少年と白蛇

らる鳥

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 ミノタウロスは牛の頭部と、逞しい人間の男性の身体を持ったランク6の妖魔の名前だ。
 ただしそのサイズは、身長が並の人間の倍近くで、体重に至っては想像も出来ない。
 巨大な両刃の長斧を軽々と担いだその姿は、今の僕達にとっては正に絶望その物である。
 幸いなのは、向こうがまだ此方に気づいてない事だった。
 ミノタウロスの従える他の妖魔はハーピーが二体。弓を不意を撃てば、一体は速やかに数を減らせるだろう。
 残る一体も然程大きな問題にはならない。
 ……ただ只管に、ミノタウロスだけが問題である。
「ハーピーは任せて良いかな。ミノタウロスは私がやる」
 弓の奇襲で狙えるのは一体だけだ。ハーピーの移動速度的に、二射目は許してくれないと思われた。
 ならば少しでも数を減らした方が良い。そんな考えなのだろう。
 僕に異論は無い。ミノタウロスに勝てるとすればそれはカリッサさんなのだ。
「3カウントで射撃と同時に飛び出すから、いいね? 行くよ。3……、2……」
 カリッサさんの声を聞きながら、心を静めて矢を番えた弓を引き絞る。
 外す筈が無い。命中させれる確信があった。
 より重い荷物を背負ってくれるカリッサさんの前で、無様に外せる筈が無いのだ。
「1……ッ!」
 スッと、矢を放つ。宙を割いて飛んだ矢は、ハーピーの胸、恐らくは心臓があるであろう部分を完全に貫通する。
 同時に駆け出したカリッサさんの闘志に、気付いたミノタウロスが大きく口を開く。
「ブモォォォオオォ!」
 其れは鳴声じゃなくて咆哮だ。音が、空気が、物理的な圧力となって飛んで来るかの如き迫力。
 けれどそんな咆哮もカリッサさんの足を止めるには到底足りない。振われたグレートソードと、ミノタウロスの両刃の長斧が火花を散らして噛み合う。
 勿論僕にはその戦いを眺めてる暇なんてない。
 残るもう一体のハーピーが此方を目掛けて突っ込んで来る。
 僕は盾を構え、剣を引き抜き迎え撃つ。

 敵が空を飛ぶってのは、それだけで厄介だ。
 空を飛ばれる事で生じる不利は、手の届かない位置への避難や、防ぎ難い角度からの、重力を味方につけた攻撃等々、幾つも簡単に思いつく。
 でも僕とハーピーの相性は然程悪い物じゃ無かった。
 何故なら僕は弓を使う。
 目の前で一撃で仲間を撃ち殺されたハーピーは、距離を取れば自分も同じ目に合う事を、中途半端に理解して恐れている。
 だから成るべく離れずに、空を飛ぶ有利を活かし切れずに接近戦を挑んで来るのだ。
 無論空を飛ぶ有利が全て消えた訳じゃ無いけれど、周囲に建物が多くて足場が得れるこの状況なら、壁を蹴り、飛び上がれば一瞬ではあるがハーピーの上に飛び上がれた。
 振るう刃が、ハーピーの細い首を刎ねる。
 しかしそれとほぼ時を同じくして、カリッサさんが地を転がった。
 ミノタウロスの強力な長斧での薙ぎ払いを、剣で受けて弾き飛ばされる。
 僕はハーピーとの相性は良かったけれども、カリッサさんのミノタウロスとの相性は、戦って初めて判った事だが極端に悪い。
 両者の膂力、個体の出力に大きな差が無くとも、体格には両者に大きな隔たりがあった。
 当然の事だが、出力が同じでも体格が大きければ遠心力等で繰り出す一撃の威力は跳ね上がる。
 其れがカリッサさんがミノタウロスに力負けした理由。
 そして此れまでカリッサさんは、戦いの最中に力負けをした経験がほぼ皆無だったのだ。
 彼女に技が無い訳じゃ無い。でもそれは、力で勝る事を前提に敵を追い詰める技が殆どで、今の様に力負けした際に仕える技術は極端に乏しかった。
 ミノタウロスの牛頭が、勝利を確信して愉悦に歪む。
 カリッサさんの表情は未だ戦意は折れていないが、でもこの状況を覆す手立ては思い付いてない様子だ。
 確かミノタウロスはオスしか存在しない種族で、増える為には人間を使うと聞いた事を思い出した。
 其れを思い出した瞬間に頭に熱い血が上り、でも逆に心はスッと冷たくなった。覚悟を、決めよう。
 僕は手で胸を二回叩くと、ミノタウロス目掛けて駆け出す。

 接近者に気付き、斧を振り被るミノタウロス。
 斧の大きさ、圧迫感は凄まじい。でも大振りだ。軌道は丸見えで、どこから降って来るのかは一目でわかる。
 僕が避けた横で、地面が爆ぜた。
 多分このミノタウロスにとって、小さな僕は取るに足らない、敵にもならない相手なのだろう。
 僕はその地面の爆ぜた勢いを利用して飛び、ミノタウロスの身体に右手を突いて叫ぶ。
「ヨルムッ、お願いっ!」
 次の瞬間、一瞬で巨大化したヨルムがミノタウロスの身体を締め上げた。
 巨大な質量のぶつかり合いに、僕は弾かれ地を転がる。
 けれど役目は既に果たしたのだ。
 カリッサさんが勝てない以上、ヨルムに頼る以外に手段は無い。此れはもう動かしようが無かった。
 しかしあの巨大な斧を振り回すミノタウロスを相手にすれば、牙や絡み付きを武器にするヨルムはリーチの長さで不利である。
 故にあの斧の間合いの内側まで僕がヨルムを運ぶ。それが先程の行動の意味だ。

 だがミノタウロスは僕が想像した以上に手強く、しぶとい存在だった。
 締め上げながら噛み付こうとしたヨルムの顔を、ミノタウロスは斧を捨てた両手で掴んで握り潰そうとする。
 力負けした方がそのまま命を奪われる、巨大な存在同士のぶつかり合い。
 でも僕にその力比べの結末を待つ心算は欠片も無かった。
 ヨルムは僕の大事な相棒だ。その相棒の窮地を黙って見てられる訳が無いじゃないか。
 僕は心底腹を立てていた。カリッサさんも、ヨルムも、傷つけたミノタウロスの存在その物に。
 弓を手に取り、矢を番え、引き絞る。
 例え僕がミノタウロスに取ってちっぽけな存在であろうとも、一矢報いる事位は出来るのだ。
 放った矢が貫くは、ミノタウロスの右目。
 痛みと混乱にミノタウロスの手が一瞬緩み、そしてその隙を逃さずヨルムの牙が敵を捉えた。猛毒のたっぷりと浸み出した、死の牙が。


 僕とカリッサさんは、二日探索をしては一日休むペースでミズルガでの生活を送り、十五日目にこの町を後にした。
 結局心の底からの危機に追い込まれたのは、あのミノタウロスと遭遇した日のみだ。
 僕もカリッサさんも、今回の探索で大きく成長はしたと思う。そんな意味でも、後は金銭的にも、今回の古代都市への遠征は有意義だった言える。
 でも同時に幾つもの課題も見つかった。勿論課題、自分達に足りない部分が見つかるのは良い事なのだけれども。
 その足りない部分を埋める修練の為にも、やはりそろそろ一度ライサの町に戻った方が良いと二人の意見が一致したのだ。
 ガラガラと馬車に揺られながら、僕は服の上からヨルムを撫でる。
 あの古代都市がヨルムと何らかの関係があったとしても、其れを知る為にはまだまだ僕は力が足りないだろう。
 強くなりたかった。本当に、強く。 



 ユーディッド
 age13
 color hair 茶色 eye 緑色
 job 狩人/戦士 rank3(下級冒険者)
 skill 片手剣4(↑) 盾3 格闘術3 弓5 野外活動4(↑) 隠密3(↑) 気配察知3 罠2(↑) 鍵知識2(↑) 調薬1
 unknown 召喚術(ヨルム)
 所持武装 鋼のブロードソード(高) 鋼のショートソード(高) 革の小盾(高) 複合弓(高) 中位魔獣の毛皮マント(高) 革の部分鎧(高)


 ヨルム
 age? rank7(↑)(高位相当)
 skill 縮小化 巨大化 硬化 再生 毒分泌 特殊感覚
 unknown 契約(ユーディッド)


 カリッサ・クラム(guest)
 age18 
 color hair 赤色 eye 赤色 (skin 褐色)
 job 神官(食神)/戦士 rank5(中級冒険者)
 skill 両手剣5 片手剣3 槌鉾3 格闘術3 神聖魔法6 野外活動1 気配察知2 調理4 乗馬3 その他
 unknown 食神の祝福(身体能力上昇、食料消費3倍)
 所持武装 鋼のグレートソード(高) 鉄の槌鉾(並) 鋼のコートオブプレート(高)


 ミノタウロス(enemy)
 rank6
 牛頭人身の怪物。身長が人間の倍近くある巨大な妖魔。
 知能が高く、寿命も長く、古代遺跡等に単独で棲む事が多い。
 オスのみが存在する種族であり、生贄として捧げられたり、捕まえた冒険者等の女性を使って繁殖する事がある。


 オーガ(enemy)
 rank5
 別名人食い鬼と呼ばれる強力な妖魔。
 特殊能力等は特にないが、怪力で生命力が強く、単純に強い。
 単独での行動が多いが、稀に群れを作る。


 ハーピー(enemy)
 rank4
 鳥と人の合いの子の様な姿をした、有翼の妖魔。
 鳥の部分以外は人間の女性に良く似ている。
 飛行を行えるため、対抗手段を持たなければ厄介な存在。



 此れまでの経験や訓練によりユーディッドの片手剣、野外活動、隠密、罠、鍵知識が上昇しました。
 ユーディッドの成長によりヨルムの力が増し、高位相当の力を発揮できるようになります。
 カリッサ・クラムのステータスが更新されました。
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