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第二章『泥に塗れた少女』

17 崩れる秩序

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 カリスを救い出してから一年半、つまり僕がこの世界に来てから三年の時が過ぎた。
 あの件は教会に大きな混乱を引き起こしたが、けれども教会の体制は変わらず、寧ろ態度を硬化させて批判者への異端認定が相次いだ。
 それに伴い拠点の人口も大幅に増えて、森を切り開きながら町が完成しつつある。
 もう避難場所ってレベルじゃ無くて一つの領が出来つつあるが、言い訳をするなら、僕としても予想外だったのだ。

 こんな事になったのは間違いなくカリスの友人の、とある地方の領主が原因だろう。
 其の地方領主はカリスの友人だけあって異なる風習にも寛容で、他の領の異端者狩りから逃れてきた人達を密かに領内に匿っていた。
 そしてその地の領民達も、気性が領主に似、他所からの避難者も歓迎して受け入れていたそうだ。
 当然拙い行為なのだが、一定の時期までは領主が教会に金をばら撒く事で黙認されていたらしい。
 だがそう、とある事件が起きてからは教会の態度が硬化し、異端者を庇う領主達をも異端認定して、其の領に向けて神聖騎士団を派遣する事態になる。

 そしてそのとある事件こそが、僕がカリスを救出する際に起こした天罰だった。
 故に其れを察知した僕は神聖騎士団が襲撃を行う前に介入し、領主一家、其れを慕う領民、逃れてきた異端者の全てを此処に移動させたのだ。
 まあそんな事をすれば此処の人口が爆発的に増えるのも無理は無い。
 何せ一領の人間の大多数が引っ越して来たのである。
 僕も割と出し惜しみせずに魔法を使い、居住スペースの拡張を手伝った。

 しかし一人や二人なら兎も角、こんなに多数の人間相手に僕が悪魔である事を露見させる訳には行かないだろう。
 そこでカリスやその友人の領主、トリー等と相談の上、僕は忘れられた古い神の化身で、ケルベロスのベラはその眷属と言う設定で通す事になる。
 まぁ所詮は設定なので構わないけど、領民とは会う度に拝まれたり崇められるのが正直恥ずかしい。
 勿論この拠点が大きくなって行く様子は見てて楽しいし、求められて感謝されるのは嬉しいけれども。
 ちなみにイーシャがその古い神の化身に仕える巫女なんだそうだ。
 似合わない肩書に思わず笑ったら、脛を思い切り蹴り上げられた。

 見た目もすっかり成長して、領民の前では御淑やかに振る舞うイーシャだが、僕に対しては丸洗い後にビンタを飛ばして来た時と変わらない態度のままである。
 イーシャはもう直ぐ姉になるのに、本性があれで良いのかどうか少し心配になってしまう。
 そう、トリーのお腹にはイーシャの妹、この領で生まれる新たな命が宿っていた。
 そしてその父親は、この領に一番最初に来た男性、つまりはカリスだ。
 人と人が身を寄せあえば、そう言った事もまぁ起きる。
 イーシャも母が新たな伴侶を迎えた事を祝福し、生まれてくる妹を楽しみにしていた。

 だがそんな風に平和なのはこの新しく出来た領の中だけで、外の世界はそうじゃない。
 教会への不満と批判が溢れ、其れを教会が弾圧し、そして更なる不満と批判を呼ぶ。
 そんな流れが出来ているが、教会の権威と力が地に落ちるまでは未だかかるだろうし、その間にも弾圧の被害者は増えるだろう。
 故に一気に教会の権威を潰した方が余計な被害者は減らせると、カリスとその友である領主は判断を下す。
 僕もその考えに異論は無い。
 既に教会勢力域の地図、門の魔法を用いた移動網は完成済みだ。
 準備は既に整っている。何時でも最後の一撃を放つ準備は出来ていた。


 その日、アプトル王国の首都にある大聖堂に、数発の雷が降り注いだ。
 大聖堂は半壊し、奇跡的に死者こそ出なかったものの、多くの怪我人が出る事になる。
 更にその傷跡には、
『己を顧みぬ愚か者に鉄槌を』
 と書かれた、人の手では到底作り出せぬであろう程に磨き抜かれた石板が置かれていた。
 神の怒りを思わせるその文言に、アプトル王国は大騒ぎに陥る。

 しかし、その日起きた出来事はそれだけに留まらなかった。
 アプトル王国に落雷があった時刻から然程間をおかず、クラエル共和国、フェムン公国、ローダリス帝国等、教会勢力域の主要国家の首都にある聖堂に次々に落雷が起きたのだ。
 勿論アプトル王国の落雷後で見つかった石板と全く同じ物が、全ての国で見つかっている。
 そして最後に教会の本拠地であるワーラー神聖国でも同様の、否、他の国の聖堂に降り注いだ量よりも遥かに多い数の落雷が首都の彼方此方に降り注ぐ。
 まあ彼方此方と言っても、どこも聖堂や教会になのだけれど。

 天罰を思わせる落雷と石板に、各国が混乱に包まれる最中、全ての国で一つの噂が飛び交う。
 此の天罰を思わせる落雷は以前にもあり、同じく石板も見つかっていた。
 だがその時の落雷は今よりも規模が小さく、石板に刻まれた文字の内容も警告を思わせる物だったのだ。
 今回の天罰は、教会がその警告を無視した為に起きた天罰で、今度こそ此れを正さねば、次の天罰は教会のみならず全ての人に降り注ぐだろう……、と。

 勿論石板も落雷も噂も、全てが僕の手に依る物で、各国の落雷のタイムラグは単純に僕が門の魔法で移動していた時間である。
 けれどそんな事を予想出来る人間が居る筈は無く、……いや、教会は今回の件は悪魔の仕業だと苦し紛れに発表していたので実は大正解なのだが、其れを信じる人は皆無だ。
 寧ろその発表を受け、教会が正されねば自分達にも天罰が降り注ぐと怒った民衆と、其れに突き動かされた国が教会、ワーラー神聖国へと宣戦を布告した。
 歪な秩序が瓦解し、混乱の時代がやって来る。
 イーシャやトリー、その他の新しい領の人々は、望めばこの混乱の最中に元居た場所へ戻る事も叶うだろう。
 僕は只、ゆっくりと崩れるよりも一気に教会が崩れた方が犠牲は少なくなる筈だと信じて、或いはそうなる様にと願うだけだ。
 もう僕がこの世界に大規模な干渉をする事は無い。 




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