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しおりを挟むトーゾーさんは悠々と、カリッサさんは多少苦戦しながらも、無事に本戦出場を決めていた。
やはり大きな大会だけあって武器部門も無手部門も参加者のレベルが高く、僕だと予選の突破は難しかっただろうから、参加しないで正解だったと思う。
無手部門の本戦は予選を突破した7名とシードの1名。武器部門の本戦は予選を突破した10名+シードの2名。
そして僕の参加する射撃部門は、無手部門の本戦と同じく予選を突破した7名とシードの1名で行われるそうだ。
つまりこのシードの4名と言うのが、この国の将軍達だった。
武器部門だけ本戦の人数やシードの数が多い辺り、この大会の主役が彼等である事が良くわかる。
無手で重装騎士すら倒すと言われる羅将。左右の手で長剣2本を操る二刀剣法の剣聖。
巨大な盾と重厚な鎧の防御力は城壁に伍するとされるトルネアスの大盾。空を舞う鳥をも落とす弓姫。
本戦開始前に行われた開会式で姿を見せた彼等は、そう、一目見ただけでその肩書が決して大げさで無い事を理解させてくれるだけの雰囲気を纏っていた。
でも僕が本当に怖いと思ったのは、本戦の開始を宣言した王の隣に侍る初老の男。
多分あの人がこの国の英雄なんだろう。
僕には佇まいからあの人の実力を察せはしないけれど、でもあの人の存在の密度がとても濃いのはわかる。
まあ良いや、縁遠い人の事はさて置こう。
僕等の相手は4人の将軍……、の前に他の本戦参加者達だ。
トーゾーさんの目には剣聖とトルネアスの大盾、武器部門に参加する2人の将軍しか映って無い様子だけど、僕とカリッサさんは先ず本戦の初戦を突破出来るかどうかなのだから。
兎にも角にも、開会式が終わって本戦が始まる。
……と思って居たのだが、何故か開会式の最後に僕は舞台の上に呼び出された。
何でも僕の年齢での本戦出場は過去にもあまり例の無い珍しい出来事で、折角なので最初に弓姫と模範試合を見せて欲しいとの事らしい。
そう言えばもう直ぐ14歳の誕生日だなと、ぼんやり思い出す。
正直変な風に悪目立ちしそうで少し嫌である。
でも特別な報奨金も出るらしいし、名誉な事だそうなので断れば角が立つだろう。
何より此処で存在感を示しておけば件の豪商からのアーチェットさんへの手出しもし難くなるだろうと、僕はこの場所に立って居た。
ヨルムはカリッサさんに預けて来たので、身体に何時もの重みが無くて少し寂しい。
「すまないね。少年……、えっと、ユーディッド君か。見世物みたいな扱いになってしまって」
係員に僕の名前を尋ねて、右手を差し出して来るのは20代前半位の金色の髪をした綺麗な女性。
五将の1人の弓姫だ。僕も手袋を脱いで、彼女の右手を握り返す。
弓だけじゃない、武人の手だった。
「大丈夫です弓姫様。元々大会に出る時点で見世物になるだろうなって思ってますし、お金も貰えるそうなので」
僕の言葉に笑顔を見せる弓姫。本当に美人である。
弓の将軍がこの人で良かったと思う。
技術を競い合うだけなら綺麗な女の人の方が楽しいのは間違いが無い。
「君は物怖じしない子だね。結構。楽しめそうだ。後出来れば名前で読んで欲しい。今は未だ良いけど、10年後や20年後も弓姫と呼ばれるかと思うと、ちょっとゾッとしないね」
そう言って笑う弓姫。
20年後、彼女なら綺麗で格好良いおば様になって居そうだけど、しかし確かに姫と呼ばれるのは嫌だろう。
けれど困った。助けを求める様に係員を見るが、不思議そうに首を傾げられる。
駄目だ。通じない。多分きっと弓姫の名前なんて、この国の人間にとっては常識なのだろう。
でも僕はこの国の人間じゃないから知らない……。
「……あー、フィオリーナ・マシリカ。フィオで良い。親しい物はそう呼ぶ。そうか、名前を知られていないのは久しぶりだったよ」
僕の表情で察した弓姫、フィオさんが教えてくれた。
ちょっと非常に申し訳が無い気分だ。
係員の人が、少し咳払いをする。ちょっと話し込み過ぎなのだろう。
観客の人を待たせるのも申し訳ない。
勿論観客が待ってるのはフィオさんの活躍だろうけど、僕も一応お金を貰う以上は頑張る心算だ。
「よし、じゃあユーディッド君、模範試合だけど良い試合にしよう」
フィオさんの言葉に、僕は頷き弓を手に取る。
模範試合の内容は遠当てだ。遠くに的を置き、矢を放つだけ。
外せば負けで、両者が当てれば的は更に遠くなる。
両者が外せばそのままの位置で再度挑戦らしいけど、そうなる事は多分想定してないだろう。
一射にかける時間は其れなりに貰えるそうだ。
係員が的を置いた位置を見て、思った事はあるが黙って置く。
正直的はもっと離した位置から始めないと、時間がとてもかかるだろう。
この模範試合、多分フィオさんが外す事は考えられてなくて、僕が何処まで付いて行けるかになる。
一射目から僕に外されると盛り上がりに欠けるって配慮があっての位置なのだろうが、……まあ良いや。
フィオさんも苦笑い気味だが、お先にと声を掛けた彼女は、ズバンと抜き打ちで的の中心を射貫く。
とても格好良い。思わず真似したくなるけれど、真似して外すと恥ずかしいから普通に射よう。
心を鎮め、丁寧に。焦る必要は全く無い。
試合の相手であるフィオさんが凄腕である事はわかるけど、僕と対峙してるのは彼女じゃ無く、只の的だ。
放った矢が、隣に並べられた的の真ん中を射貫く。
其処からは互いに無言で、交互に矢を放つ。的は少しずつ遠くなるが、僕もフィオさんも外す事は無い。
会場の雰囲気が少しずつ変わる。次第に一射ごとに歓声が上がる様になっていた。
とても、五月蠅い。
何射目か忘れたけど、不意に射るのを止めて弓を下ろしたフィオさんが此方を振り返る。
「埒が明かないな。そう思わないかい? 充分会場も盛り上がった様だし、ユーディッド君さえ良ければ次の一射を最後にしたい」
彼女の意図は掴めなかったが、僕を評価してくれてる事だけは判ったので、取り敢えず頷く。
するとフィオさんは係員を呼び寄せ、的を闘技場の端に設置するように指示すると、僕の手を引いて逆側へと歩き始めた。
辿り着いたのは的と逆側の闘技場の端。
「最後だから少し派手にしてみたよ。先に当てて置くから、君の本気を見せて欲しい」
そう言ったフィオさんは、初めてゆっくり狙いを付けて弓を引く。
放たれ、宙を割いた矢は、遥か彼方の的のど真ん中に的中した。
そして次は僕の番か。流石にこの距離ともなると、正直あまり自信は無い。
其れとも言うのも、こんなに離れた距離の射撃を行う際は、ヨルムの目の力を借りる事が多いからだ。
でも今日は頼れない。フィオさんは僕の本気を見たいと言ったのだから、独力で行える最高の一射を行おう。
立ち姿から意識する。距離や風、様々な要素を計算に入れてイメージを練り上げて行く。
的もイメージしてしまおう。魔物、……何が良いかな。高さもちょうど良いからデススパイダーにしよう。あの敵は怖かった。
距離が遠い事もあって敵はまだ此方に気づいて居ない。外せば気付かれ、僕は危機に陥る。
一射で仕留める必要があった。狙いは頭部だ。
さあ、死んで貰おう。
心地良い緊張感に包まれながら、僕は一撃必死の矢を放つ。
宙を割いた矢が獲物に吸い込まれるのを見届けた次の瞬間、見えて居たデススパイダーの姿が消える。
あー、失敗だ。殺せてない。
僕の矢は、的には当たったが中心はほんの僅かに外していた。
ルール的には的に当てればOKらしく、最後の一射も引き分けと言う扱いになったけど、アレは僕の負けである。
何より僕の中で獲物を仕留められなかった事実は変わらない。
「凄いね、ユーディッド君。君の本気は確かに見届けたよ。ああ、本戦でもう一度君と競えるのが楽しみで仕方ない」
とても嬉しそうな笑顔を浮かべたフィオさんは、僕の手を握って何度も振る。
そう言えば此れは模範試合だった。つまり本戦は此れからなのだ。
え、僕、今日はもう疲れたよ?
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