少年と白蛇

らる鳥

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 少し急いだ事もあり、無事に大量の薬草類を袋に小分けにして、背嚢に詰め終わる。
 けれど矢張りあまり良くない予感は当たる物で、作業を終えた僕が一息吐いたその瞬間、ヨルムがシュルシュルと警告を声を発した。
 即座に手荷物を捨て、弓を手に取り矢を番える。
 事前にゴブリンと装具する可能性を話していたからだろう。有り難い事に連れの二人もすぐさま僕に倣って武器を構えてくれた。
 気配を探るまでも無い。既にあちらも此方に気づいており、物音をまき散らしながら真っ直ぐに向かって来ているのだから。
 向かって来るゴブリンは想定通りに3匹。
 もう距離は大分潰されているが、焦りは禁物だ。一矢撃てればそれで良い。
 けれどこの一矢で確実に仕留める心算で、僕はゴブリンの中から鉄製の斧を持った一匹、一際体の大きなソイツを選び出し、射る。
 僕にとっては外し様も無い距離だ。矢は狙い通りに正面からゴブリンの喉を貫いた。
 獲物を確実に仕留めた必殺の手応えだったが、喜んでいる暇は無い。他の二匹が迫っているのだ。
 更に残る二匹を選別する。
「二人は右のゴブリンを! 左は僕が片付けます」
 僕の指示に、ルリスさんとクーリさんはまっすぐ右のゴブリンへと向かう。
 右のゴブリンは、剣を持った左のゴブリンに比べて体格こそは少しばかり大きいが、武器は粗末な棍棒だった。
 剣を持った個体も彼女達を狙おうとしたが、割って入り、蹴りを入れて引き剥がす。


 けれど思った通り、ルリスさんとクーリさんの二人はゴブリン相手に苦戦をする事になった。
 仲間を殺されても怯まないゴブリンの欲に満ちた害意をまともに向けられ、クーリさんが怯んでしまったのだ。
 盾を持ち、持久力にも優れ、敵を引き付ける役割を担うべき彼女が士気を挫かれるのは非常に拙い。
 仮に攻撃を受けたなら、自分を守る為に無理にでも体が動いたかも知れないが、其処でルリスさんがクーリさんを守らんと前に出てしまった。
 その行いは良性だ。怯えた友人を守る為に身体を張る行為を、悪いとは僕には到底言えない。
 でも冒険者としては明らかに間違っている。
 クーリさんが対等の仲間であるならば、ルリスさんが行うべきは彼女が動けると信じて回り込み、ゴブリンを挟撃する事だった。
 其れこそが仲間へのフォローにもなったのだが、普段の二人の関係性、ルリスさんの責任感と気の強さ、そして友への情が判断を間違った方向に走らせてしまったのだ。
 結果、ルリスさんは一人でゴブリンを相手取る。
 僕の見立てでは、彼女達は二人掛かりならゴブリン一匹に問題無く勝てる程度、つまり一人で勝つのはかなり難しいと言わざる得ない。
 既にもう一匹のゴブリンの始末を終えていた僕は、介入を少し考えたけれど、だけどじっと我慢を選ぶ。 
 だって今割って入ったら、彼女達はそれぞれミスをして、それを僕がフォローしただけの結果に終わる。
 きっとそれじゃ何も掴めない。此れが無駄な危機になってしまう。
 だから彼女達自身で、この状況を好転させる必要があった。
 多分此処で待ちに入れる僕は、ルリスさんと違って薄情かも知れない。
 年齢の近い二人を見て友人が欲しいと思ってたが、ルリスさんやクーリさんと、彼女達みたいな友人になる事は出来ないだろうと実感させられる。
 冒険者としての判断に従う僕は、クーリさんが動き出すのを、ルリスさんが凌ぐのを、ただ黙って見守るのみだ。

 状況が変化したのは、ゴブリンの攻撃をしのぎ損ねたルリスさんが、棍棒での一撃に地を転がる事になった時だった。
 攻撃の手応えにゴブリンの表情が、嗜虐心に満ちた愉悦に歪む。
 少しずつ追い詰められていく獲物の姿に、恐らくその脳内では都合の良い未来ばかりを思い描いているのだろう。
 ゴブリンは知恵ある妖魔だが、多くの個体はとても視野が狭い。もう仲間を始末した僕の存在など脳内から消えている様子。
 頭の良い個体がグループを支配していた場合等は悪知恵が働き、非常に手強い相手となるが、個々は目先の戦いや欲に直ぐに釣られてしまうのだ。
 そしてそんなゴブリンが僕以外にも一つ、すっかり見落としている人が居る。
 ずぶり、とゴブリンの背に突き込まれる剣。
 不意打ちとなる一撃を突き刺したのは、ゴブリンに怯んでた筈のクーリさんだった。
「ルリちゃんごめんなさい!」
 恐らく友人が危機に陥った姿に、怒りが怯えを上回って我を取り戻したのだろう。
 先の一撃は浅かったようで、暴れるゴブリンが強烈な怒りをクーリさんに叩きつけるが、彼女も今度は怯みはしない。
「クーリ……、大丈夫よ。まだ行けるわ」
 友人が稼いだ時間に、ルリスさんがよろめきながらも立ち上がった。
 改めて戦いは仕切り直しだ。
 二人の位置はゴブリンを挟み、自然と挟撃を行える位置取りが完成している。
 つまり最初の想定通り、彼女達二人は順当にゴブリンを追い詰めて行き、暫く後に勝利を納めた。
 僕の口から深い安堵の息が漏れる。握っていた手の汗を拭う。
 彼女達に言うべき事は幾つもあるが、その多くは後回しでも構わない。
「お疲れ様。後、おめでとう。反省は色々あると思うけど後にして、取り敢えず町に戻りましょう。報酬が待ってる事だし、ね」
 先ずは成した事への称賛と、そして報酬だ。


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