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第五章『約束の人』

63 再会のケルベロス召喚

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「ねー、レプトー」
 請う様な、甘える様な巧の声に、僕は読んでいた新聞から目を上げる。
 見れば、朝食を全てキチンと食べ終わった巧が、上目遣いで此方を見ていた。
「ん、ちゃんと食べ終わったね。偉い偉い。それで、どうしたの?」
 返事をしながら目を合わせたら、巧は目を輝かす。
 甘えて来るのは良い事だ。
 巧は両親を失った後、甘えれる相手なんて居なかっただろうから、甘えて来たなら甘やかそう。
 勿論食事を終えずに甘えて来たなら、其処はキチンと叱るけれど。

「僕も魔法使いたい!」
 でも巧の発言に、僕は少し眉根を寄せた。
 ……さてどうしようか。
 僕は新聞を折り畳みながら、巧に対しての返事に悩む。
 もし此処が、魔術のありふれた世界だったら、僕は二つ返事で彼に其れを教えただろう。
 何せ巧はグラモンさんの生まれ変わりだ。
 魔術に興味を持つのも当然だし、才能がある事もわかってる。

「魔法じゃなくて魔術だけれども、……何で魔術を使いたいの? 巧は魔術を何に使いたい?」
 しかし此の世界で魔術を扱うと言う事は、それ即ち異端に落ちる事と同義であった。
 全てを理解し、覚悟の上で学び、其れを隠し通して生きるなら、やはり僕は教える事を厭わない。
 でも巧は未だ子供なのだ。
 他者に対し、其れを隠し通せるだけの分別は未だ無いだろう。

 僕の問いに、巧は眉をへの字にして考え込む。
 勿論僕とて、巧が深い考えを持ってその発言を口にしたとは思っては居ない。
 だが子供の好奇心を無下に否定したくはないし、かと言って安易に教える訳にもいかず、巧には少し考えて貰う事にしたのだ。
「ええっとね、御菓子を出したいの」
 ……うん、其れは魔法の領域だ。
 魔法を使いたいで間違いが無かった。
 子供の発想は単純が故に、時に僕の想定の上を行く。

「うーん、其れは物凄く難しいから、今から勉強して、巧が御爺ちゃんになった位で漸く出来るかな……。ちなみに朝食の後片付けの御手伝いをしたら、魔法では無いけど今日御菓子が貰えるんだけど、どうする?」
 そう、巧が御爺ちゃんになって、今度こそ悪魔になるよって言ってくれたら、一応可能ではある。
 其れも無から有を生み出す訳じゃ無く、材料を分解合成して作り出す形になるが、……まあ其処までするなら自分の手で作った方が未だ簡単な位だ。
 数十年後と今日中を比較させ、話を逸らすやり方は、ちょっと卑怯かなって思うけれども。
 けれども巧は、
「えぇっ、じゃあ後片付けの御手伝いする……。でも、魔法使いたいなぁ」
 後片付けの手伝いを選択しながらも、妙に切なげに呟いた。
 何故だか、僕の想定よりも少しばかり魔法への憧れが強いらしい。

「うん、人間に使えるのは魔術なんだけど、まあ似た様なもんだね。えっと、何でそんなに魔術を使いたいのか、教えてくれる?」
 今回の質問は、巧に考えさせる為じゃ無くて、純粋に僕が知りたかったから。
 すると巧は少し言い難そうに言葉に迷う。
 でもやがて僕の視線に耐えられなくなったのか、
「前に、レプトが僕を助けてくれたでしょ。だから僕も魔法が使えたら誰かを助けて、レプトみたいになれるかなって……」
 俯きながらそう言った。



 そうして僕は朝食の後片付けを終えた後、巧と共に家の地下室へと降りる。
 だってあんな風に言われて、でも教えませんなんて僕には言えない。
 ちょっと言い訳がましいが、グラモンさんは僕に最初に魔術の手解きをしてくれて、尚且つ死に際には魂以外の全てをくれた。
 その全ての中にはグラモンさんの魔術の知識も入っているのだから、彼の生まれ変わりである巧に魔術を求められて、応えぬ訳には行かないだろう。

 勿論当面の間、物事の分別が付いて周囲に魔術の存在を隠し通せる年齢になるまでは、魔力視と魔力操作の訓練のみだ。
 その二つは万一にも他人に見せびらかす事は出来ないし、ついでに魔力操作を行えば、他人から掛けられる魔術への抵抗力も上がる。
 此の世界で他者の魔術を警戒せねばならない事態は恐らく無い筈だが、……其れでも備えになるならやっていて損は無い。
 将来本格的に魔術を教える際にも、基礎が固まっていれば上達は早まるのだし。

 だが最初から其れではきっと巧も飽きてしまう。
 如何に才能が保証されてるとは言え、巧はまだ幼い子供だ。
 最初位は少し風変わりな体験をさせて、神秘の体験をさせてやりたい。
 僕は地下室のコンクリートの床に、チョークで大きな円と、その中に幾つもの図形を組み合わせた模様を描く。
 此の地下室は何でも貯蔵室として使われてたらしいが、充分に広いので一寸した儀式には最適だった。
 しかし普通は、多少広くとも一軒家に地下室なんて無いのだが……、まあ深くは考えなくて良いだろう。

 魔法陣の設置に多少の時間が掛かったので、飽きてしまったかと巧を振り返れば、彼は期待に目を輝かせながら此方を見ている。
 うん、どうやら大丈夫らしい。
 ではそろそろ本番と行こうか。
 手招きし、巧を魔法陣の前に立たせた。
 そして僕はその背後に立つ。

 後は教えた通りの文言を巧が唱えてくれれば、この魔法陣は発動し、対象を召喚するだろう。
 勿論、今の巧には魔術の技量は全く無いが、魔力自体は持っている。
 其れを僕が引き出して、調節しながら魔法陣に流してやれば良いだけだ。
 他にも召喚した対象への捧げ物や、契約内容を決める必要はあるのだが、まあ今回は別に適当で良い。
 どうせ呼ぶのはベラなのだし、捧げ物も三時に食べる予定だった御菓子で問題無かった。

「来たれ、嘗ては冥府の守り手、底無し穴の霊だった者、今は三つ首の悪魔となりし獣、ベラよ。我が声に繋がりを思い出せ」
 僕が耳元で言った通りの言葉を、巧もたどたどしく繰り返す。
 言葉は意味がわからなければ、単なる音の羅列になるので間違い易いが、其れでも巧は間違わず、必死に呪文を唱え終えた。
 巧の魔力を引き出して、少しずつ魔法陣へと流して行く。
 本来なら、ベラを呼ぶのにこんな手間は必要無い。
 僕が一言呼べば、ベラは魔界から飛び出して来る。
 でも其れでは意味が無いのだ。
 巧自身が呼べば、彼は魔術を体験出来るし、ベラもきっと召喚される事を喜ぶだろう。


 巧は未だ子供の身なので、保有する魔力はそう多くない。
 ゆっくり少しずつ引き出したが、魔法陣を発動させるにはギリギリか、或いは少し足りない位だった。
 けれども魔法陣には光が灯り、力強い気配が近付いて来る。
 魔力が足りるか、足りないかなんて関係が無いのだ。
 呼びかけさえ届けば、ベラは足りない分を自分で補ってでも、巧の声に応えるのだから。

「グァウッ!!!」
 魔法陣から飛び出したベラの、三つの頭が同時に咆哮を上げた。
 その迫力に巧は目を真ん丸に見開くが、しかし恐怖の色は全く見えない。
 多少の疲労はしているが、初めて魔術を使った興奮と喜びに、その瞳は満ちている。
「巧、彼女はベラ。とても強い悪魔だよ。其れこそ戦車よりもずっとね。じゃあ巧、ベラに挨拶を。そして此の御菓子を捧げ物にして、此れから自分を守ってって言うんだ」
 巧は、僕の渡したチョコレート菓子を握り締め、一歩前へと踏み出す。
 ベラが直ぐに飛び付きたいのを我慢して、澄ました風を装っているのが面白い。
 尻尾は無茶苦茶に振られてるけれども。


 そうして再び、僕とベラは、グラモンさんの生まれ変わりである巧と三人で暮らす事になった。
 勿論、ベラは無事に犬への変身をマスターしていたので、巧は毎朝彼女と散歩に行っている
 全然形は違うけれども、昔と同じくとても幸せな一時だ。
 更に次はアニス、その次はヴィラとピスカを呼ぶ予定なので、もっと賑やかに、もっと楽しく過ごせる様になるだろう。
 
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