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しおりを挟むミステンとアイアスの戦争は、……より正確に言うのなら邪教に乗っ取られたのであろうアイアスからの侵攻は、未だに続いている。
初戦の侵攻軍、一万体のアンデッドの群れは、僕を含む冒険者達が将であるアンデッドナイトの討伐に成功した事で統率を失い瓦解した。
だがミステンは初戦を凌いだだけに過ぎず、未だアイアスに勝利した訳では決してない。
確かに一万という数は兵数として見るなら、アイアス程度の小国からの侵攻軍にしては破格の数だろう。
けれどアイアスは国の民をアンデッドと利用して兵数を増やしているのだ。
アイアス公国の国民数は十五万と言われており、其れに比すれば先だっての侵攻軍の一万はほんの一部でしかなかった。
更に拙い事に、アイアスは隣接するシルバル公国やドワーフの国にも侵攻軍を派遣しているらしい。
高品質な武器と屈強な戦士が数多く存在する天然の要害であるドワーフの国は兎も角、シルバル公国はかなり攻め込まれてしまっていると伝え聞く。
普通なら多方面の侵攻を行えば、当然ミステンへの攻撃の手は緩くなる。
しかし今回の場合は拙い事に、シルバルが攻められ民に犠牲者が出れば出る程、ミステンを攻める為のアンデッドの素体も増えるのだ。
勿論ミステンだってぼんやり攻められるのを待っている訳じゃ無い。
オリガの町から一般市民はライサに向かっての一時避難が進んでおり、かわりに戦力となる兵士や騎士、冒険者等がどんどんオリガにやって来て居た。
ミステンの持つ、治安維持や魔の森への抑えに必要な最低限の戦力以外は、ほぼ全てオリガに集まってる筈だ。
そして他国への救援要請も出され、援軍の派遣が決まったと聞く。
他国の軍に国土に入られるのは防衛上の大問題であるのだろうが、それでも今はそんな事を言ってられる状況ではないのである。
本当にアイアスが邪教に乗っ取られていたならば、対処をしくじれば西側小国連合は死者のみが巣食う地域にだってなりかねない。
アンデッドに対する備えは人の移動だけじゃなくて武器にも及ぶ。
教会に祝福された銀で作られた武器が、公都やライサで生産されてはオリガに運ばれ配られてる。
普通の武器に対しては、ゾンビをはじめとするアンデッドはとてもしぶとい。
だが祝福を受けた銀で作られた武器はアンデッドに対して劇的な効果を発揮するのだ。
まあうちのチームの面々は、カリッサさんは自前で剣を祝福出来るし、トーゾーさんは相手を細切れにすれば倒せるとの事で、手に馴染んだ武器しか使っていないけれども。
パラクスさんに至っては魔術を攻撃手段とするのでそもそも武器とか要らないしね。
けれどチームの中でも唯一、僕だけはその祝福された銀の恩恵を受けていた。
「ゴーストだ! 頼む!」
救援要請の声に、僕は弓に矢を番える。
見れば、確かに宙を舞う半透明の姿が城壁の守兵を襲おうとしていた。
ゴーストはあの半透明の姿が示す通り、実態を持たないアンデッドで、通常の物理攻撃は一切効かない。
祝福された銀の武器ならダメージを与えて屠る事も敵うのだが、未だ銀の武器が全ての守兵に行き届いた訳じゃ無いし、例え手にその武器があっても飛行する相手は厄介だろう。
しかし僕の放った矢は、闇夜を飛んでゴーストの顔面部を正確に貫き、断末魔の叫びだけを残して消滅させる。
矢は通常の武具とは違いって回収出来ねば消耗品になるのだが、特に優れたと判断された射手にのみ、祝福を受けた銀の鏃が配布されているのだ。
「助かった。流石は『必中』だな」
助けた守兵の、持ち上げる様な感謝の言葉に、けれど僕は顔を顰める。
最近呼ばれ始めたその『必中』って二つ名が、僕はどうにも嫌だった。
だって遠くて小さい的には普通に外す事だってあるし。
トーゾーさんの『人斬り』なんかは、まあ否定のしようが無い事実だから仕方ないと思うのだけど、僕の呼ばれ方は明らかに大袈裟だ。
とはいえ呼ばれ方に対してのんびりと抗議している時間は今は無い。
今は夜で、即ちアンデッド共が攻め寄せて来る時間帯だった。
口より先に手を動かさなければ、押し寄せる死者の群れを押し返せないのだ。
銀の鏃を持った矢は限りがあるので、処理が厄介な敵が出現した場合のみに使用する取って置きである。
先程のゴーストもそうだけど、初戦以降はアイアスから侵攻して来るアンデッドも種類が増え、対処が複雑になっていた。
僕は油壷に突っ込まれた矢を抜き、篝火に突っ込む。矢に巻き付けられた油の染み込んだ布が発火し、火矢の完成だ。
肉の腐敗したゾンビは火矢が突き刺されば、火の燃え移りを期待出来るし、視界の確保にだって一役買える。
問題は射る時に少し手が熱くて、火が近くて怖い事位だろう。
だがそれも今日はあと少しの辛抱だ。
夜明けが近付けば、アンデッド共は日の光を避ける為に撤退を開始する。
日の光の影響は、基本的には格の高いアンデッドの方が大きく受けるらしい。
勿論伝説に出て来るデイウォ―カー、日の光を克服した高位吸血鬼なんてのは例外中の例外としてだけど。
ゾンビ程度なら森に入って木陰でじっと夜を待てるのだろうが、その一部のアンデッド達は昼間は陥落した国境の砦まで戻って居るそうだ。
「突撃隊が出るぞ!」
響く声に、必死に防壁を守っていた守兵達の表情に安堵の色が浮かぶ。
当たり前の事だけど、アンデッド達が朝日が昇る前に撤退しようとしたとして、素直に帰らせる義理は僕等には無い。
その瞬間こそが、膨大な数を誇るアイアス軍を削り取り、あわよくばその中核を成す凶悪なアンデッドを討ち取るチャンスなのだ。
パラクスさんも古今東西の戦に於いて、最も犠牲者が出るのは勝敗が決まってからの追撃戦というのは相場が決まっていると言ってた。
開いた門から、神官の放つ浄化の光が、魔術師の放つ燃え盛る炎の球が、腕自慢の戦士が携えた銀の武器が、敵陣に放たれ飛び込み振われる。
休息をたっぷりと取った、突破力のある冒険者達が敵陣に道をこじ開け、その道を通って軍馬に乗った騎士達が撤退を始めたアンデッド達目掛けて突撃して行く。
防壁の守兵達も、最後の力を振り絞って突撃隊の援護を行う。
さて此処からは僕も銀の矢を惜しむ必要は無い。戦いが終われば防壁近くの鏃はある程度回収出来るのだ。
今日の戦いもあと少しである。
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