少年と白蛇

らる鳥

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 出されたお茶はとても香りの良い物である。
 別にお客さんで来た訳じゃないんだけど、こんなに良いお茶飲んで良いんだろうか?
 僕が歓楽街の娼館を再び訪れた訳は、まあお土産を渡すついでに顔を見せに来たのだ。
 勿論営業してる夜じゃ無く、ある程度暇な時間があるであろう夕前に。
 つまりお土産以外には大した用事が無いのだけれど、でも娼館のお姉さん達にはとても歓迎を受けていた。
 何でも僕とカリッサさんが用心棒をしていた時は、お姉さん達の安心度も高かったらしい。
 通常の用心棒、黒服さんが居ない訳じゃ無いが、酔い過ぎておいたしたお客のを摘まみ出す程度なら兎も角、この前みたいな傭兵の相手は厳しいのだそうだ。
 あんなの早々ある事では無いのだけれど、それでも絶対に無いとは言い切れない以上、僅かであれ不安は残る。
 特に直接人質にされかけたシャーネさんは、未だに知らないお客さんには少し警戒してしまうと言う。
 とはいえ普通の冒険者や傭兵を雇うのにも心配はあった。
 娼婦を見下す人は論外だし、かといって娼婦に良い所を見せようとして張り切る人も駄目である。
 やって来るお客さんに対し、必要以上の圧力になる事も避けたい。
 外からの見方は色々あるけれど、此処は夢と快楽を与える場所なのだから。
 そうやって考えると、僕とカリッサさんはこの娼館の用心棒としては最適だったそうだ。
 メルトロさん以外のお客さんからも、僕等は何で居なくなったのかと、未だ良く尋ねられるらしい。
 近々冒険者ギルドに、僕とカリッサさんを指名して用心棒を依頼する心算だったそうで、町に居る時だけでも構わないから考えて置いて欲しいと言われる。
 手本となる用心棒が居れば、別の冒険者を雇っても見習って貰える様に言い易いのだとか。
 何だかとても人気者になった気分だ。
 僕は町にいたとしても他の雑用依頼に色々と手を出してるので、来れても週に一度程度でしかない。
 けれどカリッサさんなら、今の話を聞けばそれなりに都合を付けてくれるだろうとは思う。

 まあ仕事の話はさて置いて、僕の配ったお土産はとても喜んで貰えた。
 けれど此処のお姉さん達は誰から何を貰っても嬉しそうにするから、実際の所はわからないけど。
 けれど例え演技であれ何であれ、笑顔でお礼を言われるのはとても嬉しい。
 渡したお土産の一部、そのティーセットで、僕は今のんびりとお茶を戴いているのだ。
「いいなぁ、王国。私も一回見てみたい。私も冒険者になったら、ユーディッドちゃんと王国行ける?」
 そう問うて来るのは、隣に座って一緒にお茶を飲むシャーネさんである。
 正直、僕はお客さんじゃないから正面に座ってくれた方が話し易いのに。
 隣に座られると、微妙に体温も感じるし照れ臭いのだ。でもそれを言えば確実に揶揄われるであろう事も判ってるので、言わない。
 シャーネさんの言葉に、僕は彼女の綺麗な毛並みと柔らかそうな身体を見て、一つ頷く。
「うん、無理かな」
 即答は失礼かも知れないって少し思ったが、しかしどう見ても無理だった。
 仮に彼女が新人冒険者として登録したなら、かなりの確率で野垂れ死にしてしまうだろう。
 或いは下心と悪意に満ちた人達がワラワラ寄って来て厄介なトラブルになるとか。
 どちらにせよ碌な結果にはならない筈だ。
 シャーネさんはとても美人だけれど、冒険者には向いてない。
 そう考えれば、娼婦か冒険者かを天秤にかけられたルリスさんとクーリさんは恵まれてると言えた。
 別にどちらを選ぶのが良いとかの話では無く、選択肢を得られるだけの能力があるのが、恵まれてるのだ。
 仮にカリッサさんを鋼の板金鎧だとしよう。機能的な美しさを持ち、頼りになる。
 ルリスさんとクーリさんは綺麗に染色した革のマントと言った所だろうか。将来的には鉄の鎧になるのかも知れないけど、今は違う。
 そしてシャーネさんは、絹のドレス。価値の有無はさて置いて、冒険に持って行くのには選ばない。
 それに今の仕事が嫌なら兎も角、少なくとも僕にはシャーネさんはとても楽しそうに見えるから、冒険者って選択肢には首を横に振りたかった。
 勿論其処まで本気で言って無い、ノリで出て来た言葉なのは知っているけれども。
「もー、ユーディッドちゃんはダメな子だね! 女心をわかってない。私を助けてくれた時はあんなに格好良かったのに」
 シャーネさんは笑いながら、頬を膨らませて見せる。
 その仕草はとても可愛らしいが、でも、うん、女心はわからない。
 どうやったらわかるんだろうか。本に書いてあるとか、もしくは誰かが教えてくれたら良いのに。


 娼館の営業時間が近付いて来たので、お暇する事にした。
 シャーネさんには遊んで行かないかと誘われたが、子供扱いして揶揄うから嫌だと返す。
 宿に帰れば夕食もあるしね。
 外は寒いし、もう日も暮れかけている。人通りだって少ない。
 なのに僕の感覚には敵意が3つ触れていた。歩きながら、どうしようかと少し考える。
 敵意の主達は一定距離を保って、僕の後ろからついて来くる様子。
 気配の圧、尾行の拙さから察するに、ついて来てるのは多分大した相手じゃない。
 最近分かった事が一つある。
 クレンは割と強い。トーゾーさんやカリッサさん程じゃ無いが、中級を名乗るに十分な力量な筈。
 でも僕は、クレンとなら一応近接戦でも対等に戦えるのだ。つまり僕も中級を名乗れるだけの近接戦闘能力は持ってるんじゃないだろうかと。
 そう、最近気付いたのだ。
 いや弓でなら前から自信はあったけれど、剣でとなると周囲のレベルが高すぎて、今一自分の位置が不明だったから……。
 勿論調子に乗ると碌な事はないだろうから、あまり慢心はしないようにするけれど、恐らく後ろからつけて来る3人くらいは問題にならない、と思う。
 だからこそ、どうしようかを考える。
 素人に毛が生えた程度の尾行と言うのが面倒臭い。
 物取りならもう少しマシな尾行をする筈だ。そしてもし物取りやスリなら、警戒してる様子を見せるだけで僕を狙うのは諦めるだろう。
 でもこんな下手な尾行をする、それでも決して全くの素人ではないであろう相手なら、僕を個人的に狙ってる可能性が高かった。
 撒く事は簡単だけど、そうする事で別の誰かと一緒の時、そう例えばさっきのシャーネさんが娼館の外まで見送ってくれていた時等、を狙われるかも知れないのが嫌だ。
 ふと脳裏に過ぎったのはトーゾーさん。
 あの人なら何も迷わず斬る事を選ぶだろうと思う。
 出て来るように呼びかけ、出て来たら鼻で笑って挑発し、相手が武器に手をかけたらその手を斬り飛ばすのだ。
 そしてそもそも強盗とかだったら飛ぶのは手じゃなくて首である。
 僕はそう出来てしまうトーゾーさんを尊敬してるし、ある意味でとても正しい対応だとも思ってた。
 けれどそれ故に、あの振る舞いは真似出来ない。だってあれはトーゾーさんだからこそ出来る事だ。
 どんな事態も自分の腕で切り開いて、それが出来なかった時は笑って死ぬ、矜持の重さと命の軽さが成せる業。
 だから例え一晩牢屋で頭を冷やせと言われても、呵々と笑って冷たい床でごろ寝が出来る。
 僕にそんな覚悟は無かった。
 よし、成るべく流血は無しで済む様に動こう。そうして僕は冒険者ギルドもある中央通りへと足を向ける。
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