少年と白蛇

らる鳥

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 川熊の皮を鞣して造られた青いマントは、とても見事な出来だった。
 水の魔力を宿すと言われるのも本当みたいで、錬金術師や魔術師に付与の魔術でもかけて貰えば品質は更に上の物になるらしい。
 でも付与の魔術を施せる術師なんて、公都にでも行かなきゃ見つかりはしないとの事だったので、見送りにする。
 将来、ルリスさんとクーリさんが公都にも行く位に成長して、それでもこのマントを使い続けようと思うなら自分達でそうすれば良いと思う。
 ルリスさんとクーリさんは贈り物を大層喜んでくれたので、その喜びようは僕も嬉しかったのだけど、必要以上に大事にし過ぎない様にとの言葉を添える事にした。
 確かにこの青いマントは良い物だけれど、身を守る為の装備なんだからより良い物を入手出来るなら買い替えて行くのは当然だ。
 勿論より良い品を手に入れられる位に冒険者として成長出来たらの話だけれど。
 ……少し煽る様でもあるが、彼女達が順当に経験を積めば、僕程時間をかけずにランク3にはなれるだろうと思う。
 その先は僕にとっても未知であるから、具体的な事は言えないけれど、今僕の居る此処まではそう遠くなくやって来れる筈。
 彼女達と知り合う切っ掛けになった冒険者としての仕事を教える依頼も終わりだが、だからって一度結べた縁が切れる訳じゃ無い。
 何か困った事があれば相談位は乗り、多少なら力にもなる心算である。僕が多くの先輩にそうして貰った様に。
「二人とも、本当におめでとう。今度からは冒険者としてよろしくね」
 まあ逆に僕が頼る事もあるかも知れないし、信用の出来る同業者は有り難い物である。

 で、終わりに出来れば綺麗だったのだが……、僕は何故か今冒険者ギルドの訓練所に居た。
 言い出したのは、贈り物を渡す時に新人冒険者を見てみたいとついて来てたカリッサさんだ。
 彼女は僕がルリスさんとクーリさんにマントを贈る様を少し羨まし気に眺めていたのだけど、そもそもカリッサさんは僕より上の獲物を仕留めれる人である。
 それについ先日川熊の肉をモリモリと食べてたのだし、気にせず放置していたのだけど、贈り物や話がひと段落ついた途端、急に皆で訓練をしようと言いだした。
 多分話について行けないのが少し寂しくて、何か出来る事をしてくれる気になったのだと思うけれど、ちょっと困った。
 カリッサさんは優しいし面倒見が良い。それに関しては疑う余地は無いのだ。……以前はちょっと疑ってたけど。
 でも問題は、彼女が体質的に人並み外れた怪力で、手加減とかがあまり上手そうに見えない事にある。
 けれどルリスさんとクーリさんの二人が大喜びで提案に乗っかってしまった為、今更一人だけ抜ける訳にもいかないだろう。
 確かに冒険者になったばかりの二人が、中級の冒険者に訓練を付けて貰える機会があったなら喜ぶのもわからなくもない。
 まあ仕方ないので覚悟を決めるとしよう。
 カリッサさんには少失礼だけれど、格上の魔獣辺りを想定した訓練には丁度良いかも知れないし。
 景気良く吹き飛ばされて来たルリスさんを受け止めて、僕は軽く溜息を吐く。
「さあユー君。次は君の番だよ。どれだけ腕を上げたのか見せて貰おう!」
 対魔獣訓練って考えるなら、弓で撃っちゃダメかな……。


 唸りを上げて宙を割く木剣を、僕は身を反らして何とか避ける。
 訓練なのでカリッサさんは普段の獲物である両手剣では無く、片手用の木剣を使用してくれていた。
 片手剣を使用する前提ではあるけど、僕とカリッサさんの剣の腕はほぼ変わらない。
 本来ならば木剣一本の彼女よりも、盾も使う僕の方が有利な筈。
 けれど実際には僕はカリッサさんに対して防戦気味に追い込まれている。
 その理由は唯一つ、身体能力、特に膂力の差がありすぎるからだ。
 彼女の斬り込みを木剣で受ける事は許されない。木剣が砕けるか、諸共に押し潰されるか、どちらかの運命を辿る事になる。
 技量に勝れば受け流す等の方法も取れるのだけれど、近しい技量の相手ではそれも難しかった。
 勿論打ち合わせる等論外だ。僕が剣を使えるのは、相手に隙が出来た攻撃のチャンスでのみ。
 そんな酷い条件で何故持ち堪えられているのかと言えば、やはり盾の存在が大きいと思う。
 肘を折り畳んでほぼ体にくっつける様な位置に盾を構え、カリッサさんの斬り上げを受け止めて、自ら後ろへと大きく飛ぶ。
 盾での防御法は幾つかあるけれど、僕が考えるに基本的なのは3つだ。
 一つ目は敵の攻撃を受け止める。此れが最も基本となる使い方だと思う。
 注意するべき点は自分が力を乗せやすい位置で受け止める事だ。
 僕の場合は力負けしやすいので、受け止めた後に盾を使っての押し合いをしない為、基本的には成るべく体に近い位置で受け止めて踏ん張り易いようにしている。
 二つ目は敵の攻撃を弾く。
 敵の攻撃が勢いに乗り切る前に、盾をぶつけて攻撃の方向を変えたり、弾き飛ばして敵の体勢を崩す技法だ。
 そして三つ目は敵の攻撃を滑らし、逸らす。
 此れは敵の攻撃に対して盾で角度を付けて受け、滑らせ流す防御法である。
 当たり前の話だが、攻撃の威力を一番伝えやすいのは、対象に対して正面に近しい向きからだろう。
 例えば、自分に対して鋭角になって置かれた板を殴り付けるのは難しい。
 そうした状況を盾を使って作り出すのがこの3つ目の方法なのだ。
 そして、カリッサさんと僕の様に膂力の差が大きい相手に対して有効なのも、この3つ目の防御法だと思う。
 でも僕は敢えて此処までずっと一つ目の受け止めるでのみ彼女の攻撃を防いで来た。
 その理由は、勿論真っ当にやり合えば僕に勝ち目が無いからだ。
 意外と粘る僕に対し、カリッサさんは少しずつ焦れて来てる。先程から盾にぶつかる威力が増して来ているのがその何よりの証拠だろう。
 このままだと何れ盾が砕けるかも知れないが、もう少しの辛抱だ。
 カリッサさんがもう少し本気の打ち込みを行ってきたその時こそ。 

 振るわれた木剣が、僕の構えた盾の表面を滑って逸れる。
 今まで敢えて角度を付けずに受け止めては吹き飛ばされたので、今回も当然そうなると考えてたカリッサさんは逸れた攻撃に引っ張られるように体勢を崩す。
 此れは今の僕がカリッサさんに勝てる、最初で最後の好機だろう。
 攻撃を何度も盾に阻まれて、少しずつ加減の量が減って来てたからこそのカリッサさんのミスである。
 そんな彼女に対して、僕の放った攻撃は刺突。
 真っ直ぐ、最速で、体勢を崩したカリッサさんを仕留めるには最適の攻撃……、の筈だったのに、その攻撃が届く直前に、僕は腹部に重い衝撃を受けて崩れ落ちた。
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