる。
昼休憩の時点でへとへとに疲れ切った僕がご飯を食べていると、二つの声が近付いて来た。
「コウタくん、居るかい?」
まずそれが旦那さんであることが瞬時に分かり、僕は「ふあい」と間抜けな返事をする。さすがに今日の悪天候ではスキー場での仕事もなかったのだろうか。
「休憩中のところ悪いね。紹介したい人がいるんだ」
優しく微笑んだ旦那さんの後ろからひょこっと姿を現した人物を僕はよく知っていた。
「あ、英莉さん」
僕が英莉さんの名前を呼ぶと、旦那さんは英莉さんの頭をぽんぽんと叩く。
「今日からうちの娘もここで働くことになったから、仲良くしてやってくれるかい?」
「そんな子供扱いしなくていいです!」
英莉さんとは久しぶりに会ったが変わらず元気そうだ。
「というわけだから今日からよろしくね! コウタくん!」
僕たちが挨拶を交わし、旦那さんが背を向けて姿を消すと、英莉さんが僕の隣に座ってため息をついた。
「ああもう、初日からいきなり悪天候の除雪なんてついてないなあ。こんなことなら明日から来ればよかった」
「変わってないですね、英莉さんは」
僕は自然と英莉さんの左手に目を向ける。何度か見たシルバーリングは、少しだけ形を変えて輝いていた。僕の視線に気付いた英莉さんが、子供のように一瞬にして表情を明るく染める。
「あれあれ? コウタくん、あたしがついに結婚しちゃって悲しい感じ?」
「いえ、安心しました。結婚相手の方、素敵な人ですよね。たぶんあの方なら英莉さんのことを全て受け止めてくれそうです。ただ疲れている時に相手にするのはとても大変でしょうけど」
「うんうん本当に素敵な人で……ってこら! さりげなくあたしの悪口言ってるな?!」
「結婚して落ち着いたかと思ったんですけど、よりパワーアップしてますね」
「コウタくんもずいぶんと口が回るようになっちゃって! あーあ、最初は大人しくて可愛かったのに」
しばらく言い合った僕たちだったが、やがて互いに満足して笑い合った
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