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Chapter1「イキワズライ」
#16
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「なあ、姉ちゃん。ユウは来ると思う?」
「なに? 心配してるの?」
「ちょっと不安なだけだよ」
姉には、少し前にユウと過ごした日のことを全て話した。今日という日を迎えるにあたって遅疑逡巡していた僕に、絶対会いに行くべきだと後押ししてくれた。
「大丈夫、来るよ」
「本当に?」
「コウタが信じていればね」
姉としてはそうとしか答えられないよな、と僕は運命の時を迎えるまで目を閉じようとしたが、「だけど」という姉の言葉が寸前で引き留めた。
「来なかったとしても捜すべきだよ。共通の友人なり、連絡取れる人が誰かはいるでしょ?」
「共通の友人……」
その時、僕は久しぶりにらむのことを思い出した。結局、らむともユウからの手紙を受け取ってから一度も話すことはなかった。その姿を校舎で何度か見ることはあっても、ユウのことについて深く訊ねることができなかった。
怖かったのだ。本当はこれが永遠の別れで、三年後の約束の時なんて最初から存在していないのではないか、と。
僕とユウはあまりにも綺麗な出会い方と別れ方をしすぎた。文化祭当日、ユウが弾き語りを終えたあの時、映画だったら間違いなくエンドロールが流れていた。手紙はちょっとしたエピローグで、あとはもう観客の想像に任せたらいい。これ以上の起伏は物語を崩しかねない。
カーオーディオから流れていた曲が終わった。一瞬、鼓動も止まったような気がした。
「約束の場所にいなかった。それだけで簡単に諦めたらダメだよ」
姉の言葉が僕の心に溜まっていた楽曲の余韻を動かす。
「たぶん、ユウちゃんはコウタがいなくてもすぐに諦めたりなんかしない。何時間も寒い中一人で待って、それでもコウタが来なかったとしても、何か来られない事情があったんだって次の日も捜そうとする。過去に二人が交わした何気ない会話にヒントがないか、思い出の場所を訪れたりね。あえて三年後に約束の時を決めたのは、それだけユウちゃんには強い念いがあるんだよ。コウタにはそのくらいの覚悟がある? ないならお姉ちゃん、協力できなくなっちゃうな」
姉の語気から気持ちが伝わる。あると答えるべきなのは分かっていた。でもそれが嘘になってしまうことも同時に。
結局僕は、自分のためにユウと会おうとしている。どこかでまだ、あの日を超えるような光があると期待して、だけどそれ以上に恐れてもいた。もしユウがいなかったら、僕の目にこの世界は映り続けるだろうか? 先ほど見かけたセーラー服の少女のように〝正しい世界〟を映せなくなるのではないか? この三年間、僕の命を繋いでいたのは間違いなく今日の約束という一本の糸だった。
だからこそ簡単に諦めてはいけない。でもきっと、ユウが目の前にいてまた手を差し伸べてくれたとしても、僕はその優しさに甘えてしまうだろう。
こんなにも辛かったのだと過去を話して慰めてもらうことは、ユウが手紙で述べていたような一時的な応急処置にすぎない。それもこの病の厄介な部分は、負の免疫ができることでもっと不幸になろうとすることだ。不幸でなければ自分という人間は存在しない、自分は不幸だから相手が心配してくれる。そうやって根拠のある誤った知識を身に付け、呪いをかけるように堕ちていく。
だから理解を得ることが必ずしも病の回復に繋がるとは限らない。剰え、味方であるその相手を自分と同じ不幸の世界に引き込もうとさえする。この病を乗り越えるには、自分の力で心を変えなければいけない。
でも、その気力が起きないのだ。頑張りたくても頑張れない、頑張る方法が分からない。そんな自分が誰よりも嫌いであることは自覚していて、大切な人に迷惑をかけたくない、本当の自分を見られたくないと嘘で身を固める。そのうち上手く演じられなくなって破綻するのが落ちだ。それならいっその事、綺麗な関係性で終わりたいと思う。
だから今日、ユウと再会したら──もう会うのは最後にしよう。
僕はそう決めていた。
「なに? 心配してるの?」
「ちょっと不安なだけだよ」
姉には、少し前にユウと過ごした日のことを全て話した。今日という日を迎えるにあたって遅疑逡巡していた僕に、絶対会いに行くべきだと後押ししてくれた。
「大丈夫、来るよ」
「本当に?」
「コウタが信じていればね」
姉としてはそうとしか答えられないよな、と僕は運命の時を迎えるまで目を閉じようとしたが、「だけど」という姉の言葉が寸前で引き留めた。
「来なかったとしても捜すべきだよ。共通の友人なり、連絡取れる人が誰かはいるでしょ?」
「共通の友人……」
その時、僕は久しぶりにらむのことを思い出した。結局、らむともユウからの手紙を受け取ってから一度も話すことはなかった。その姿を校舎で何度か見ることはあっても、ユウのことについて深く訊ねることができなかった。
怖かったのだ。本当はこれが永遠の別れで、三年後の約束の時なんて最初から存在していないのではないか、と。
僕とユウはあまりにも綺麗な出会い方と別れ方をしすぎた。文化祭当日、ユウが弾き語りを終えたあの時、映画だったら間違いなくエンドロールが流れていた。手紙はちょっとしたエピローグで、あとはもう観客の想像に任せたらいい。これ以上の起伏は物語を崩しかねない。
カーオーディオから流れていた曲が終わった。一瞬、鼓動も止まったような気がした。
「約束の場所にいなかった。それだけで簡単に諦めたらダメだよ」
姉の言葉が僕の心に溜まっていた楽曲の余韻を動かす。
「たぶん、ユウちゃんはコウタがいなくてもすぐに諦めたりなんかしない。何時間も寒い中一人で待って、それでもコウタが来なかったとしても、何か来られない事情があったんだって次の日も捜そうとする。過去に二人が交わした何気ない会話にヒントがないか、思い出の場所を訪れたりね。あえて三年後に約束の時を決めたのは、それだけユウちゃんには強い念いがあるんだよ。コウタにはそのくらいの覚悟がある? ないならお姉ちゃん、協力できなくなっちゃうな」
姉の語気から気持ちが伝わる。あると答えるべきなのは分かっていた。でもそれが嘘になってしまうことも同時に。
結局僕は、自分のためにユウと会おうとしている。どこかでまだ、あの日を超えるような光があると期待して、だけどそれ以上に恐れてもいた。もしユウがいなかったら、僕の目にこの世界は映り続けるだろうか? 先ほど見かけたセーラー服の少女のように〝正しい世界〟を映せなくなるのではないか? この三年間、僕の命を繋いでいたのは間違いなく今日の約束という一本の糸だった。
だからこそ簡単に諦めてはいけない。でもきっと、ユウが目の前にいてまた手を差し伸べてくれたとしても、僕はその優しさに甘えてしまうだろう。
こんなにも辛かったのだと過去を話して慰めてもらうことは、ユウが手紙で述べていたような一時的な応急処置にすぎない。それもこの病の厄介な部分は、負の免疫ができることでもっと不幸になろうとすることだ。不幸でなければ自分という人間は存在しない、自分は不幸だから相手が心配してくれる。そうやって根拠のある誤った知識を身に付け、呪いをかけるように堕ちていく。
だから理解を得ることが必ずしも病の回復に繋がるとは限らない。剰え、味方であるその相手を自分と同じ不幸の世界に引き込もうとさえする。この病を乗り越えるには、自分の力で心を変えなければいけない。
でも、その気力が起きないのだ。頑張りたくても頑張れない、頑張る方法が分からない。そんな自分が誰よりも嫌いであることは自覚していて、大切な人に迷惑をかけたくない、本当の自分を見られたくないと嘘で身を固める。そのうち上手く演じられなくなって破綻するのが落ちだ。それならいっその事、綺麗な関係性で終わりたいと思う。
だから今日、ユウと再会したら──もう会うのは最後にしよう。
僕はそう決めていた。
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