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第六章『悪役令嬢』

72 悪役令嬢の父とレプトの悪巧み

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 さて現状でアスターテの未来を遮る一番の要因になり得るのは、彼女の父であるサーレイム公爵だ。
 時点で王家となるけれど、まあそっちは後回しでも如何にでもなる。
 先ずはサーレイム公爵の意思を確認せねば、何をしようと無駄となる可能性はあった。
 何せ今のアスターテでは、サーレイム公爵の意向に逆らおうと言う考え自体が存在しない。
 例えばサーレイム公爵が、アスターテに年老いた貴族の後妻に入れと命じたとしよう。
 アスターテは其れを儚んで自らの命を絶つ事はあっても、その命に逆らう事はしない筈だ。
 考え直して貰える様に父に願い出る位はするにしても、家の為だと強く言われれば恐らく従う以外の選択肢は取らない。

 故に、僕はサーレイム公爵の意思を確認せねばならなかった。
 彼がアスターテが幸せになると考えて王族の婚約者としたのか、或いは公爵家の利の為でしかないのか。
 今、アスターテを保養地に置いているのは匿っているのか、それとも値を釣り上げようとしているのか等を。
 流石に召喚主の父親を暗示で洗脳する真似はしたくないが、其れもサーレイム公爵次第だ。

 
 アスターテの居る保養地の屋敷と、サーレイム公爵の城は馬車で三日程の距離であり、僕が翼を出して夜空を飛べば十分程で到着する。
 時は既に草木も眠る丑三つ時、もう少しわかり易く言えば午前二時くらいの深夜。
 城の屋根に降り立った僕は、影に変じてスルリと内部への侵入を果たす。
 そう言えばアスターテには兄が居て、既に後継者として小さな領地の経営も行ってるそうだ。
 結婚もしているらしいので、公爵家を乗っ取ってアスターテが女公爵にってのはあんまり無しな方向である。

 城の中は公爵家の拠点に相応しく対魔術用の罠なんかもあったりするが、当たり前だが流石に悪魔王レベルの相手が侵入して来る事は想定されていないので、僕は鼻歌交じりに罠を誤魔化して公爵が眠る寝室を目指す。
 眠るサーレイム公爵の御顔を拝見すれば、まあ何と言うか、苦労してそうな人だった。
 額に手を当て記憶を探れば、王家よりの謝罪と、もう一度アスターテを王子の婚約者にして欲しいとの手紙が来た事が判明する。
 当然と言えば当然なのだろうけれども、王族の妻となる為の教育を受けていなかった件の男爵令嬢は、常識知らずの振る舞いと浪費で周囲を辟易とさせているそうだ。
 しかし王子に処罰らしい処罰も与えず、男爵令嬢もそのままにして、アスターテを寄越せと言う王家の物言いには、サーレイム公爵も割と頭に来てるのだろう。
 すぐさま断りの手紙を出したらしい。

 元々、王子とアスターテの婚約話は、王族の失態が続いて国内貴族に対して求心力が弱まりつつある王家が、有力貴族であるサーレイム公爵と誼を通じて王家の権力を回復させるための措置でもあった。
 まさかその婚約話で王子が最大級の失態を犯すとは誰も想像しなかったのだろうが、此れを此のまま放置すれば国内で内乱が起きる可能性すらあるらしい。
 其処までの事態になっても尚、身内である王子には罰も与えず庇う王家に、サーレイム公爵は怒りと呆れを抱いているが、其れでも国を割る訳には行かないと憂慮している。
 サーレイム公爵は娘を想う父親であると同時に、国の民の生活を守る責を負う貴族であった。
 つまりあれだ。
 此のままだと、多少の譲歩を王家が行った際に、国の安寧の為にとアスターテを涙ながらに送り出す可能性は充分にあるだろう。


 うーん、どうしようか……。
 サーレイム公爵は融通は利きそうに無いが、其れでも貴族としては大分まともな部類である。
 暗示を掛けて洗脳してしまうには、多少の申し訳なさを感じる位には。
 故に、取り敢えず公爵は此のままにして置いて、別の方面から事態の解決を図る必要があった。
 アスターテにも多方面から物事を見る事を教えるのだし、当然教師をする僕だって同様にせねばならない。
 発想を逆転させれば、国を想うサーレイム公爵が王家の願いを断り切れなくなるかも知れないなら、公爵に願いを断らせるのではなく、王家が願いを出せないようにしてしまえば良いのだ。

 今回の件に出て来る人物の中で、使い捨てにしても僕の心が最も痛まないのは間違いなくアストリア王子で、次点で男爵令嬢マル―シャ、その次に此の国の国王だろう。
 つまりこの辺りの人物に、もっと滅茶苦茶に動いて自滅して貰うのが僕にとっては一番都合が良い。
 何せ僕は悪魔なので、召喚主と、召喚主が心を配る人物以外は、別にどうでも良いのである。
 この国の王都は、サーレイム公爵から馬車で一週間、つまり僕が空を飛べば30分と掛からずに到着する距離だった。
 今夜中にある程度のカタは付けてしまうとしようか。


 翌日、王都は騒ぎに包まれる。
 朝に目を覚ましたアストリア王子が、
「マル―シャを怯えさせるあの女の首を取る!」
 と、私兵を率いていきなり王都を出発したのだ。
 本来ならば彼を諫める為の側近すらも一緒になって出撃した為、不運も重なり事態の発覚は大分遅れた。
 唯一事情を知ってそうな、王子と一夜を共にしていた男爵令嬢マル―シャは、
「王子は私の為に戦って下さるの~」
 等と寝ぼけた事をのたまい、周囲を混乱させるばかり。
 すぐさま王子を止める為の部隊が派遣されるが、悉く不運に見舞われて追いつけず、王子とその私兵達はサーレイム公爵領へと攻め入り、アスターテの身柄を引き渡せと要求を行ってしまう。

 当然この要求にサーレイム公爵は激怒し、公爵家の抱える兵がアストリア王子と私兵達と対峙したその時、漸く王子を止める為の部隊がその場に追い付き、大揉めに揉めはした物の流血沙汰は避けられる。
 だが王子は王都へと連れ戻されながらもサーレイム公爵と、その娘であるアスターテへの暴言を吐き続けた為、王家と公爵家の間には決して修復出来ない亀裂が入った。
 そして其の事件はすぐさま王国中、貴族、民衆を問わずに知れ渡ってしまったのだ。

 もうこうなれば、今更王家もアスターテを要求する事は出来ないだろう。
 王家としても、もうアストリア王子を庇う事は難しい。
 しかし王子の母である王妃が庇い、王は王妃に強く出られない為、結局は厳しい処罰は下らずに、其れがまた王家の評判を引き下げる。
 サーレイム公爵も、公の場に娘を出せば王家が何を企むかわからないと思い込み、アスターテを保養地から出す訳には行かなくなった。

 つまり僕は大幅な時間稼ぎに成功したのだ。
 まあその結果国が倒れる可能性も大幅に高まったけれども、其れは別に僕に不都合がある事では無い。
 何たって僕は悪魔なのだから。
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