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しおりを挟む娼館での用心棒の仕事は、正直とても楽だった。
楽しいか楽しくないかで言えば、楽しい仕事だと思うのだけど、身体が鈍りそうなのが困る。
パラクスさん曰くおよそ3週間程は解決にかかるだろうとの事だったので、用心棒の仕事だけをしてたら確実に鈍るだろう。
なので僕とカリッサさんは1日交代で日中は外に出ると決めた。
勿論依頼遂行中なので別に他の依頼を受けるのではなく、冒険者ギルドの訓練所とかで自己鍛錬等に当てる為だ。
夜は僕もカリッサさんも揃って、娼館の中で手伝いをしている。
ボーイさんの格好をし、御客さんの案内をしたり、食事を運んだり、待機中のお姉さんとお喋りしたり、御菓子を貰って食べたりしていた。
此処のお菓子はとても美味しい。食事もそうだが、おおよその物が上質なのだ。
といってもあくまで本分は用心棒なので剣は腰に吊ってるから、偶にお客さんには驚かれてしまう。
僕は腰に吊ってるだけだが、カリッサさんなんて両手剣背負ってるしね。ボーイの恰好とのミスマッチで威圧感は逆に増してる。
此処のは割とお高いお店らしくてお客さんの層も品が良いけど、それでもカリッサさんは剣を背負ってなかったら少しはちょっかいを出されてたんじゃないだろうか。
カリッサさんって美人だし。
娼館のお姉さん達にも随分良くして貰っていた。
特に仲良くしてくれているのが、初日にこの娼館に来た時、僕の隣に座ったお姉さんで、名前はシャーネさん。
白い髪に赤い瞳、そして白猫の様な耳と尻尾で白が多めだ。性格もとても明るく、良く話しかけてくれるし、笑顔も見せてくれる。
この仕事を始めて3年程で、割と人気はある方なんだよと自慢してた。
彼女の笑顔を見てたら、人気があるのは当然だと思う。だって美人だし、話してたら元気くれる気がするしね。
一度試してみないかと誘われたが、丁重にお断りをする。
依頼中だからってのもあったけど、どう見ても子供扱いして揶揄って来てるし、なんかちょっとそれも悔しいから。
シャーネさん程じゃないけれど、あの日トーゾーさんの隣に居た人ともそれなりに仲が良い。
パロンさんって名前の、犬の獣人で、黒い髪に黒い瞳、黒い耳に黒いフサフサの尻尾と、黒尽くめのお姉さんだ。
仕事中以外は物静かなであまり喋らない人だけど、嬉しい時は尻尾が動くので判り易く、何だか可愛い人である。
あの尻尾はとても触りたい。
他には、何故かお客さんとも仲良くなった。
メルトロさんって名のお客さんなのだが、部屋に案内する際に何で帯剣してるのかを問われたのが切っ掛けだ。
依頼で用心棒として雇われてる冒険者だからと説明したのだが、あまり納得行かない様子でランクも問われる。
中級でランク4だと伝えたら大層な驚き様で、それからは顔を合わせる度に色々と話をする仲になった。
先日はご飯の相手も付き合ったしね。
多分冒険者目線での町の話を聞きたかったのだろうと思う。ご飯はメルトロさんの奢りだったので、話位は別に良いのだけれど。
メルトロさんはこの町の中央通りに商店を構える、結構大手の商人らしい。
とはいえ此処ではそんな肩書も関係ないし、僕にとっては気さくな助平のおじさんだ。
一度誰が可愛いかって話になったので、シャーネさんを推しておいた。
娼館と言う場所は、外の世界とは別世界だと思う。
お客さんは、別世界に夢を見に来ているのだろうからそれで良いが、用心棒として泊まり込む場合は、何というか少し落ち着かない。
だって泊まる部屋も一々豪華なんだもの。ああでも、気軽にお風呂が借りれるのはとても嬉しい贅沢だ。
ヨルムも凄く嬉しそうだし、こうやってお風呂に入るのが癖になったらどうしようって少し思う。
そんな風に少し楽しく穏やかにのんびりとした日々を過ごしていたけれど、僕が此処にいるのはあくまで用心棒の為で、念の為の備えだった。
そして万が一の念の為の備えって、割と備えのままには終わってくれなかったりする物である。
僕達が娼館の用心棒をする様になって2週間ほどたったある日の夕方、2人の男が娼館に押し込んで来たのだ。
とても運の悪い人達だった。
もう少し早い時間ならカリッサさんは出掛けていたのに。
まあもしカリッサさんが居なかったとしても、結果に大きく違いは出なかったかも知れないが。
エルサローネさんを出せと押し込んで来た2人は、運悪く入り口近くに居た店の女性、シャーネを人質に取ろうと手を伸ばすが、その顔に襲い掛かったのは僕の投げ付けたヨルムだ。
勿論人前なので大きくなったりは出来ないが、僕が蛇のヨルムを連れ歩いてる事自体は店の人達も知ってるから。
大口を開いて飛んで来たヨルムに、彼等が怯んだのは一瞬だった。でも一瞬あれば十分だ。
自分達を驚かしたヨルムに怒り、叩き切ろうとした男の首に、僕の剣が僅かに刺さる。
シャーネさんを人質に取ろうとした事、ヨルムを切ろうとした事、そして何より僕にヨルムを投げさせた事。
彼の罪を考えれば、僕が剣を止める理由は無かったが、でも此処で血を流す訳には行かなかった。
何故ならこの場所にはこの後少ししたらお客さん達がやって来るからだ。
正直パラクスさんが貴族は何とかすると言ってる以上、彼等の生死はどちらでも良いのだが、此処に来るお客さんは夢を見に来る。
そんな場所に血生臭い流血は似合わないと思う。
剣を突き付けた男は何かごちゃごちゃ言ってたけど、無視して残る片割れに告げる。
武器を捨てるか、この人を見捨てるかのどちらかを選べと。
選択を迫られた男は迷うような素振りを見せながらもチラチラと此方の隙を伺うが、その動きにカリッサさんが大剣を真上に掲げて見せると、蒼褪めた顔で武器を放り捨てた。
まああんなので殴られたら普通に死ぬしね。仕方ないと思う。
娼館を開ける時間が近かったので、大急ぎで拘束して個室へと運ぶ。
尋問の結果は雇われの傭兵だったので、町の守兵に突き出す事にした。暫く牢屋に入れて置いてくれるそうだ。
此れが私兵だったのなら、もっと利用方法を考えたのだけど、使い捨ての傭兵が相手では何かをするだけ無駄だろう。
その後はより警戒を密にし、いざって時は娼館内での流血も是との許可も得る。
けれど再度の襲撃が来る前に約束の3週間は無事に過ぎ、そしてパラクスさんとトーゾーさんの2人がライサの町に帰還した。
つまりパラクスさん曰く『何とかした』との事だそうだ。
後日口入れ屋、つまりはミステン公国盗賊ギルドライサ支部からパラクスさん宛に手紙が届いていたので、多分そちらの伝手で何かをしたのだろうとは思う。
でもパラクスさんがわざとぼかして言うのなら、聞くべきではないのだろうから、好奇心には蓋をする。
兎に角大事なのは、此れでこの娼館の人達が何時も通りの日々に戻れるって事なのだ。
そして僕等の用心棒生活もこれで終わり。
少しだけ寂しい気もするけれど、特にお菓子とお風呂が惜しいけど、それよりも冒険者らしく動きたかった。
動けなかった期間に色々すべき事が溜まっている。
さあ頑張るとしよう。
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