13 / 69
Chapter1「イキワズライ」
#12
しおりを挟む僕には三つ年上の姉がいる。姉は僕とは違い、自分の意見をはっきり言える強い人だった。
小さな頃から体を動かすことが好きだった姉は、学校が終われば近所の公園に駆けだし、同級生の男子と交じって遊んでいた。コウタも一緒に来なよと連れられ、周りからも温かく受け入れてもらえたのだが、僕は体が小さく運動神経も良くなかったので、すぐに輪から離れてベンチやブランコでぼんやりとその様子を眺めていることが多かった。
だけどその時間が僕は好きだった。日が沈んだあとの薄暗い帰り道を、その日の余韻に浸りながら歩くとき、不思議と心が温かくなった。その中心で遊んでいた姉はどこか寂しそうな横顔をしていてどうしてだろう? と僕は不思議に思っていた。今考えると楽しいことが終わってしまい、帰宅すれば両親に勉強しろと口うるさく言われるからだろう。それが普通の感性であることを僕は最近まで知らなかった。
いつからか『ケガをしたら勉強ができなくなるから』という理由で僕を連れ出すことを禁止した両親によって、姉と放課後の時を過ごすことはなくなった。毎日学校が終われば勉強する僕と、毎日学校が終われば公園へ遊びに行く姉。こう聞くと姉が不真面目なのでは、と疑問を抱くかもしれないが、僕は自主的に勉強をしていたわけではない。二人とも〝強制〟されていた。
だけど姉は、僕と同じくらいの成績を維持して「これでいいんでしょう?」と結果を残していた。実際には僕が寝ている時間に勉強をしていたらしい。姉なりの意地だったそうだ。
ちゃんと勉強していることを言ったらいいよと僕は告げたが、努力は見せないほうが恰好良いじゃん? と姉は笑っていた。もっとも姉が実際に勉強をしているかどうかは、僕と同じ結果を残しても良い顔を見せなかった両親にとって論点ではなかった。放課後に勉強をするという決まりを破る姉は、その時点で親不孝者扱いだったのだから。
姉が中学生になると遊び方も変わったようで、両親と話せばすぐに口喧嘩を起こして衝突するようになった。その時の僕は、決まってひっそりと自室に逃げ込んで勉強に没頭した。
当時、なぜ姉は両親の言うことを聞かないのだろうと僕は頭を悩ませた。両親から認められることで自分の存在意義が生まれると思っていた僕にとって、どれだけ考えても答えの出ない問題だった。
姉は勉強ができないわけではない。勉強効率を考えると僕よりも賢くて優秀だった。遊びに行くことを譲れなかったのだとしても、もっとこう上手く穏便に収めれば良いのに、そして少なくとも姉にはそうできたはずなのに、両親に叱られた姉は決まって反論した。それを見ている僕も心が痛くなるのに、当の本人達は一を十に、十を百に言葉を積み上げて終わりのない争いに火をつけていた。
時にその勢いは飛び火することもあって、僕も両親から理不尽に叱られることがあった。だけど僕がテストで高得点を取れば、一時的にではあるが鎮静する。だから僕はテスト期間が好きだった。部屋に籠っているあいだは家族の争いを見ずに済むし、返却されたテストの成績が良ければ両親も喜んでくれる。僕が頑張れば家族の関係は良好になるのだ。僕は誰も傷付くことなんて望んでいなかった。
そんな性格が大きく異なる僕たちだったが、僕は姉が好きだった。姉もまた僕を可愛がってくれた。中学生の時、レイに固執して縋らなかったのも姉の存在が大きかったと思う。
しかし姉からすれば、僕は両親に媚び諂う敵に見えてもおかしくなかったのに、コウタはすごいよと事ある毎に僕のことを褒めてくれた。記憶は薄いが、僕が小中一貫校の受験に落ちた時、特に大きなダメージを残すことなく過ごせたのも姉が救ってくれたのだろう。姉は姉でふとした時「私のせいでコウタに辛い思いをさせてごめんね」と何度も悲しい顔で僕に謝った。両親には決して見せることのない姿だった。
けれど、両親に褒めてもらえた時は違う温かみのある姉の優しさは、間違いなく僕の心を守り続けてくれた。ユウに出会うまでの僕は、何度も言うが自分の存在意義を証明するために勉強をしたのであって、両親からの重圧をそこまで深く受け止めていなかった。ただ、何かにつけて僕と比べられた姉は計り知れないストレスを抱えていたはずだ。
もしかして僕が勉強を頑張ることは、同時に姉を傷つけることにもなるのでは? と考えたこともあった。たぶん、姉が僕に対して少しでも否定的な感情を向けていたら、僕の心は複雑に揺蕩っていただろう。それでも結局僕は、姉の優しさに甘えて自分を守った。それが両親の“間違った正しさ”を正当化することも、同時に姉の首を絞めることになるのも、僕は何も気付かなかった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
音の魔術師 ――唯一無二のユニーク魔術で、異世界成り上がり無双――
ふぁいぶ
ファンタジー
俺は《ハル・ウィード》。前世では売れっ子の作曲家だったんだけど、不摂生のせいで急死してしまった。でも死後の女神によって転生の機会を与えられて、俺は唯一無二の魔術が使える人間として、前世の記憶を持って転生した!
その唯一無二の魔法は、《音》!
攻撃にも使えない、派手さが全くない魔法だけど、実は様々な可能性を秘めた属性だった。
これは、俺が《音の魔術師》として世界に名を轟かせる冒険成り上がり無双ファンタジーだ!
……自分で言ってて恥ずかしいな。

完結 この手からこぼれ落ちるもの
ポチ
恋愛
やっと、本当のことが言えるよ。。。
長かった。。
君は、この家の第一夫人として
最高の女性だよ
全て君に任せるよ
僕は、ベリンダの事で忙しいからね?
全て君の思う通りやってくれれば良いからね?頼んだよ
僕が君に触れる事は無いけれど
この家の跡継ぎは、心配要らないよ?
君の父上の姪であるベリンダが
産んでくれるから
心配しないでね
そう、優しく微笑んだオリバー様
今まで優しかったのは?
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

ラストダンスはあなたと…
daisysacky
ライト文芸
不慮の事故にあい、傷を負った青年(野獣)と、聡明で優しい女子大生が出会う。
そこは不思議なホテルで、2人に様々な出来事が起こる…
美女と野獣をモチーフにしています。
幻想的で、そして悲しい物語を、現代版にアレンジします。
よろしければ、お付き合いくださいね。

貧乏神と呼ばれて虐げられていた私でしたが、お屋敷を追い出されたあとは幼馴染のお兄様に溺愛されています
柚木ゆず
恋愛
「シャーリィっ、なにもかもお前のせいだ! この貧乏神め!!」
私には生まれつき周りの金運を下げてしまう体質があるとされ、とても裕福だったフェルティール子爵家の総資産を3分の1にしてしまった元凶と言われ続けました。
その体質にお父様達が気付いた8歳の時から――10年前から私の日常は一変し、物置部屋が自室となって社交界にも出してもらえず……。ついには今日、一切の悪影響がなく家族の縁を切れるタイミングになるや、私はお屋敷から追い出されてしまいました。
ですが、そんな私に――
「大丈夫、何も心配はいらない。俺と一緒に暮らそう」
ワズリエア子爵家の、ノラン様。大好きな幼馴染のお兄様が、手を差し伸べてくださったのでした。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる