2 / 69
Chapter1「イキワズライ」
#1
しおりを挟む「ねえ! 文化祭のグループどこに所属するか決めた?」
人違いではないか。その言葉も発することができなかった僕は、黙って首を横に振る。
「そっか。私はね、ステージ披露で弾き語りしようと思ってるんだ!」
綺麗に切り揃えられた前髪は、これまで人生という道を踏み外すことなく歩み続けてきたかのように真っすぐで美しい。そのまま視線を下ろすと、純真無垢な瞳で僕を見つめる花咲ユウと目が合った。そんなユウを僕は変わった子だなと思った。
もっとも僕自身が誰よりも変わった人間で、だけどそんな僕に話しかけるユウも大概だ。僕とは違って、ユウの周りにはいつもたくさんの友人がいた。誰にでも友好的で、いつもにこにこ笑う彼女からは、目に見えない幸せが溢れ出ているようだった。当然、ユウの周りにいる人間も皆幸せそうな表情を浮かべていたが、接点のない僕が同じ空間にいるだけで幸せを浴びられるほど、現実は幻想的なものではなかった。
「去年、先輩たちが披露してるのを見てたんだけどね、すっごいキラキラしていてすごかったの! だから私も来年はあの場所に立ちたいってずっと思ってて!」
絶対的ポジションにいるユウが、僕に話しかけるまでは分かる。なぜなら、高校生活における大イベント〝文化祭〟を一ヶ月後に控え、今日はクラスの出し物を『模擬店グループ』と『ステージ披露グループ』の二種類に確定させたところだった。明日は各々がどちらに所属するかを決めると言っていたが、孤独な僕にとっては地獄のような時間になりそうだった。
つまり、そんな絶望的オーラを放っている僕を見かねたユウの純粋な優しさか、一種の興味か、あるいは気まぐれか。いずれにしてもユウの瞳には一切の軽蔑や傲慢は含まれていなかった。
「それでね、もし良かったら練習に付き合ってくれない?」
『手伝うって何を?』
と声に出したわけではないのに、ユウは僕の表情から読み取ったのか朗笑して言った。
「ただ、側で聞いてくれるだけでいいの」
そんなこんなであっさりと心を掴まれた僕は、翌日のクラス会議の場で、ステージ披露グループに所属するため手を挙げた。教壇に立って仕切っていたクラス委員が、僕の行動を理解して表情を曇らせるまで数秒のラグがあった。異変に気付いた他のクラスメイトが何事かと振り返り、さまざまな色の目で僕を見つめてきたあの時の光景はきっと死ぬ直前まで忘れないと思う。
だけど仕方がないことだった。僕みたいなモブキャラにもなれない亡霊はこういうとき、必然と人数が足りないところに振り分けられる。もっとも存在としてカウントされているかも危うく、どこに所属してようが抜け出せたかもしれない。
しかし僕の中で、確かにユウと同じステージ披露グループに所属していたんだという事実をなぜかリアルに求めたくなった。図々しくもこの文化祭を良き思い出として保存したいという欲が生まれたのだろう。
「えーと、名前なんだっけ……?」
クラス委員の鋭利すぎる言葉の刃物を心に刺されながら、僕は自分の名前を告げた――が、壊れた笛のような音が静寂した教室に鳴るだけだった。途端にざわつく異様な空間を瞬く間に戻したのはユウの綺麗な音色だった。
「コウタくんだよ、ね?」
最後の問いかけは名前が合っているかどうかの確認ではなく、私は知っているよ? という甘い香りを感じながら、僕はこくこくと頷いた。
ユウの言葉を受けてクラス委員は「ああ……」と呟いたが、チョークを持つ手は一向に動かない。それでもさすがに何も書かないのはまずいと思ったのか、“コウタ”と僕だけ性ではなく名で書かれた黒板を見て、思わず僕は失笑しそうになった。
だけどユウは僕の名を、文月 コウタという性も含めて知ってくれているのだろうか。それだけでどこか救われる気持ちになった。
♢
「嬉しかったよ」
下校の時間を見計らったように降り始めた雨を茫然と教室で眺めていたら、誰かに声をかけられた。つい数日前なら、そもそも自分が誰かに声をかけられるなどありえないと脳が処理し、雨音にかき消されていたかもしれない。
それがユウの声であることが一瞬で分かり、僕の心は驚くほど弾んだ。購入したばかりの真っ新なノートに一文字目の筆を執るような、妙な緊張感だった。
「一緒のグループに入ってくれてありがとう」
振り向いた僕に、ユウはお手本のような笑顔を浮かべて迎え入れてくれた。
ありがとうとお礼を言われるようなことを僕はしただろうか? むしろ、何の生産性もないまま終わる予定だった文化祭までの道のりに華を付けてくれたり、声の出ない僕に代わって名前を告げてくれたことに僕が感謝しなくてはいけない。
ううんと僕が首を横に振ると一転、ユウはどこか不安げに表情を曇らせた。
「でも、大丈夫だった……? ほら、もしかしたらコウタくんは模擬店グループに入りたかったのかもしれないのに、私が変に声をかけたせいで気を遣わせちゃってない?」
これまでの言葉全てに意味を持たすには、僕がユウの影響を受けて同じグループに所属したという大前提があってこそになる。もちろん、昨日の会話がきっかけになったことは明らかで、ユウが話しかけてくれなかったら今日のクラス会議で僕の名前は黒板に書かれず葬られていたはずだ。
けれど僕がユウの立場なら、自分のためにわざわざ手を挙げてくれたんだと考えることはあったとしても、それをありがとうと本人に伝えるにはあまりにも自信が足りない。もしかしたら元々決めていたことだったかもしれないし、本当は嫌だったけど断り切れずと捉えることだってできる。
でもきっと、もっと確信的な出来事やきっかけがあったとしても、そんな上手い話はないと自ら不幸の道を辿ろうとするのが僕で、それが幸せそうに生きるユウとの根本的な差なんだろうなと感じた。
僕はペンケースから油性ペンを取り出して、自分の手に『ありがとう』と書いてユウに見せた。あまりにも要約しすぎなメッセージが伝わるか不安だったが、ユウは僕の期待通りに「どういたしまして」と顔を綻ばせた。けれど、その表情がどこか哀切に満ちているような気がして、僕の人生はもう純粋に物事を映せないのだと思うと悲しくなった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。

貧乏神と呼ばれて虐げられていた私でしたが、お屋敷を追い出されたあとは幼馴染のお兄様に溺愛されています
柚木ゆず
恋愛
「シャーリィっ、なにもかもお前のせいだ! この貧乏神め!!」
私には生まれつき周りの金運を下げてしまう体質があるとされ、とても裕福だったフェルティール子爵家の総資産を3分の1にしてしまった元凶と言われ続けました。
その体質にお父様達が気付いた8歳の時から――10年前から私の日常は一変し、物置部屋が自室となって社交界にも出してもらえず……。ついには今日、一切の悪影響がなく家族の縁を切れるタイミングになるや、私はお屋敷から追い出されてしまいました。
ですが、そんな私に――
「大丈夫、何も心配はいらない。俺と一緒に暮らそう」
ワズリエア子爵家の、ノラン様。大好きな幼馴染のお兄様が、手を差し伸べてくださったのでした。

ラストダンスはあなたと…
daisysacky
ライト文芸
不慮の事故にあい、傷を負った青年(野獣)と、聡明で優しい女子大生が出会う。
そこは不思議なホテルで、2人に様々な出来事が起こる…
美女と野獣をモチーフにしています。
幻想的で、そして悲しい物語を、現代版にアレンジします。
よろしければ、お付き合いくださいね。

完結 この手からこぼれ落ちるもの
ポチ
恋愛
やっと、本当のことが言えるよ。。。
長かった。。
君は、この家の第一夫人として
最高の女性だよ
全て君に任せるよ
僕は、ベリンダの事で忙しいからね?
全て君の思う通りやってくれれば良いからね?頼んだよ
僕が君に触れる事は無いけれど
この家の跡継ぎは、心配要らないよ?
君の父上の姪であるベリンダが
産んでくれるから
心配しないでね
そう、優しく微笑んだオリバー様
今まで優しかったのは?
音の魔術師 ――唯一無二のユニーク魔術で、異世界成り上がり無双――
ふぁいぶ
ファンタジー
俺は《ハル・ウィード》。前世では売れっ子の作曲家だったんだけど、不摂生のせいで急死してしまった。でも死後の女神によって転生の機会を与えられて、俺は唯一無二の魔術が使える人間として、前世の記憶を持って転生した!
その唯一無二の魔法は、《音》!
攻撃にも使えない、派手さが全くない魔法だけど、実は様々な可能性を秘めた属性だった。
これは、俺が《音の魔術師》として世界に名を轟かせる冒険成り上がり無双ファンタジーだ!
……自分で言ってて恥ずかしいな。
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

相馬さんは今日も竹刀を振る
compo
ライト文芸
大学に進学したばかりの僕の所に、祖父から手紙が来た。
1人の少女の世話をして欲しい。
彼女を迎える為に、とある建物をあげる。
何がなんだかわからないまま、両親に連れられて行った先で、僕の静かな生活がどこかに行ってしまうのでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる