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11 行商人(後編)
しおりを挟む「魔王陛下のご尊顔を拝し、恭悦至極に存じ奉ります」
そう言って、ワケットと名乗った品の良い細身の中年魔族男性、行商人達の長は綺麗に頭を下げて見せた。
その所作には迷いや緊張を感じない。成る程、恐らく彼はそういった礼を必要とする人物に出会い慣れているのだろう。
「良い。顔を上げよ。今後我には其の礼は不要だ。貴様は未だ我が民に非ず、臣に非ず。貴様も商人ならば、仕えておるのは金にであろう」
我が言葉に、少しだけ間を置いてから行商人達の長は頭を上げる。
やはり思う。
中立地域の隠れ里をまわる程度の、旨みに乏しい商取引の為にやって来るにしては、グループの規模も商人の教養も些か高すぎだ。
確かに危険の多い中立地域を回るなら、あの程度の護衛は必要かもしれないが、あの数の護衛に日当を払えば隠れ里との商取引で得た利益など吹き飛ぶ筈。
何らかの理由があって、例え儲けが少なくとも隠れ里を支援する為に尽力したい……、なんて風にも見えなかった。
だから要するに、彼等は中立地域の隠れ里をまわる為の行商グループでは無いのだろう。
本来この手のハズレ地域を担当する行商人は、其処にしか活路を見いだせない者の筈だ。
「商人であるならば商取引に忠実であればそれで良い。例え人間との取引のついでに過ぎずとも、貴様等の行商は中立地域には必要であるからな。村内で無体を働かぬのなら別に構わん」
我の言葉に、行商人の長は表情を動かさなかったが、それでも僅かに瞳孔が大きくなった。
表情は平静を装っても、心の裡の動揺は瞳に出る。
しかしそれ以上に大きな反応を示したのは、我が後ろに控えていたサーガだ。
立ち上がり、何事かを口に仕掛けた彼女を、我は即座に手で制す。
「サーガよ。違う。此奴等では無い。人間の傭兵にこの村を教え、襲わせたのは此奴等では無い。落ち着き、座れ」
サーガは一瞬何かを言いかけたが、飲み込み、我が言葉に従い座り直した。
彼女が我が言葉にキチンと自分を抑えれた事に満足し、一つ頷く。
まあ人間と秘密取引を行っていると聞いた反応としては、行き成り斬りかからなかった分だけ寧ろ穏当だと思う。
何せこの村は一度人間に滅ぼされたのだ。
そしてだからこそ、このタイミングで訪れた此奴等は襲撃者たるあの傭兵団とは無縁だと我は考えた。
此奴等があの傭兵団と縁があれば、此方が招く前に様子を見に来るか、或いは招きに応じない。
恐らくだが行商人として中立地域を回っているのは、ある程度の人数を率いて幾度も魔族領を出る事に対する名分、建前や言い訳のような物だろう。
なので隠れ里の数が減るのは、この行商人達にとっても嬉しくない事態である筈だ。
「何故、そう思われたのですか?」
肯定はしないが否定もしない。
安易に否定してみせるよりも、今この場で言質を取られる事を避け、此方の考えを探る腹か。
我は腹の探り合いはあまり好きでは無いが、決して出来ない訳では無い。
「行商で出るであろう利益に比して規模が大きい。商人の質が高い。護衛も多い。なのに損得勘定は出来そうだ。最後に獣人の奴隷を使っていた」
指折り数えながら理由をあげて行く。
相手の目を見れば、此奴、この状況を少し楽しんでる節がある。
ガルの存在を見たなら、引き連れている護衛達では我等に勝てぬ事は理解した筈。
其れでも今の状況を楽しめるのなら、凡そ此方の考えは読めて来たのだろう。
それにしても、実に肝の座った奴だ。
「獣人は其れなりに戦闘力のある頑強な種族だ。其れを護衛でなく荷運びのみに使うのは、未だ教育も済んでないからだと考えた。つまりアレも商品だな。そして獣人は人間側の種族故、この辺りや魔族領付近で見付かる事は少なかろう」
今回の人間との取引で買った獣人奴隷を、荷運び用の奴隷として所有している風に見せかけて魔族領に持ち込むのだろう。
だからあの護衛達は獣人奴隷が逃げ出さないように監視する役目も担っていた。奴等の動きや目線を見て居れば多少は察せられる。
「成る程、成る程、面白いお話です。ではもし仮にそうだとしたら、一体魔王様は如何なさる御心算で?」
更に問うて来る行商人の長。
体感だが、此処までの話運びは成功している風に思う。
相手は明らかに此方に興味を示し、更には意図も汲んでくれている。
「どうもせん。先も言うたが貴様らは中立地域に必要な存在である。我らに敵対せねば大事な取引相手だ。……まあだが今のままなら貴様等は我に敵対するであろうが、な」
我が望みは、今のまま放置すれば何れ敵対する事になったであろう此奴等を、親密な商売相手とする事だ。
此奴等が人間と秘密の取引を行っているのはほぼ間違いない。
そして魔族領内の為政者側にも、此奴等を裏で支援する者がいる。
さもなくば建前を用意して体裁を取り繕おうが、誤魔化し切れる物では無いだろう。
「中立地域に魔王が出現し、魔族が集いて魔族領と化せば、人間共と取引出来る場所は無くなる。どうせ彼方も商隊として中立地域に出て来ているのであろう?」
我の言葉に、行商人の長が唇に笑みを浮かべる。
態々そんな話をするのは、此方に譲歩の用意があると言う事に他ならないから。
「我はな、魔王として付近の魔族を纏め上げても、中立地域全土を魔族領にする心算は無い。そもそも魔族が住まうのは中立地域でも北部のみよな」
そもそも人間領同士の連絡を絶ちたく無いのだ。
中央部を抑えれば、間違いなく人間達は此方を排除に掛かるだろう。
そうなれば、負ける気は無いが民の被害も皆無とは行かない。
そして南部は、その更に向こうに魔物域が在る。
気紛れに北上してくる魔物を封じ込め続けねばならないハズレくじを態々引きたくは無かった。
魔物と戦いたいなら、遠征隊を組めばよいだけの話だ。
「魔王様は広い領土が欲しくないので?」
問う行商人の長に、我は皮肉気な笑みを浮かべた。
北の魔族領が安定していれば、其方を頼りにする事で別の道を選べたかもしれないが、生憎と二勢力に分かれて戦争中だと聞く。
「土地は民の生活に必要な分だけ必要だ。それ以上の土地を得る為に戦争で民を減らしては、我にとっては意味が無い。魔族は寿命が長いのだ。魔族一人の命が生み出す利は、人間共とは比べ物にならん。何より大事は我が民よ」
懐から、金塊を一つ取り出す。
突如出て来た金塊に、流石に意表を突かれたのか行商人の長の顔に驚きが走った。
此れは我がギフトの『貯金』の利息で大量に得た金貨を、魔術で溶かして固めた金塊である。
大量の金貨を出すよりも、こうして金塊にした方が使用の際に不信感を持たれ難いと考えたのだ。
「魔界より持ち出した我が財の一部だ。此れを手付である。我が民が無意味な戦に巻き込まれぬ様、貴様の伝手と情報を購入したい」
相手の弱味を突き、次に自分の理を説き、そして最後は金で殴る。
取引のプロである商人が相手なのだ。持てる力は活かさねば勝負にもならない。
あまり乱用は出来ないが、我の金の力は割と無限大だ。
我の見る限りでは、此奴は計算高く、そして取引を裏切らない。
情では無く損得勘定と契約に基づき動く者は、此方がヘマをしない限りは信用出来る。
我の言葉に、行商人の長はゆっくりと頭を下げた。
最初の様に形ばかりが綺麗な貴人に対する頭の下げ方で無く、恐らくは大事な取引相手に対する敬意の籠った礼。
「どうかこのワケット・プランと末永く良い取引をお願いします。新しき魔王様」
どうやら取引は成立の様だ。満足し、我は一つ大きく頷く。
後は失望されぬ様、愛想を突かされぬ様に、理より外れず、そして何より利益を示し続けるだけだ。
無論其れは一度限りの取引交渉よりも、ずっとずっと難しい事なのだけれども。
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