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Chapter1「イキワズライ」
#2
しおりを挟む一週間後に行われた話し合いで、ステージ披露グループでは演劇をやると多数決で決まった。これではユウが望んでいた弾き語りを披露することができない。
放課後、納得していない様子のユウが僕の前の席に座り、体を振り向かせながら言った。
「ねえ、私たちは二人だけで披露しない?」
ユウはいつも突拍子もないことを言う。この一週間で何度も感じた。初めて話しかけてくれた時もそうだった。ユウにとっては特別なことではないのだろうが、少なくとも僕に期待なんてできないようなことであってもお構いなしだ。けれど、この頃には声を〝出さない〟のではなく〝出せない〟と分かっているはずの僕に会話を持ち掛けるくらいなのだから、最初から期待などしていないのだろう。
でもそれが僕はなんだか嬉しかった。ユウが話しかけ続けてくれることはもちろん、声が出ないからと言って筆談やLINEを用いた会話に切り替えたりせず、他の人と同じように接してくれることで僕のちっぽけな尊厳が守られているような気がして。
「自分じゃない誰かを演じるくらいなら、私は理想の私を演じたい。だって自分のこともわからない私が、誰かを演じるなんて無理だよ」
同時に、ユウはいつも難しいことを言う。悩みなんて何もないように見えていた彼女の眼は、時に驚くほど揺蕩い訴えかけていた。不思議と僕の心はそれを強く理解し、彼女のわずかに欠けた心を埋めるため形を変えようと努力していた。
「だから一緒にグループから抜け出そう?」
もともとユウに誘われなければ、文化祭当日登校していたかもわからない僕にとって、断る理由は何ひとつなかった。
深く首肯する僕に、ユウは「決まりね」と言いながら自分のリュックからノートとペンを取り出すと、僕の机の上に置いて何かを書き始めた。タイトル、コンセプト、歌詞と綴られていくのを目で追っていると、ふいに文字の歩みが止まった。
「前に私が弾き語りをしたいって言ったの憶えてる?」
こくんと僕が頷くと、ユウは会話を進めた。
「私ね、オリジナルの曲を作るのが夢だったの。小さい頃からずっと音楽に触れてきて、自分の大好きなアーティストさんの曲をカバーしていくうちに、私も誰かの心を揺さぶるような音楽を届けたいって夢見るようになってね。去年、先輩が披露していたのもオリジナルの曲ですごく恰好良かったの!」
去年の文化祭のことはよく憶えていない。体育館で行われるステージ披露は生徒が必ずしも観なければいけないものではなかったし、かといって他の展覧や模擬店に立ち寄っていたわけでもないので、きっと僕は空き教室で時間が過ぎ去るのを待っていたのだろう。
僕とは比べ物にならない鮮麗な回想記憶を歩くユウの視線が、目の前でぴたりと止まった。
「それでね、コウタくんには歌詞を書いてほしいんだ」
想像もしていなかった問いかけに、僕は頭を少しだけ傾けて考える。一概に弾き語りはソロだけに限ったものではないが、たとえ僕がギターやピアノが弾けたとしても、ユウとデュエットできるほど強心臓を持ち合わせていない。だけどユウが言うように、歌詞を書くサポートに回れば何かしらの力になれるかもしれない。
「私、自分の思いを言葉にするのが苦手でね……。でも、難しく考えなくていいの。コウタくんが日々感じていることや思ったことを書いてくれたら、私がそれを声にして歌う。絶対上手くいくと思わない?」
ユウはあえて“声”という言葉を強調したように僕には聞こえた。そこに押し付けがましさはなくて、たとえ僕が文字でしか想いを伝えられなくても、それは立派な声だと証明するとでも言うかのような。たぶんそれは僕の願望でしかなくて、だけど少しでも救いや希望を求めるような考えができるようになったのはユウのおかげだろう。
僕が『そうだね』と口を動かすと、「今日からコンビだね」とユウの声が華やいだ。
斯くして、僕とユウは独断でグループから離れて単独で披露することを決めたのだが、一筋縄ではいかなかった。ステージ披露グループでは当然のように演劇を全員でやると話が進んでいて、ユウが主演として配役されていたのだ。
それでもたしかに、僕も演劇をやると仮定して主演に抜擢するならユウしかいないと思うし、たとえユウがどの役を演じたとしても主役に見えてしまうほどオーラがある。しかしでも、本人が他にやりたいことがあるのなら尊重すべきだ、という僕の声は形も作れず消えた。
各々が好きなことをやった方が良いと主張するユウと、一体感を持たすために全員で演劇をやるべきで既に多数決で決まったことだ、と説得を続けるグループメンバーの攻防は突如終わりを告げた。
「コウタくんの配役は?」と言ったユウに、耳鳴りが聞こえるほどの沈黙が襲ってきた。どうやら僕は声を必要としない通行人役にすらなれないらしい。怒りを通り越した寂しさ、寂しさを通り越した諦めを感じていた時、ユウの強い息遣いが僕の鼓膜を揺らしたかと思うと、
「一体感だなんて言って上辺だけの見て呉れじゃない! みんなは何も分かっていないよ! コウタくんのことも! 私のことも!」
聞いたことも想像もできなかった大声を張り上げてユウが背を向けて走り去って行く。一拍遅れてその後ろ姿を僕は追った。廊下を駆け抜け、階段を昇り、その距離はせいぜい百メートル程度だったのにとても長く感じた。
やがて空き教室に入ったユウは、僕が追って来ていることを視認しながらドアを閉めた。さすがに人生経験の浅い僕でも、この後にすべき行動が一つしかないことを察知する。
一瞬の躊躇いこそあったものの、僕の手はするりとドアに伸びて再び視界が開く。そのまま室内に一歩踏み出す寸前で僕は急ブレーキをかけた。目の前にユウがいたからだ。距離にして数十センチ。その視線は僕の目を真っすぐと捉えている。
あの日、僕に笑顔で話しかけてきたユウはそこにいなかった。いや、元々いなかったのかもしれない。思えばいつだってユウは、虚実を取り混ぜたように何かを訴えかけていた。時には言葉で、時には表情で、時には眼差しで。
僕はユウのことを理解しようとしていたか?
周りのやつと同じようにユウはこういう人間だと想像で決めつけていなかったか?
そんな深い懊悩を抱えているユウを僕は眼に映そうとしていたか?
刹那、崩れ落ちるように傾いたユウの身体が目の前に迫る。直後に加わった重力は、心の骨組みを抜かれてしまったような、あまりにも軽いものだった。
最低限の力を使い支えるだけで、ユウを抱きしめられるほど勇気も価値もない僕は必死に考える。たとえいま僕の声が奇跡的に音を奏でたとしても、ユウを救えるような言の葉を生み出せそうになかった。しかしたぶん、ユウはそんな僕に縋るほど追い詰められていて、既にバッドエンドを回避できる分岐点は通り過ぎているように感じた。
だとすれば、いま僕に何ができる……?
その時、ユウが僕の耳元で囁いた。儚い音色が創り出した感情は、僕の心を目掛けて訴えかけるように大きく揺らした。その振動は長く永く止まることがないように感じた。
「私のように、自分に自分を奪われないで」
僕はその言葉を理解しなければならなかった。自分なりの解釈ではなくて、ユウが何を持って僕にそれを伝えたのか、本質そのものを。
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