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第四章『主を遺す老臣』
43 老臣の願い
しおりを挟む派遣召喚をこなしては、仲間の、否、そろそろケジメの為にもちゃんと配下と呼ぶべきだろうか。
兎に角、彼女達の成長を確認する日々だった。
ベラは相変わらず僕の配下の中では断トツに強いし、尚且つ最古参として他の仲間を気にかけてくれている。
ピスカも己の能力に更に磨きをかけた他、何とごく短時間なら並の人間と同程度の大きさに成長する能力を編み出したのだ。
と言っても元が脆い彼女が身体を大きくしたところで、今は未だ多少マシになる程度だが。
アニスは順当にバランス良く能力をあげ、更に己の行った世界限定ではあるが、世界を渡る力を身に付けた。
無論現界の為の対価も得ない状態なので、ずっと移動した世界に居れる訳では無いが、それでも活動の幅は格段に広くなる。
最後にヴィラは、皆のスケジュールや得た対価の管理、更には参謀役等をこなし、うちの頭脳と言って良い。
ちなみに彼女が錬金世界で得た身体は、冷たい表情の女性アンドロイドと言った感じの身体で、皆と並ぶと一人だけ世界観が違う。
ヴィラ自身もあの世界の錬金術に関しては深い知識を得てるので、身体のメンテナンスも自分で行えるのだそうだ。
さてそんなある日、僕は強い力で身体を引かれた。
そう、召喚だ。
派遣召喚をこなすのも悪くは無いのだけど、矢張り僕を直接呼んでくれる召喚の方が、気持ちは高ぶる。
ただ気になる事が一つ。
此の呼び掛けの強さからして、召喚主はかなり高い実力を持つ術者だろう。
なのに何故か、呼び掛けから伝わって来る感情は酷く切実で、まるで乞い願う様な必死さなのだ。
高い実力を持つ術者が、こんなにも助けを求めねばならない事態とは一体何なのか。
昔の、悪魔になって間もない頃の僕だったなら、間違いなく怖気づきながら応じたあろうその召喚に、でも今の僕は期待に胸を高鳴らせていた。
そして僕は招きに応じる。
「ようこそ参られた偉大なる悪魔よ。……さぁ、その名を告げられよ、そして我と契約を結ばん」
大仰な台詞だが、その声に力は無い。
ゆっくりと、瞼を開けた僕の目に映るのは、酷く年老いた一人の老人と、その傍らにちょこんと立つ、見た目は五歳か六歳位の少女だった。
僕を召喚したのはこの老人だろうが、少女の方も只者では無さそうだ。
その小さな体から漏れ出る魔力は並の魔術師を遥かに凌ぐ強さだし、そもそも老人も少女も、肌の色が青黒い。
はて、魔族的な存在なのだろうか……。
あと多分、此れが一番重要な事なのだけど、僕を呼び出した老人の顔にはハッキリと濃い死相が浮かんでいる。
「僕はレプト。僅かな数だが、配下を率いる悪魔の王。さぁ、次は其方の番だよ。名乗り……の、前に座って良いよ。威を保とうとしなくても別に侮らないから、無理しないで?」
やり取りの最中だが、僕は思わずそう言ってしまう。
だってどう見ても寿命が尽きる寸前なのだ。
契約内容を聞く前に死なれてしまうのは流石に困る。
だがその老人は僕の言葉に何故か嬉しげな表情を浮かべ、
「おぉ、魔導書の通りの、俄かには悪魔と思えぬ人柄……。いえ、良いのです。私はもう、どうせ幾許も持たない」
僕にそう言う。
だがその言葉を聞き、傍らの少女はほんの一瞬だけ、酷く哀し気に顔を歪める。
しかし老人は魔導書と確かに言った。
と言う事は既に僕の名が魔導書に記載される様になっていて、僕は名指しの召喚を受けたのか。
「私の命が尽きる前に、聞いて下されレプト殿。我等魔族の現状を。そして私の魂と引き換えに、先代魔王様より預かりし王女、新たな魔王を貴方に託したい」
老人の言葉に、僕は迂闊な台詞を口にせぬ様、ただ黙って頷き、先を促す。
命尽きる間際の老人、ザーハックの言葉によれば、三年前、この世界の魔王が勇者に討たれた。
この世界には白と黒、二つの月が空に浮かび、それぞれに白の神と黒の神が住むとされる。
白の神は大陸の西の端に人間を始めとする人族を創り、黒の神は大陸の東の端に魔人等の魔族を創ったそうだ。
その後、白と黒の神は永い眠りに付く。
因みにだが眠りに付いたって話なら、多分この世界の神は、天使の言う神じゃなくてこの世界固有の神性存在だろう。
世界に人が発生するパターンは色々あって、それこそ天使の言う神が生み出す事もあれば、其れこそ悪魔王が神として人を生み出す事もある。
自然発生のパターンすら存在するのだ。
異なる神に創られた二つの種族は大陸中に広がって、やがて大陸の真ん中で出会い、相争う。
最初の戦いに勝利したのは魔族だった。
魔族は人族に比べて種類も豊富で、強い力と魔力を持つし、更に魔人は寿命も十倍以上だ。
勝者である魔族は大陸の東半分を魔界と称し、人族に立ち入らぬ様に命じると、今度は魔族同士で争い始める。
元より個体数の多く無い魔族にとっては、大陸の東半分だけでも充分に広かったし、弱い人間を殺戮するよりも強い魔族同士で争う方が楽しかったが故に。
しかし魔族の勝利から千年後、人族の軍勢が魔界の地に攻め入った。
当初、魔族の誰もがその人族の行為を愚かだと笑う。
そして最も人と魔の領域の境に近い場所に勢力を持つ、ある魔族の一派が人族の軍勢を迎撃に向かい、……そして大敗を喫した。
人族はその千年で数を増やし、技術を高めて武具を充実させ、以前の戦いを忘れずに戦術、戦略を練っていたのだ。
元より人族の、特に人間の特徴は繁殖力が強く、生命のサイクルが早い事である。
人間の数はあっという間に増えるし、数が増えれば分業、専業化が進み、様々な技術の上昇速度も加速して行く。
魔界に侵攻した人族の軍勢は、魔族の住処を焼き払い、どんどんと人間の領域に塗り替えていった。
けれども大陸の東半分だった魔界の大きさが、およそ1/3程まで狭まった時、バラバラだった魔族を統一し、人族の侵攻を食い止めた魔人が現れる。
そう、その魔人こそが後に魔王と呼ばれる存在だ。
魔王は元々魔界でも有数の実力者だったが、このままでは魔族の全てが人族に根絶やしにされると考えた。
そこで魔王は、なんと人間に変装して人族の領域を旅し、彼等の技術や考え方を魔界に持ち帰り、人族に抗する力に変えたのである。
魔王が魔族を統一して以降、魔族は人族の軍勢の侵攻を食い止めただけでなく、逆に押し返す。
ジワジワと狭められていた魔界は、今度は逆にジワジワと広がり始めた。
だが其処で、押し返され始めた人族は大慌てで、自分達を生み出した白の月の神に縋る。
恐らくだが、散々に魔族を殺戮して版図を拡大して来ただけに、その逆襲を恐れたのだろう。
騒ぎ立てる子等の声に、白の神はほんの僅かな時間だけ目を覚まし、人族の一人に聖剣と勇者の力を与えた。
最初の勇者は、只人と然して変わらない程度の力しか持たなかったらしい。
当時の人族の英雄達とは到底比べ物にならない程度の、弱い力。
当然、その勇者は魔族との戦場で直ぐに死んだ。
でも問題は其処からだった。
勇者の力は、勇者が死ねば次の人族に移動する。
前の勇者の体験した経験と一緒に。
人族の王達は勇者の力を知り、勇者を鍛えては無謀な戦場に送り込んでワザと殺す事を繰り返す。
勇者の力が宿る相手は思い通りにならないが、出来の悪い勇者でも鍛えてから死んでくれれば、次の勇者の糧になるだろう。
そして何時しか、元々英雄たる資質を持つ人族に勇者の力が宿ったならば、圧倒的な力を持つ化け物が完成する。
魔王を討ち取ったのは、そんな何百、何千、何万かの犠牲の果てに生み出された、勇者と言う名の化け物だった。
と言っても魔王とて全魔族を率いる王だ。
自らの命と引き換えにして、勇者に二度と剣を持てぬであろう、駆ける事が出来ぬであろう、癒せぬ傷を刻み込む。
もし魔王が勇者から戦う力を奪っていなければ、今頃、全ての魔族は勇者によって根絶やしにされていただろう。
長い話に、ザーハックは大きく息を吐く。
「亡くなられた魔王様には二人の御子が居られます。一人は誇り高き魔の王子。今は新たな魔王を名乗り、前線で人族と戦っておられます。しかしその戦いは己が怒りを晴らす為だけの無謀な戦い。既に多くの魔族がその戦いについて行けずに離脱しております……」
そしてもう一人が魔の王女、今ザーハックの傍らに居る少女と言う訳だ。
息も絶え絶えにしゃべるザーハックだが、彼の話を制止は出来ない。
もう既にザーハックは気力だけで肉体に魂を繋ぎ止めている。
話を止めれば、その瞬間にも魂は肉体を離れるだろう。
「私は魔王様が幼少の頃より、教育係として仕えて来ました。そして年を取り、引退していた私に魔王様が王女を預けて……、でも私はもうっ、お願いします。私の魂と引き換えに、何卒、何卒、王女を、魔族の希望を……」
でも其れでも、僕は一つだけ確かめねばならない。
王女を魔王にするのは、一体誰の意思なのかを。
「召喚された以上、其れが契約内容ならば……。でも一つだけ、王女を魔王にすると決めたのは、先代魔王か、貴方か、其れとも王女なのかは、教えて下さい」
長い時を生きた魔族の術者の魂ならば、求められる内容の困難さと、かかる期間に相応しい対価である。
この対価を断る事は、彼の覚悟を無下にしてしまう。
だから引き受ける心算ではあるけれど、問題は一つだけだ。
「おぉ、勿論、勿論全てです。魔王様も、私も、王女も。……しかし王女が、ミューレーン様が何時か、魔王になる事を望まなくなったなら、その時は只、成長するまで、安全に暮らせる様になるまで、彼女を守って戴きたい」
何度も何度も、頷き、瞳から涙を溢すザーハック。
成る程、もう十分だ。此れ以上は彼が持たない。
知っておきたい情報は山ほどあるけど、……どうしても知らねばならない事は知る事が出来た。
「わかりました。契約です。僕は、召喚主ザーハック、貴方の代わりに、ミューレーンを守り、導き、育てよう」
僕の言葉に、ザーハックは口を開いて何かを言おうとし、……けれどもその言葉を発する事無く、ゆっくりと崩れ落ちる。
そして契約に縛られた魂は、僕の元へと。
「爺、大儀であった……」
崩れ落ちたザーハックの身体に触れ、ミューレーンは呟く。
でも言葉は気丈だが、その瞳は悲しみと不安で揺れていた。
必死に涙を堪える姿は痛ましく、僕の胸に突き刺さる。
「魔の王女ミューレーン、僕はレプト。ザーハックの魂は此処に、僕の中で貴女の傍にいます。貴女が成長し、自分の足で迷いなく歩けるまで。……でも、ザーハックの身体は弔ってあげましょう。僕が運びます」
僕は胸に手を当てて、ミューレーンに手を差し伸べた。
ミューレーンの小さな手が僕の手に触れる。
「うむ、大儀である。悪魔レプト、……爺の魂と共に、わらわに仕えよ」
多分それが彼女の限界だったのだろう。
縋り付いたミューレーンの涙が僕の手を濡らす。
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