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しおりを挟む古代都市ミズルガを擁するハルサウスの国は、この近隣の小国家群の中ではドワーフの国に次いで有名な存在だと言えるだろう。
人が神に導かれて暮らした古代期に、そこにはとある国の首都が在ったと言われている。
いや、今も形だけは残っているのだ。都市一つ全てが古代遺跡としてではあるけれど。
都市の中は湧き出た魔物や、守護者たる魔導生物がうようよとしている危険地帯らしいと聞く。
けれど古代遺跡は同時に宝の山でもあるのだ。
宝を狙う冒険者、冒険者を相手にする商売人等が、古代都市の城壁の外に更に城壁を築き、新しい町を作ったのだとか。
この新しい町も名前はそのままミズルガと言うのだが、ややこしいので遺跡の方は古ミズルガ、人の町は新ミズルガと呼ぶらしい。
多くの冒険者が新ミズルガを拠点に古ミズルガの攻略を行っているが、未だに外層、中層、内層と分けられた、内層部に達した冒険者は皆無なんだそうだ。
そんな場所に、僕が挑んで、果たして本当に大丈夫なんだろうか?
揺れる馬車の中で僕は、眉根を寄せて考えてた。
何が面白いのかはわからないけど、カリッサさんは正面の席から考える僕をニコニコしながら眺めている。
まあ馬車にも乗ってるのだし、今更後戻りは出来ないのだけれど、少しだけため息が漏れた。
ミズルガのあるハルサウスの国へは、ミステン公国のライサの町から馬車で10日程南に行った場所にある。
冒険者であるからって馬車代が半額になったのは嬉しい。勿論魔物や何かが出て来た時は、防衛に協力する前提での半額料金だ。
されど基本的にはお客さん扱いなので、旅は非常に楽が出来ていた。
馬車で街道を行く旅は、徒歩に比べれば安全である。1日で移動可能な距離が長い為、村や町に辿り着けずに野宿する事が少ないからだ。
昼間の街道には魔物も然程出現しない。仮に出たとしても生半可な、下位の魔物程度じゃカリッサさんの相手にはならないだろう。
野盗だって同じ事だ。
なので今回の旅は非常に安心感があった。
それにカリッサさんはヨルムの事を知っているので、共に食事を取る際にも気を使う必要が無い。
それどころか彼女は積極的にヨルムを可愛がってくれている。そういえば、クーリさんもヨルムと遊ぶのがお気に入りだったな。
折角の他国までの遠出なのだから、ライサに帰る時には宿のおじさん、薬屋のエルローさん、ガジルさん一家にマーレンお爺さんに孫のクレン、マルゴットお婆さんにもお土産を買わないと。
勿論ルリスさんとクーリさんにもだ。トーゾーさんとパラクスさんは……、いつ会えるかわからないしまあ良いか。
今回の旅で一つだけ苦労があったとするなら、時折カリッサさんの為の食材を狩る必要がある事くらいだろう。
カリッサさんは本当に驚くほどに食べるので、自由時間の度に森や草原で、鳥や兎を仕留める必要があった。
幸い僕は獲物を取るだけで、料理自体はカリッサさんがとても上手なのでそこは助かる。
同じ馬車の乗客にも御裾分けをする事で大分打ち解け、10日間の旅の期間は僕の想像以上に早く過ぎ去って行く。
新ミズルガの町は、ライサの町に比べても人が多く、そして人の数以上に熱気と活気に充ち溢れていた。
普通に建物の店も多いが、露店もびっくりする位に多い。行き交う人の多くが何らかの武器を携えている。
「こら、ユー君。あまりキョロキョロしてるとスリに狙われるからやめなさい。物珍しいのはわかるけどね。でも先ずは宿を探そうか」
妙に旅慣れてる風のカリッサさんに連れられて、町を歩く。
そういえばカリッサさんは西部の巨大国家、マイレ王国の騎士階級の出身だと言っていた。
彼方の都市ならばこの程度の活気は珍しくないのかも知れない。
少し悔しい気もしなくは無いが、旅慣れた人間と一緒である事は素直に心強い。
何せカリッサさんと来たら、魚が食べたいって理由だけで海を目指して旅をする人間なのだ。
僕も海は話にだけしか聞いた事が無いので、何時か行ってみたいと……、
「っと」
すれ違いざまに、不意を突いて伸びて来た腕を、手首を握って止める。
その腕の持ち主は、何とも印象に残り難そうな普通のおじさんだった。
思わず、暫し見つめ合う。
「…………スリ?」
僕の呟きに我に返り、慌てて逃げ出そうとするおじさん。
でもしっかりと手首を捕まれてる為に、逃げようとしても僕を引きずるばかりである。
ああ、どうやら本当にスリだったらしい。
「如何したユー君! おのれキサマ、彼に何をした!!!」
あ、拙い。僕の異変とスリのおじさんに気付いたカリッサさんが、拳を固めてやって来る。
少し悩むが、此処でスリを捕まえたとして町の守兵に突き出しても、面倒な手続きでご飯を食べれる時間が遅くなるだけだ。
このおじさんだって、自業自得であろうとあまり好ましい結果にならないだろう。
……それ以前にカリッサさんの腕力でボコボコにされる可能性も高い。
未然に防がれたスリ程度で受ける代価としては少々重すぎる気もする。それに町中での暴行騒ぎともなれば、やっぱり守兵に事情を聞かれて御飯の時間が遅くなるかな。
よし、逃がそう。
「スリのおじさん、逃げて良いよ。でももう僕は狙わないでね」
手を離し、小声で囁く。ガクガクと首を縦に振りながら、カリッサさんの剣幕に恐れをなしたスリのおじさんは、全力で路地の向こうへ駆けて行く。
どうやらこの新ミズルガの町の治安は、そんなに良くはなさそうだった。
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