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Chapter2「この命に名前を付けて」
#6
しおりを挟むSEが終わると、一曲目のイントロが流れた。それは英莉さんに聞かせてもらった、あの心揺さぶる楽曲だった。聴覚だけでも震撼を受けたのに、視覚や肌から伝わる生ライブの独特な空気感が、より楽曲を大きく演出させて全身の鳥肌が立つ。
こんなアイドルを僕は見たことがない。ジャンルを振り分けるなら、世の中や自己へのアンチテーゼを謳うグループなのだろうが、どうもそれが決められたコンセプトの枠に収まっているように見えないのだ。ただ純粋に、彼女たちはありのままの自分を曝け出しているような、模られた偽物なんかじゃない強さを感じた。
ライブは順調に進んでいき曲間のMCに入った時、隣にいた英莉さんがぽつりと呟いた。
「あたしの好きな子、わかる?」
「いま喋ってる子ですよね」
「どうして分かったの?」
「英莉さんと同じ雰囲気を感じるからです」
マイクを握り笑顔で話す女の子は、いわゆる王道系アイドルのビジュアルを持っていた。一見しただけでは、グループコンセプトとは少し合わない子に見える。麗しい長い黒髪はツインテールに束ねられて、整った顔から発せられる可憐な声が美しい。他のメンバーと会話を交わしながら、時折客席のこちら側にも視線を注いで会場の雰囲気を掴んでいる。
だからこそ気付いてしまう。継ぎ接いで、取り繕って、現実を粧して演じる裏に潜む、藍に落ちた哀愁の瞳を。せめて表面だけは理想に近付けようと頑張りすぎてしまうゆえに、一瞬の弱さが垣間見える。たいていの人はステージ上とのギャップがすごいと簡単に都合良く結論付けるだろうが、そう思えるほうが幸せかもしれない。だけど誰かが救ってあげないとこの子は。
彼女を見ていると、ユウのことを思い出す。ユウもそういう人だった。おぼろげに姿が重なる。忘れられない甘くて苦い痛みが僕を襲う。
「何かあったんですか、あの子に」
英莉さんはステージに立つ彼女から視線を逸らさぬまま呟いた。
「高岡 梓ちゃんって言うんだ。誰にでも優しくて気を遣える良い子でね、いつだって周りのことを考えて、絶対人前では自分の弱さなんて見せない子なんだよ。でも、コウタくんには分かるんだね。あたしの時も見抜いたもんなあ……。そう、何かあったかの話だったね。どうしてこんなにお客さんが少ないんだろうって思わない?」
英莉さんに言われて、僕は視線を移動させた。最前列にいるのは僕たち含めて十人。後ろを確認すると、点々と立って眺めている人がまばらにいてカウントしていく。計二十五人だ。少ないというより、少なすぎる。それとも、平日に開催されるライブはこんなものなのだろうか。
「たしかに、そうですね。グループが結成されてどのくらいなんですか?」
「今月でちょうど一年になるよ」
僕は言葉を失った。だとすれば余りにも少なすぎる。どのくらいの頻度でライブ開催されているのか分からないが、一年もやっていれば今回がたまたま少なかったというわけでもないだろう。単独で開催しているなら大赤字だ。ステージに立つ彼女たちはもちろん、取り仕切るスタッフだってこれでは生活できない。こんな状態で活動が続いているのが奇跡のようだった。
「本当なら隣に立っている人の肌が触れ合うくらい、今日はたくさんの人が集まるはずだったんだよ。単独定期公演の記念すべき五十回目なの。中止にしてもよかったのに、一人でも来てくれる人がいるなら開催するって梓ちゃんは笑ってた。とても悲しそうな目でね。あたしは楽しみにしてるなんて月並みな言葉しか掛けられなかった。本当は不安でいっぱいなのに無理して笑ってる梓ちゃんのことも、もうグループに残された時間はそう多くないってことも気付いているのに――」
MCが終わると会場が暗転し、後半戦が始まる。
強く胸が疼く。ライブが終わるまで痛みは消えなかった。
会場を出て夜空を見上げると、星という名のライトアップに照らされた月がいつもより優美に見えた。歩きながらぼんやりと眺めていると、つい先ほどまで見ていたライブの光景が、早くも色や形を失い消滅しようとする。それは夢から醒めた時の感覚に似ていた。
「結成から半年までは順調でね、このままいけば一年目から単独ライブツアーも開催できるんじゃないかってくらい上手くいっていたの」
英莉さんが思い出にふけるように言った。
「だけどファンの人が増えるにつれて色んな派閥ができてしまって、ファン同士で対立することが増えてしまったんだ」
「どんなことでですか?」
「ライブの楽しみ方と言えばいいかな。たとえば、振りコピをする人もいれば、アイドルコールをする人もいる。カメラを構える人もいれば、動かず真剣に見ている人もいる。どれも正しい楽しみ方で、それぞれが違う価値観を持っている。もちろん、ほとんどの人は自分とは違う楽しみ方を認めている。だけど時に、度を越えた応援の仕方が目立つようになったの」
「たくさん人が集まれば、仕方のない部分でもありますね……」
「そうだね。みんな彼女たちが好きなのは同じなんだよ。だからこそ、彼女たちを応援するためなんだって自己を大きく見せようとする。〝与えていた〟ものが〝求めるもの〟に変わっていることも、それが何よりも彼女たちを悲しませることになっているとも気付かずにね……。彼女たちがマナーを守って楽しんでねと言っても、当の本人たちは自分が言われているだなんて思っていないから収まらなかった。そこで彼女たちは一つのルールを公式に設けたの。どうやら彼女たち自身も気になっていたことがあったらしくて、ある日のライブ終わりに打ち明けた。たしかにそれは、アイドル界隈では珍しい決まりだった。でも例がなかったわけではないし、彼女たちのグループコンセプトや楽曲の系統から賛同するファンも多かった。でも……」
英莉さんが空を見上げて月を掴むように手を伸ばした。
「結果的に自分たちの応援方法を反対されることになったファンは裏切られた、見捨てられたと感じて憤慨した。それでファンを辞めるくらいならまだよかった。怒りが収まらない一部の人は彼女たちを敵対視してライブを妨害するようになったの。応援しているファンにも危害を加えたり、SNSであることないこと情報を広めたり、それはもうひどい有様だった。少人数で運営してるのかスタッフさんもお手上げ状態で、そんな状態が半年も続いた現状が今日のライブだよ」
ふと英莉さんを見ると、その目に分厚い涙が張っていた。僕はそれに気付いていながら何も言えなかった。
「あたしはね、彼女たちに幸せになってほしいんだ。さいあくアイドルとしては報われなくても、この長い人生で光を掴んで幸せを見つけてくれたらそれでいいと思う。『応援してる、頑張ってね』なんて言って、心の中でそう思ってしまうのは間違いかな……? あたしも彼女たちの活動を否定することになってるのかな……? もうよくわからないや。幸せって何だろうね」
月夜に照らされた英莉さんの顔を、僕は今でも忘れられない。
幸せって何だろう。きっと僕もその答えを探している。
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