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Chapter1「イキワズライ」
#6
しおりを挟む文化祭前日、僕たちは放課後の時間を街中で過ごすことに決めた。正確に言うなら、ユウに決めてもらった。
授業終わりに「今日は遊びに行こう」とユウから誘われた時、きっと僕はとんでもない間抜け面をしていたと思う。ただでさえ僕の遅筆のせいでユウには三日間の練習期間しかないのに大丈夫なのだろうか? という思いのあと、僕と一緒にいてもユウは退屈じゃないだろうか? なんて卑屈が僕の思考を完全に止めた。
「ん、何か用事があるなら無理にとは言わないよ」
物悲し気にユウが言うので、僕は慌てて弁解する。
「いや、違うんだ。今まで誰かと遊びに行ったことなんてなくて……」
こればかりは紛れもない真実だった。ふだんの日常会話さえ苦痛に感じていた僕にとって、その行き先や娯楽の内容が何れであろうとも、一度も間違えられない会話のラリーに神経をすり減らしながら楽しむことなんてとてもできそうになかった。
「じゃあ、私が初めてだね」
そんな僕をお構いなしに嫣然一笑して答えたユウに連れられ、僕たちは放課後の学校を早々と出た。
陽光を浴びながら下校するのはずいぶん久しぶりだ。僕たちのすぐ側を小学生が元気よく走り抜け、道路を挟んだ向こう側では野良猫が目を細めてあくびをし、電柱の近くでは叔母様方が世間話に花を咲かせている。そんな日常世界に僕も今日くらいは登場人物として溶け込めているだろうか。
明日の文化祭が終わればこうして放課後一緒に過ごすこともなくなり、自然と僕たちの関係は解消されていくことだろう。僕は再び教室の亡霊と化し、ユウは……ユウはどうなる?
「ねえ、飲み物買って行こ?」
ユウの声で意識を帰還させた僕は、慌てて言葉を探して結局馬鹿正直に言った。
「うちの学校、買い食いとか禁止だったような……」
僕たちが在籍する学校はそれなりの進学校で色々と厳しい。買い食いはもちろん、そもそも制服での商業・遊戯施設の立ち入りも認められていないので、放課後に遊びに行くこと自体が校則に反しているのだが、やはりユウは気にしない様子で僕に顔を寄せて囁いた。
「それなら二人だけの秘密にしよ? ここまで来たらコウタくんも共犯者だよ」
まるで近いうちにこの世界が終わるかのような躊躇いのなさだった。
僕の中でユウは、たった少しの乱れも容認しない人格者だと思っていた。だが、少なくとも僕を含めたクラスメイトから向けられていた印象は、勝手にこういう人間だろうと想像で作り上げられた別人であり、これまでユウはそれを演じていたわけだ。そのしがらみから解放されたのは良いが、教師からの評価は崩さない方がいい。
文化祭が終われば、いよいよ進路に向けた話も多く出始めて、来年僕たちは三年生に進級し受験生になる。僕はともかく、ユウは数少ない推薦枠を使えるような秀才でもあるらしく、ここで問題を起こしてしまうのはもったいない──なんて考えている自分がどこか両親に似ている気がして、僕は首を振り全て思考をリセットした。こうなったら、とことんユウに付き合おう。
某有名コーヒーショップに立ち寄ると、ユウは慣れた様子で注文を済ませた。隣にいた僕にはまるで外国語にしか聞こえなくて(実際、商品名のほとんどは外国語を含んでいたが)、もちろん利用した経験もなかったから「同じのでお願いします」と僕も店員さんに告げた。とても便利な言葉だ。
すっかり忘れていたお金の問題は、ちょうど更新しようと思っていた定期代から崩してやりくりした。アルバイトは校則によって禁止、更にはお小遣いを貰っていない僕にとって何か欲しいものがあれば、たとえそれが百円の消しゴムであろうと必ず両親からの許可が必要だった。
その気になれば、ありもしない請求をすることだってできたが、僕は忠実に従い続けた。僕が両親の期待通りに生きることで僕という人間が確立される。それを変えるということは僕自身の存在を自ら否定し、僕が生きていることを証明できなくなると思っていたからだった。
ゆえに、いま僕がしていることを過去の僕が見たら、それはもう慌てふためき実力行使で止めてくるだろう。そもそも定期代を娯楽に使うことは親の財布からお金を盗み使っているようなもので、関係性が崩れているとはいえ少しは罪悪感を抱く。これで本当の意味でユウと共犯者になってしまったが、心のどこかでは何かから解放されたような気もした。それが良いことなのか悪いことなのかは分からなかったが。
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