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幕間の章3『悪魔王として見る世界』
58 月の女神と派遣の悪魔王(後)
しおりを挟む今回依頼を受ける事になった経緯を思い出している間にもヴィラのカウントは進み、
「一……〇、月表面より高威力砲撃魔法、発射されました。着弾まで間がありません!」
その声を合図に、僕は準備した魔法を発動させる。
どんなに出力の高い攻撃であろうとも、二十秒も時間をくれるのならば、対処する事は実に容易い。
当たれば僕ごと地表を吹き飛ばしただろう極太の光線、砲撃魔法は、余さず僕の展開した門魔法へと吸い込まれ、出口として設定したもう一つの門から月に向かって飛んで行く。
此の不用意な攻撃魔法の放ち方は、今回の相手である月の女神が高位存在同士の戦いに慣れていない事の証左と言えた。
「砲撃魔法、月表面の目標に直撃しました。ですが対象は健在です」
ヴィラの報告に僕は頷く。
この程度で沈んで貰っては拍子抜けする所だった。
と言うより、僕が撃った訳じゃ無い攻撃は当然ながら加減が利かないので、消し飛ばれると正直困る。
何せ今回、僕等に月の女神であるアーマリアを止めるように頼んで来たのは、その双子の兄である太陽の神ローニャなのだ。
彼もまさか止めてくれと頼んで妹を殺されたなら、多分心底怒るだろう。
まあさて置き、大威力の砲撃魔法をそのまま返されて、怒り心頭であろうアーマリアの次の一手は読めている。
「多分直ぐに転移して来るよね。ピスカ、隠形宜しく」
月の女神アーマリアと太陽の神ローニャは、此の世界の主神の子等だ。
此の世界は比較的まだ若く、魔力と神秘が色濃く息づく。
ただ若い世界の神性に良くありがちな事なのだけど、傲慢だったり横暴だったり我儘だったり、やんちゃで感情の激しい神が多い。
当人も若いなら尚更だった。
月の女神アーマリアも其の例に漏れず、自由奔放で我儘で、感情のままに振る舞う女神だ。
もっと年を経れば、やがて落ち着きと女神らしい威厳を身に付けるのだろうが、其れはまだまだ先の事。
だが悠久の時を過ごす神々なら、若い神のやんちゃも長い目で見れるが、巻き込まれる人間はそうはいかない。
そしてアーマリアの趣味は、見目麗しい人間の男性の蒐集だった。
……時折女性も対象になる様だが、基本は男性を集めている。
アーマリアは月の宮殿に彼等を攫い、其の時間の流れを止めて保管しており、時折その時の気分で相手を選び、時間停止を解除して遊ぶのだ。
当然だがそんな事をしているアーマリアの評判は、人間からは酷く悪い。
しかし人間が女神からの要請を断れる筈もなく、アーマリアの求めに応じて幾多の見目麗しい人間が生贄の様に、まあ実際生贄かも知れないが、差し出されて来た。
今回アーマリアが目を付けたのは、とある村に住む人間の男性、クレイ。
けれどもクレイには将来を誓いあった恋人マーレが居り、彼女は己が信じる神、ローニャに祈りを捧げた。
どうか私の恋人が連れ去られぬ様お守りくださいと。
そうして、以前から妹の行いを苦々しく考えて居たローニャは、介入の口実を得た訳である。
しかし正面から妹を諫めても、恐らく傲慢なアーマリアはローニャの言葉に耳を貸さないだろうし、下手をすれば神同士の戦いにさえなるだろう。
神同士の戦いが起きて喜ぶのは、彼等に敵対する勢力だ。
暗黒の神や、其れに従って地底に住まう巨人達に、浸け込まれる隙を作る訳にも行かなかった。
其処で彼は、自分で直接如何にかするのでなく、強大な力を持つ魔界の悪魔に頼る事を思い付く。
つまり其れがグラーゼンだったのだろう。
対価は長時間の日食を起こし、其の間の太陽から得られるエネルギーの全てだそうだ。
ちょっと規模が大きくてイマイチ凄さがわからない。
だが何にせよ其れが対価として莫大である事は間違いが無く、其れだけにグラーゼンは頭を悩ませた。
あまりローニャも考えずに頼んだのだろうが、グラーゼンの存在は大き過ぎ、安易に動いてその世界に降り立てば、脅威を覚えた神性達が束になって防衛の為の戦いを挑んで来る可能性すらあるだろう。
かと言って手持ちの軍団を複数派遣するのも差支えがある。
僕が自分の魔界に帰還したのは、丁度そんなタイミングだったのだ。
神々にもルールはあり、『一度決着した事柄に執着しない」と言うのがあった。
此れは悠久の時を過ごす神々が、一つの事柄を巡って延々と戦い続けないようにする為のルールらしい。
兎に角これを利用すれば、クレイとマーレは無事に結ばれる事が出来る。
其処で僕はアーマリアの目を盗んで、クレイとマーレの村自体にマーキングをし、彼等の領有を宣言した。
勿論激怒したアーマリアは今現在僕に攻撃を仕掛けて来たが、後は此れを撃退すれば、彼女はクレイへの執着を放棄するだろう。
ついでに少しは己の行いを省みる様に諭せれば、ローニャからは追加の報酬も出るらしい。
「よくもやったわね、此の薄汚い悪魔ッ! ……って、アレ居ない?」
中空に転移して来て、でも思った場所に僕の姿が無く、一瞬ぽかんとするアーマリア。
女神だけあって整った美貌が、茫然とすればああも崩れると、可愛らしくさえ思う。
しかしまあ今は戦闘中なのだ。
アーマリアが僕を見失った理由は、勿論ピスカの隠形能力だった。
他人をも覆い隠す彼女の隠形能力は、僕でも発見には苦労する。
逆に言えばその苦労を厭わねば、本気で探せば見つかると言う話ではあるのだが、何にせよそんな時間は与えない。
ひょいと僕が手を振れば、無数に出現した闇の飛礫がアーマリアを撃ち抜いて行く。
咄嗟に似た様な光の飛礫で其れを迎撃しようとするアーマリアだが、残念ながら僕の闇の飛礫はヴィラのサポートにより、飛来する光の飛礫を回避して彼女の身体に命中する。
勿論攻撃の際にはピスカの隠形は解除済みだ。
何せ折角連れて来た切り札なのだから、大事に使えばもう数回は隙を作れるだろう。
だが今は攻め時なので普通に攻める。
此れまで格下を一気に焼き払うばかりでまともに戦いを経験した事が無いだろうアーマリアは、ダメージと痛みに怯む。
そして其処に、僕の発動した重力魔法が掛けられて、地に強く引かれた彼女は半ばパニックになりながら、大量の力を放出して重力魔法を打ち破った。
そう、つまり再び隙だらけだ。
僕が手を開けば、凝縮された夜の闇がアーマリアを包み、僕が手を握ると同時に、闇が彼女を握り潰す。
……いやいや、潰してしまってはダメなので、適度にニギニギして弱らせてから、地面に向かって放り投げる。
其処から先は、怒り狂って余計に戦い方が雑になったアーマリアをあしらって叩いて、あしらって叩いてを繰り返していると、やがて彼女が泣き出してしまったのでお開きになった。
いやまあ調子に乗って苛めすぎた気はしなくもないが、神性とは言え、流石に泣いてる女性を殴る事は僕には出来ない。
僕は泣きじゃくるアーマリアを宥めながらも、強い力を持っていたとしても傲慢に振る舞えば、やがてもっと強い力で踏み躙られる事、今までアーマリアがやって来たのはもっと力の差がある人間を踏み付けていたのだと教え込む。
正直若い神性なんて子供みたいな物なので、子供に教えて諭すのは此れまで何度もやって来た。
話し合う事数時間掛かったが、やがて納得したアーマリアは、月の宮殿の人間達の解放も約束してくれる。
勿論長く時を止められていた人間が今更ポンと放り出されても生きてはいけないので、今後の彼等の待遇と人間世界復帰のケアに関しては、僕も少し手伝おうと思う。
素直にクレイを諦めただけでなく、此れまでの人間達も解放してくれる事に関しては、お礼としてヴィラのメモリーからグラーゼンの姿を焼き出してブロマイドを作って贈った。
見目麗しいのが好きならば、グラーゼンを餌にするのがちょうど良い。
此れからも良き女神を目指すなら、何時かグラーゼンを紹介してあげるとの約束も交わしておく。
悠久の時を過ごす女神との約束だ。何時か果たす機会はきっと来る。
殴り合って仲良くなるなんて少年漫画な展開は、僕も流石に予想しなかったが、でも少し納得もした。
多分アーマリアは、此れまで誰かとぶつかった事が無かったのだろう。
生まれた時から神としての振る舞いを求められ、勝手に期待され、勝手に失望され、叱られる事は無く畏れられ、きっと胸の内に色々と溜め込んで。
だから傍若無人に振る舞っていたが、叩きのめされ泣きじゃくって、多分少しはスッキリしたのだ。
まあ何にせよ今回の派遣召喚も無事に終わり、僕は異世界に女神の友人を一人得た。
今回はそう、そんな話。
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