命の針が止まるまで

乃木 京介

文字の大きさ
上 下
24 / 69
Chapter2「この命に名前を付けて」

#6

しおりを挟む

 SEが終わると、一曲目のイントロが流れた。それは英莉さんに聞かせてもらった、あの心揺さぶる楽曲だった。聴覚だけでも震撼を受けたのに、視覚や肌から伝わる生ライブの独特な空気感が、より楽曲を大きく演出させて全身の鳥肌が立つ。

 こんなアイドルを僕は見たことがない。ジャンルを振り分けるなら、世の中や自己へのアンチテーゼを謳うグループなのだろうが、どうもそれが決められたコンセプトの枠に収まっているように見えないのだ。ただ純粋に、彼女たちはありのままの自分を曝け出しているような、模られた偽物なんかじゃない強さを感じた。

 ライブは順調に進んでいき曲間のMCに入った時、隣にいた英莉さんがぽつりと呟いた。

「あたしの好きな子、わかる?」

「いま喋ってる子ですよね」

「どうして分かったの?」

「英莉さんと同じ雰囲気を感じるからです」

 マイクを握り笑顔で話す女の子は、いわゆる王道系アイドルのビジュアルを持っていた。一見しただけでは、グループコンセプトとは少し合わない子に見える。麗しい長い黒髪はツインテールに束ねられて、整った顔から発せられる可憐な声が美しい。他のメンバーと会話を交わしながら、時折客席のこちら側にも視線を注いで会場の雰囲気を掴んでいる。

 だからこそ気付いてしまう。継ぎ接いで、取り繕って、現実を粧して演じる裏に潜む、藍に落ちた哀愁の瞳を。せめて表面だけは理想に近付けようと頑張りすぎてしまうゆえに、一瞬の弱さが垣間見える。たいていの人はステージ上とのギャップがすごいと簡単に都合良く結論付けるだろうが、そう思えるほうが幸せかもしれない。だけど誰かが救ってあげないとこの子は。

 彼女を見ていると、ユウのことを思い出す。ユウもそういう人だった。おぼろげに姿が重なる。忘れられない甘くて苦い痛みが僕を襲う。

「何かあったんですか、あの子に」

 英莉さんはステージに立つ彼女から視線を逸らさぬまま呟いた。

高岡 梓たかおか あずさちゃんって言うんだ。誰にでも優しくて気を遣える良い子でね、いつだって周りのことを考えて、絶対人前では自分の弱さなんて見せない子なんだよ。でも、コウタくんには分かるんだね。あたしの時も見抜いたもんなあ……。そう、何かあったかの話だったね。どうしてこんなにお客さんが少ないんだろうって思わない?」

 英莉さんに言われて、僕は視線を移動させた。最前列にいるのは僕たち含めて十人。後ろを確認すると、点々と立って眺めている人がまばらにいてカウントしていく。計二十五人だ。少ないというより、少なすぎる。それとも、平日に開催されるライブはこんなものなのだろうか。

「たしかに、そうですね。グループが結成されてどのくらいなんですか?」

「今月でちょうど一年になるよ」

 僕は言葉を失った。だとすれば余りにも少なすぎる。どのくらいの頻度でライブ開催されているのか分からないが、一年もやっていれば今回がたまたま少なかったというわけでもないだろう。単独で開催しているなら大赤字だ。ステージに立つ彼女たちはもちろん、取り仕切るスタッフだってこれでは生活できない。こんな状態で活動が続いているのが奇跡のようだった。

「本当なら隣に立っている人の肌が触れ合うくらい、今日はたくさんの人が集まるはずだったんだよ。単独定期公演の記念すべき五十回目なの。中止にしてもよかったのに、一人でも来てくれる人がいるなら開催するって梓ちゃんは笑ってた。とても悲しそうな目でね。あたしは楽しみにしてるなんて月並みな言葉しか掛けられなかった。本当は不安でいっぱいなのに無理して笑ってる梓ちゃんのことも、もうグループに残された時間はそう多くないってことも気付いているのに――」

 MCが終わると会場が暗転し、後半戦が始まる。
 強く胸が疼く。ライブが終わるまで痛みは消えなかった。

 会場を出て夜空を見上げると、星という名のライトアップに照らされた月がいつもより優美に見えた。歩きながらぼんやりと眺めていると、つい先ほどまで見ていたライブの光景が、早くも色や形を失い消滅しようとする。それは夢から醒めた時の感覚に似ていた。

「結成から半年までは順調でね、このままいけば一年目から単独ライブツアーも開催できるんじゃないかってくらい上手くいっていたの」

 英莉さんが思い出にふけるように言った。

「だけどファンの人が増えるにつれて色んな派閥ができてしまって、ファン同士で対立することが増えてしまったんだ」

「どんなことでですか?」

「ライブの楽しみ方と言えばいいかな。たとえば、振りコピをする人もいれば、アイドルコールをする人もいる。カメラを構える人もいれば、動かず真剣に見ている人もいる。どれも正しい楽しみ方で、それぞれが違う価値観を持っている。もちろん、ほとんどの人は自分とは違う楽しみ方を認めている。だけど時に、度を越えた応援の仕方が目立つようになったの」

「たくさん人が集まれば、仕方のない部分でもありますね……」

「そうだね。みんな彼女たちが好きなのは同じなんだよ。だからこそ、彼女たちを応援するためなんだって自己を大きく見せようとする。〝与えていた〟ものが〝求めるもの〟に変わっていることも、それが何よりも彼女たちを悲しませることになっているとも気付かずにね……。彼女たちがマナーを守って楽しんでねと言っても、当の本人たちは自分が言われているだなんて思っていないから収まらなかった。そこで彼女たちは一つのルールを公式に設けたの。どうやら彼女たち自身も気になっていたことがあったらしくて、ある日のライブ終わりに打ち明けた。たしかにそれは、アイドル界隈では珍しい決まりだった。でも例がなかったわけではないし、彼女たちのグループコンセプトや楽曲の系統から賛同するファンも多かった。でも……」

 英莉さんが空を見上げて月を掴むように手を伸ばした。

「結果的に自分たちの応援方法を反対されることになったファンは裏切られた、見捨てられたと感じて憤慨した。それでファンを辞めるくらいならまだよかった。怒りが収まらない一部の人は彼女たちを敵対視してライブを妨害するようになったの。応援しているファンにも危害を加えたり、SNSであることないこと情報を広めたり、それはもうひどい有様だった。少人数で運営してるのかスタッフさんもお手上げ状態で、そんな状態が半年も続いた現状が今日のライブだよ」

 ふと英莉さんを見ると、その目に分厚い涙が張っていた。僕はそれに気付いていながら何も言えなかった。

「あたしはね、彼女たちに幸せになってほしいんだ。さいあくアイドルとしては報われなくても、この長い人生で光を掴んで幸せを見つけてくれたらそれでいいと思う。『応援してる、頑張ってね』なんて言って、心の中でそう思ってしまうのは間違いかな……? あたしも彼女たちの活動を否定することになってるのかな……? もうよくわからないや。幸せって何だろうね」

 月夜に照らされた英莉さんの顔を、僕は今でも忘れられない。
 幸せって何だろう。きっと僕もその答えを探している。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】内緒で死ぬことにした  〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜

たろ
恋愛
手術をしなければ助からないと言われました。 でもわたしは利用価値のない人間。 手術代など出してもらえるわけもなく……死ぬまで努力し続ければ、いつかわたしのことを、わたしの存在を思い出してくれるでしょうか? 少しでいいから誰かに愛されてみたい、死ぬまでに一度でいいから必要とされてみたい。 生きることを諦めた女の子の話です ★異世界のゆるい設定です

隣の古道具屋さん

雪那 由多
ライト文芸
祖父から受け継いだ喫茶店・渡り鳥の隣には佐倉古道具店がある。 幼馴染の香月は日々古道具の修復に励み、俺、渡瀬朔夜は従妹であり、この喫茶店のオーナーでもある七緒と一緒に古くからの常連しか立ち寄らない喫茶店を切り盛りしている。 そんな隣の古道具店では時々不思議な古道具が舞い込んでくる。 修行の身の香月と共にそんな不思議を目の当たりにしながらも一つ一つ壊れた古道具を修復するように不思議と向き合う少し不思議な日常の出来事。

紙の中のヒロイン

謎の養分騎士X
ライト文芸
恋愛描写が苦手な、アマチュア小説家の土岐幸樹(23)と、戦闘シーンが苦手な漫画家、三井絢香(23)の物語。 二人の関係はどう変化していくのか⋯⋯

良心的AI搭載 人生ナビゲーションシステム

まんまるムーン
ライト文芸
 人生の岐路に立たされた時、どん詰まり時、正しい方向へナビゲーションしてもらいたいと思ったことはありませんか? このナビゲーションは最新式AIシステムで、間違った選択をし続けているあなたを本来の道へと軌道修正してくれる夢のような商品となっております。多少手荒な指示もあろうかと思いますが、全てはあなたの未来の為、ご理解とご協力をお願い申し上げます。では、あなたの人生が素晴らしいドライブになりますように! ※本作はオムニバスとなっており、一章ごとに話が独立していて完結しています。どの章から読んでも大丈夫です! ※この作品は、小説家になろうでも連載しています。

御手洗さんの言うことには…

daisysacky
ライト文芸
ちょっと風変わりな女子高校生のお話です。 オムニバスストーリーなので、淡々としていますが、気楽な気分で読んでいただけると ありがたいです。

人生の時の瞬

相良武有
ライト文芸
 人生における危機の瞬間や愛とその不在、都会の孤独や忍び寄る過去の重みなど、人生の時の瞬を鮮やかに描いた孤独と喪失に彩られた物語。  この物語には、細やかなドラマを生きている人間、歴史と切り離されて生きている人々、現在においても尚その過去を生きている人たち等が居る。彼等は皆、優しさと畏怖の感覚を持った郷愁の捉われ人なのである。

【短編】怖い話のけいじばん【体験談】

松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で読める、様々な怖い体験談が書き込まれていく掲示板です。全て1話で完結するように書き込むので、どこから読み始めても大丈夫。 スキマ時間にも読める、シンプルなプチホラーとしてどうぞ。

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

処理中です...