命の針が止まるまで

乃木 京介

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Chapter1「イキワズライ」

#12

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 僕には三つ年上の姉がいる。姉は僕とは違い、自分の意見をはっきり言える強い人だった。

 小さな頃から体を動かすことが好きだった姉は、学校が終われば近所の公園に駆けだし、同級生の男子と交じって遊んでいた。コウタも一緒に来なよと連れられ、周りからも温かく受け入れてもらえたのだが、僕は体が小さく運動神経も良くなかったので、すぐに輪から離れてベンチやブランコでぼんやりとその様子を眺めていることが多かった。

 だけどその時間が僕は好きだった。日が沈んだあとの薄暗い帰り道を、その日の余韻に浸りながら歩くとき、不思議と心が温かくなった。その中心で遊んでいた姉はどこか寂しそうな横顔をしていてどうしてだろう? と僕は不思議に思っていた。今考えると楽しいことが終わってしまい、帰宅すれば両親に勉強しろと口うるさく言われるからだろう。それが普通の感性であることを僕は最近まで知らなかった。

 いつからか『ケガをしたら勉強ができなくなるから』という理由で僕を連れ出すことを禁止した両親によって、姉と放課後の時を過ごすことはなくなった。毎日学校が終われば勉強する僕と、毎日学校が終われば公園へ遊びに行く姉。こう聞くと姉が不真面目なのでは、と疑問を抱くかもしれないが、僕は自主的に勉強をしていたわけではない。二人とも〝強制〟されていた。

 だけど姉は、僕と同じくらいの成績を維持して「これでいいんでしょう?」と結果を残していた。実際には僕が寝ている時間に勉強をしていたらしい。姉なりの意地だったそうだ。

 ちゃんと勉強していることを言ったらいいよと僕は告げたが、努力は見せないほうが恰好良いじゃん? と姉は笑っていた。もっとも姉が実際に勉強をしているかどうかは、僕と同じ結果を残しても良い顔を見せなかった両親にとって論点ではなかった。放課後に勉強をするという決まりを破る姉は、その時点で親不孝者扱いだったのだから。

 姉が中学生になると遊び方も変わったようで、両親と話せばすぐに口喧嘩を起こして衝突するようになった。その時の僕は、決まってひっそりと自室に逃げ込んで勉強に没頭した。

 当時、なぜ姉は両親の言うことを聞かないのだろうと僕は頭を悩ませた。両親から認められることで自分の存在意義が生まれると思っていた僕にとって、どれだけ考えても答えの出ない問題だった。

 姉は勉強ができないわけではない。勉強効率を考えると僕よりも賢くて優秀だった。遊びに行くことを譲れなかったのだとしても、もっとこう上手く穏便に収めれば良いのに、そして少なくとも姉にはそうできたはずなのに、両親に叱られた姉は決まって反論した。それを見ている僕も心が痛くなるのに、当の本人達は一を十に、十を百に言葉を積み上げて終わりのない争いに火をつけていた。

 時にその勢いは飛び火することもあって、僕も両親から理不尽に叱られることがあった。だけど僕がテストで高得点を取れば、一時的にではあるが鎮静する。だから僕はテスト期間が好きだった。部屋に籠っているあいだは家族の争いを見ずに済むし、返却されたテストの成績が良ければ両親も喜んでくれる。僕が頑張れば家族の関係は良好になるのだ。僕は誰も傷付くことなんて望んでいなかった。

 そんな性格が大きく異なる僕たちだったが、僕は姉が好きだった。姉もまた僕を可愛がってくれた。中学生の時、レイに固執して縋らなかったのも姉の存在が大きかったと思う。

 しかし姉からすれば、僕は両親に媚び諂う敵に見えてもおかしくなかったのに、コウタはすごいよと事ある毎に僕のことを褒めてくれた。記憶は薄いが、僕が小中一貫校の受験に落ちた時、特に大きなダメージを残すことなく過ごせたのも姉が救ってくれたのだろう。姉は姉でふとした時「私のせいでコウタに辛い思いをさせてごめんね」と何度も悲しい顔で僕に謝った。両親には決して見せることのない姿だった。

 けれど、両親に褒めてもらえた時は違う温かみのある姉の優しさは、間違いなく僕の心を守り続けてくれた。ユウに出会うまでの僕は、何度も言うが自分の存在意義を証明するために勉強をしたのであって、両親からの重圧をそこまで深く受け止めていなかった。ただ、何かにつけて僕と比べられた姉は計り知れないストレスを抱えていたはずだ。

 もしかして僕が勉強を頑張ることは、同時に姉を傷つけることにもなるのでは? と考えたこともあった。たぶん、姉が僕に対して少しでも否定的な感情を向けていたら、僕の心は複雑に揺蕩っていただろう。それでも結局僕は、姉の優しさに甘えて自分を守った。それが両親の“間違った正しさ”を正当化することも、同時に姉の首を絞めることになるのも、僕は何も気付かなかった。
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