少年と白蛇

らる鳥

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 訓練場に的を並べる。
 アーチェットさんはエミリアさんに諸々の手続きに連れて行かれた。
 僕と離れる事になってもアーチェットさんは不安げな様子を見せなかったし、短時間の事情説明の間に一定の信頼を掴んだエミリアさんはやっぱり流石だなって思う。
 エミリアさんは事務的じゃ無く、アーチェットさんに対して親身になって、でも的確に事情を聞きだして行く。
 実際僕の出る幕は殆ど無かったし。
 旅の疲れもあったのだろう。
 アーチェットさんは自分が国を出る羽目になった経緯、師匠の死や、トルネアスの富豪に狙われた事を語りながら、時折感情を溢れさせる。
 けれどエミリアさんは溢れる感情には一度も驚かずに落ち着いて、共感し、宥め、そして最後にライサでの冒険者活動におけるサポートを約束してくれた。
 頼りになる人が味方になってくれたのだから、今日の所はエミリアさんに任せてしまおうと思う。
 並べ終わった的を前に、僕は弓を取り出す。
 ドワーフ製の金属弓。それも特製の違う複数の金属を組み合わせて射程と破壊力を向上させた複合弓だ。
 トルネアスの弓姫、フィオさんから譲り受けた品だけど、恐らくアーティファクトの類を除けばこれ以上は望めない逸品である。
 ただしこの弓は誰が扱っても優れた性能を発揮する訳じゃ無くて、使い易さを置いてけぼりにして性能のみを追求したと言う意味でも逸した品だった。
 正直に言えば僕も少し持て余す。
 弓に矢を番え、ゆっくりと引く。この弓は張力が強くて、腕力だけじゃとてもじゃないけど引けやしない。
 なのに丁寧に正しい動作で引いてみれば、あの抵抗感は何だったのかと思う位にスッと引ける。
 まるで弓の製作者であるドワーフの、生半可な射手にはこの弓を扱って欲しくないという頑固な一念を体現しているかの様だ。
 呼吸を整え、矢を放つ。
 狙い違わず真っ直ぐに飛んだ矢は、木製の的をあっさりと破壊して背後の壁までを貫く。
 ぶわっと僕の身体から嫌な汗が噴き出す。とても拙い。全力で引いた訳じゃ無いのに思った以上に威力が出過ぎで、此れは完全に怒られるパターンだ。
 僕の動揺に吃驚したヨルムが胸元から顔を出して来るが、其れを宥める間も無く僕は矢を抜きに走る。
 だが勿論そんな隠蔽が間に合う筈も無く、僕はギルド職員に捕まって訓練場から追い出された。

 壁にもたれ、空を見上げながら僕は大きな溜息を吐く。
 慰めるかのようにヨルムが頭を頬にこすりつけて来るので、僕は頬を膨らませて其れを押し返す。
 アーチェットさんの手続きが未だ終わって無いのだが、訓練場を追い出されていながらギルドに居座り続けるのは少しばかり居心地が悪く、僕は建物を出て表で彼女を待つ事にしたのだ。
 ギルドは町の中心部、中央通りに面して居るのでこの場所の人通りは結構多い。
 僕がヨルムを撫でながら行き交う人達を眺めていると、
「ヨルムさん!」
「あら、ユーじゃない。帰ってたのね。久しぶり、元気にしてた?」
 聞き覚えのある2種類の声が飛んで来た。
 ライサの町でなら知り合いは決して少なくは無いが、それでもいきなりヨルムにだけ反応したり、僕等が旅に出てた事を知る人は僅かだ。
「クーリさんにルリスさん、お久しぶり。帰還したのはつい先日かな。うん、僕もカリッサさんも元気にしてます」
 ヨルムが腕へと移動したので、クーリさんに向けてその腕を差し出すと、喜んだ彼女は僕の腕に手を重ねて、ヨルムが其方に移って行く。
 理由はわからないけれど、ヨルムはクーリさんと仲が良い。
 僕を除けばヨルムが誰よりも気を許してるのは間違いなくクーリさんだろう。
 そしてそれ以上に、クーリさんはヨルムに対して大きな好意を向けている。最早愛情と言っても良い位にだ。
「カリッサ姐にも会いたいわね。今日は依頼も終わったし、この後何時もの宿に行くわよ。で、アンタはこんな所で何してるの?」
 ルリスさんはそんなクーリさんを見て溜息を一つ吐くと、此方に向き直って問う。
 でも出来れば其れは聞かないで欲しかった。
 だって訓練場を追い出された経緯はあまりに間抜け過ぎて、口に出して説明するには些か恥ずかしいから。
「あー、トルネアスで知り合った人をギルドに案内してて、今色々と手続き中だから待ってるんですど……」
 しかし説明すべきだろう。
 折角二人に会ったのだから、アーチェットさんを紹介してしまいたい。
 そしてアーチェットさんは僕が訓練場に行ったのを知っているので、結局最終的には追い出された事がばれる。
 後でばれる位なら今、自分で言ったしまった方が多少はマシだと思うのだ。
「最初は訓練場で時間を潰そうとしたんだけど、新しい弓を試したら壁に穴開けちゃって……」
 まあどのみち笑われる事には変わりないのだけれども。


 用事を済ませたアーチェットさんと合流し、僕等は何時もの宿へと引き上げる。
 トルネアスでの出来事を聞いたルリスさんとクーリさんが、トーゾーさんの闘技会優勝のお祝いをしたいと言いだしたのだ。
 僕等からしてみれば一月程も前の事だけど、彼女達にしてみれば知ったばかりの大ニュースだった。
 まあついでに無事の帰還も祝ってくれると言うのだから、特に拒む理由は無い。
 アーチェットさんの紹介も上手く行ったように思う。
 其れと言うのも、ルリスさんとクーリさんの二人も以前他の冒険者に嫌がらせを受けた経験があり、それよりも更に酷い裏のある経験をしたアーチェットさんに対して強く共感したからだ。
 勿論だからといって行き成り硬い信頼関係で結ばれたりはしないだろうけれど、取り敢えず一度組んで依頼をこなしてみる事にしたらしい。
 前衛の盾使いであるクーリさんに、遊撃手であるルリスさん、そして後衛魔術師であるアーチェットさんと、割合にバランスは取れている。
 回復役が足りないと言えば足りないが、優秀な錬金術師でもあるアーチェットさんが薬を用意すれば大体の場面は切り抜けられるだろう。
 ルリスさんもクーリさんも材料の採取には長けているのだし、アーチェットさんばかりに負担が集中すると言う訳でも無い筈だ。
 カリッサさんも可愛がっている二人との再会にとても嬉しそうで、食べて、飲んで、その日の夕食はとても楽しい時間になった。

 久しぶりのライサはとても暖かい。
 けれど僕等は知ってる。
 ずっとこんな風な日が続く訳じゃ無いって。
 戦争って名前の災厄が、もう間近に迫っていると。
 アイアス公国からの侵攻。
 僕等がその報告を受けたのは、僕等がライサの町に戻って10日ばかりが過ぎたある日の事だった。

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