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第四章『主を遺す老臣』

45 四天王が一人、魔獣王ベラ

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「あぁ、此れは酷い……」
 目の前で繰り広げられる惨劇に、僕は思わず目を伏せる。
 此れは予測可能だった筈だし、予測出来たなら防ぐのも容易だったのに……。

 僕等がこの世界に召喚されてから二ヶ月が経過した。
 今日はミューレーンの後見として、また新しい四天王としての僕等のお披露目の日だ。
 何故こんなにお披露目までに時間が掛かったのかと言えば、単純に招待すべき魔界の有力者が此方にやって来るまでの期間が必要だった事と、彼等を迎える準備の為である。
 幾ら人間に攻められて狭まったとは言え、魔界の各地に点在する有力者達の拠点は、一日や二日で行き来が可能な距離では到底ない。
 否、アニスならもっと短い時間で簡単に往復するけど、少なくとも魔界の有力者達は出向いて来るのに数週間は必要だった。
 そして屈服させる為に呼び出すとは言え、当然呼び出したからには客として持て成さなければならない。
 仮に持て成しが貧相であれば僕等の器が疑われ、ミューレーンの名にも傷が付く。

 出来る事なら魔王が君臨していた城を会場に使いたかったが、何でも勇者と魔王の戦いの余波で完全に崩壊したのだとか。
 其処でやむなく、お披露目の日に間に合う様に、僕とヴィラが砦を完成させた。
 昼間はミューレーンの相手がある為、僕もヴィラも動けない為、夜になって寝静まってから、護衛をベラに任せて建築に励む。
 正直僕一人じゃ到底間に合わなかっただろうが、ヴィラが補助として入ってくれれば、魔法で走らせる作成補助プログラムが使える。
 具体的に言えば、石材を出す魔法を僕が使えば、プログラムがその魔法に干渉し、形の加工や配置等を設計に合わせて行う。
 気分的にはクラフト系のゲームで砦を創る様な物だ。 

 何時の間にか完成していた砦に、ミューレーンやザーハックの屋敷の使用人たちは呆れた顔をしていたが、内装は皆が手伝ってくれた。
 此ればかりはこの世界の様式に詳しく無い僕等のみでやるより、この世界の住人である彼等の手を借りた方が完成度は高くなる。
 さて、こうして僕とヴィラは拠点となる屋敷にいるがやる事が多く、アニスとピスカはそもそも魔界の有力者達への使者に出向いており、拠点にはあまり居ない。
 当然ミューレーンと一番多く接するのは、護衛としてべったり貼り付くベラであった。

 元々ベラは、悪魔となる前は冥府の門番とされるケルベロスで、守護者としての気質が非常に強い。
 そんな彼女は一旦守ると決めた相手には、非常に心を砕いて接するのだ。
 となれば父が死に、兄が離れ、更には保護者も亡くしたミューレーンが、ベラに懐いたのは当然と言えよう。
 ベラもミューレーンに懐かれれば懐かれるほど、より彼女を可愛く思い、……まあ其れはとても良い事なのだけど、張り切った。

 そして迎えたお披露目の当日、招待に応じた魔界の有力者の一人が、
「あんな得体の知れぬ者達を抱え込んでお披露目とは、姫君のお遊びにも呆れましたな。魔王の血を引くとは言え所詮は子供、兄君もぶはっ?!」
 聞こえよがしにそう言ったのだ。
 他の有力者の賛同を得ようとしたのだろうが、よりにもよってベラに聞こえる位置で。
 僕が止める暇も無く、一瞬でその有力者の真横に移動したベラは、全てを言わせずに前脚でべちんと彼を弾いた。
 吹っ飛び、砦の壁にめり込む彼。
 せっかく造った砦が行き成り傷物にされ、僕は思わず眩暈を感じる。
 幸いだったのは、弾かれてめり込んだ彼は、魔界の有力者に相応しい実力者だったので命だけは助かった事だ。
 もし人間だったら即死だろう。
 だが有力者である彼は当然護衛を連れていて、行き成り主が瀕死にされた護衛はいきり立って戦闘態勢を取ろうとし、全員があっと言う間にベラに地に叩き伏せられた。

 其ればかりか身の危険を感じて臨戦態勢に入った他の有力者やその護衛達も、次々に叩き伏せらたり、壁にめり込まされて行く。
 ベラの恐ろしい所は、あれだけ盛大にやらかしながらも、相手の力量はキチンと見抜いて殺さぬ様に叩きのめしている所である。
 つまりは完全に確信犯なのだ。
 確かにどうせ後で僕等の力は見せつける心算だったが、此処まで強引な事をする予定は無かったのに。
 ミューレーンが仲良くなったベラの思わぬ活躍に目を輝かせているから、多分後暫くの間、ベラは止まらないだろう。
 まぁ、もう良いや此れで。話は確かに手っ取り早いし。


「あはは、やっぱりこうなったね、レプト君」
 何時の間にか、料理を盛り付けた皿と酒瓶を小脇に抱えたアニスが、笑いながら横に居た。
 彼女はベラを知り、また使者として訪れた際に魔界の有力者達を直にその目で見ていたので、この結果は予測が付いていたらしい。
 だったらせめて前もって教えてくれてれば、対策をしたかどうかは別にして、覚悟は決めておけたのに。
 僕は口をへの字に曲げて、空のグラスをアニスに突き出す。
「はい、どうぞ。ベラちゃんは子供に優しいから。レプト君も同じで子供好きだけど……、お爺さんにも甘いわね。今回の召喚主もお爺さんでしょ」
 グラスに酒を注ぎながらそんな事を言うアニス。
 そんなの全て偶然である。
 別に僕が自分で召喚される相手を選んでる訳では無いのだ。
 子供好きも、お爺さんに甘いのも、指摘されれば確かに否定し辛くはあるのだが。

「まあでも、僕が一番甘いのは、アニスやベラ、ピスカにヴィラ、君達にだけどね。……そう言えば君の孫、レニスはどうしてるの?」
 グラスの酒を口に含み、口の中で転がしてから飲み込む。
 ……此れでも有力者を持て成す為に購入した、其れなりに高い酒の筈なのだが、正直微妙だ。
 悪魔の僕は酔えないが、酒の味を見る事位は出来る。
 魔界だけがそうなのか、或いは人間の領域も含めてこの世界がそうなのかはわからないが、酒造りに関しては他の世界よりも遅れているらしい。
「凄いわよ。何せレプト君の生徒で、私の孫だもの。今は魔術連盟の盟主をしてるわ。今の私は世界を行き来できるから、この世界からでも最期の時は見届けに行くわ。……あの子は最期に何を望むのかしらね」
 しんみりと呟くアニスに、僕は声を掛けずにただ頷く。
 その時どうするかは、アニスが決めれば其れで良い。
 僕は配下が望むなら、どうあれ其れに応じるだけだ。
 さて取り敢えず、そろそろベラを止めて、怪我人の治療をしに行こう。


 ベラを止め、魔界の有力者やその護衛達に魔法で治癒を施せば、彼等には這い蹲って感謝をされた。
 治したのはこっちだけど、傷付けたのもこっちなのに。
 一応他の四天王の実力も見たいかと問うてみれば、従うからどうか許して欲しいとの事だ。
 別に脅した訳じゃ無いのだけど、どうやらベラの実力に余程恐怖したらしい。
 何にせよ、此れで魔王軍再建への一歩目が踏み出せた。
 
 次は今回此処に来ていない魔界の有力者の所に殴り込んで、それからミューレーンの兄への対処と行こう。


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