少年と白蛇

らる鳥

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「ユーだー!」
「ゆーらぁ!」
 僕を見るや否や、体当たりの様に飛びついて来たメーラさんの息子、5歳の男子であるシュラを受け止める。
 そんなシュラを真似て妹のシュリもてこてこと走って来るので、此方はがばっと抱え上げた。
 シュリはきゃっきゃと笑いながら僕をバシバシ叩いて来るが、別に全然痛くない。
「こら、シュリはママに叩かれたら痛いよね? 他の人も叩かれたら痛いんだよ。だから叩くのはダメ」
 でも痛くなくても人を叩くのは悪い癖なので、軽く叱っておでこを指で突っつく。
 まだ理解出来ないかも知れないけれど、ちゃんとその場でダメだと言い聞かせる事が大事だ。
 シュリを右手で抱えたまま、もう左手でシュラの手を握り、僕はメーラさんへの挨拶へ向かう。
 僕が昔住んでた村では、小さな子供の面倒は、ある程度の分別が付く様になった年齢の子供達で見るのが当たり前だった。
 貧乏な村だったから、親は父も母も農作業やらなんやらで忙しく、僕に至ってはそもそも母を亡くしてる。
 故に僕も赤子や幼児、年少者の面倒は当たり前に見て来たから、2人の子供の世話を見る位は容易い。
「ああユー、来てくれたんだね。助かるよ。ありがとう。昼の用意は台所に置いてるよ。夕方前には戻るから、それまでウチのをよろしく頼むね」
 僕を見て、メーラさんも笑顔になった。
 外せない用事があったのだろう。ほっとした顔をしている。
 冒険者の妻であるメーラさんも、結婚して子供が出来るまでは冒険者をしていたらしい。
 だからって訳では無いだろうけど、この一家には気に入られ、度々シュラとシュリの面倒を頼まれていた。
 勿論メーラさんに用事がある度に確実に来れる訳じゃ無いのだけれど、預け先の候補の一つ位には考えて貰っている。

「夕方前ですね。わかりました。あと申し訳ないんですが、またガジルさんの手が空いた時に訓練をお願いしたいとお伝えください」
 そう、今僕がお願いしたこそ訓練がこの依頼の余禄であった。
 ガジルさんはメーラさんの旦那で、この町ではトーゾーさんと1、2を争うハイレベルな戦士だった。
 熟練の斧使い、片手斧と盾、両手斧、或いは投げ斧と対応力の幅が広い彼は、一部からは寧ろトーゾーさんよりも評価が高い。
 正面切って斬り合えばトーゾーさんに勝てる戦士はこの町には居ないが、でもあの人は不得手な物も多いのだ。
 子守依頼を引き受ける様になった最初の頃に、僕の状況を聞いたメーラさんが指導者としてガジルさんを紹介してくれたのである。
 それ以降、時折冒険者としての訓練をガジルさんにお願いしていた。
 先日の護衛依頼で訓練が必要だと感じた僕にとって、だからこそこの依頼は渡りに船であったのだ。
 ちなみに僕は子供の面倒を見るのに慣れているが、それに負けず劣らずヨルムも2人の、特にシュリの面倒を見るのが上手い。
 僕がシュラと取っ組み合って押し合いをしている間、ヨルムがシュリと遊んでる。
 子供を決して噛まないし、人の言葉を理解してるし、寧ろ悪い事をしたら丁寧に叱るのも知っているので、メーラさんもヨルムが2人の面倒を見る姿を見ても何も言わない。
 最初は驚いてたけど、ヨルムが明らかに普通の蛇でないと理解しても、それ以上の詮索はして来なかった。
 顔を赤くして踏ん張るシュラの力に、わざと押し負けて二人でごろりと地面を転がる。
 シュラは5歳にしては割と力が強い。父親の血だろうか?
 顔はシュラもシュリも美人お母ちゃんのメーラさんに似ているので良かったと思う。
 ガジルさんは、そう、見た目で誤解を受けやすいタイプだから。

 昼は羊の腸詰と麦粥を温めて二人に食べさせる。
 メーラさんは僕とヨルムの分も昼食を用意してくれていた。とても有り難い。
 でも腸詰の魅力は皮である腸を噛み破った時に溢れ出る汁気だと思うのだけど、ヨルムはやっぱり丸飲みなんだね。
 二人には、特にシュリには腸詰は充分に冷ましてから与える。腸詰は口の中を火傷し易い。
 麦粥は塩味だけじゃ無く、何か別の味もする。なんだろう、干し肉か何かを煮た汁で粥にしてるんだろうか。
 子供達は胃袋が満ちたら、今度は眠たそうな顔だ。
 多分午前中に何時も以上にはしゃいだのだろう。片付けをする間をヨルムに世話を頼んだら、あやして寝かしつけてくれていた。
 あまり沢山寝させると、夜眠らずにメーラさんが困るだろうけど、少し位は良いだろう。
 午後の時間は、ゆっくり穏やかに過ぎて行く。


「小僧、動きが単調だ。折角の訓練なんだからもっと色々考えて試してみろ」
 僕が振り下ろした木剣を、棒で軽く捌いた厳つい顔の冒険者が言う。
 その言葉に応じる様にもう一歩踏み込み、逆手の盾で腹部を殴り付ける。
 本当は顔を狙いたいが、僕と相手の身長差故に無理なく狙える個所はそこしか無い。
 だから防がれるのも判ってた。攻撃が来る場所が限られるなら、膂力に劣る相手からの盾での殴り付け等は脅威にならないだろう。
 けれど腹部への攻撃を防いだならば、更に其の下への視界は一瞬塞がれる。
 僕は相手の膝頭に蹴りを入れて、その反動で後ろに下がった。
 今のはちょっと上手く動けた気がする。余り効いた気もしないけど……。
「よし、さっきのは割とマシだな。でもまだまだ軽い。じゃあ次はこっちから行くぞ。ちゃんと防げよ」
 やっぱり効いてなかった。冒険者、ガジルさんの宣言に僕は慌てて防御を固め、そしてあっさりと地に転がる。

 二人の子供の遊び相手をして数時間、メーラさんはガジルさんを伴って帰宅した。
 何でも折角訓練するなら今日の間が良かろうと、早目に依頼を終えていたガジルさんをギルドから引っ張って来てくれたらしい。
 メーラさんは元冒険者だけあって割合に強引だ。
 見た目は美女と野獣って感じだけど、ガジルさんは完全に尻に敷かれてると思う。
 ガジルさんは僕に半日ほど二人の面倒を見てた礼を言うと、ギルドの訓練場へ僕を誘ってくれた。
 訓練中は、ヨルムは僕の脱いだマントの中から此方を見てる。そうしないと僕が何度も床を転がされるのでヨルムも痛い思いをするからだ。
 自分から頼んだ話で、とてもありがたい事なのだけど、訓練の時のガジルさんは本当に容赦がない。
 手加減が絶妙なので後に引きずる様な怪我はしないけど、打ち身や擦り傷は当たり前で、短い時間でも首まで泥に浸かってるかの如く疲労するまで扱かれる。
 此方の実力と体力の限界を見極めるのが上手いんだろう。
 その厳つい見た目も相まって、訓練中のガジルさんは本当に鬼にしか見えない。
 でもそうで無ければ意味が無いのだ。
 例えば、他に訓練に付き合ってくれそうな人には神官戦士のカリッサさんがいるけれど、彼女は僕に甘くて尚且つ手加減が下手だ。
 だから訓練に付き合って貰っても追い込んでは来ないだろう。
 日頃の日課程度の鍛錬ならそれでも良いのだけど、実力を上げる為の本気の訓練は其れではダメだ。
 しかしカリッサさんに本気の訓練を頼めば、下手をすれば怪我では済まないだろう。
 あの人の剣は受け手を宙に舞わす程の威力がある。刃の無い木剣同士で打ち合っても、彼女の膂力は充分な凶器だ。
 僕はカリッサさんを怖がらないし、怖くないと言ったけど、でもだからって訓練で事故死をしたくはない。
 もっと僕に受けや止めの実力が付いて来たなら話は変わるかも知れないが、今は未だそんな無謀に挑戦しないのがお互いの為である。
 ……よし、もう少し頑張ろう。

「あのな、小僧」
 ガジルさんは僕が受け止めやすいようにわざと少し速度を落として棒を振り下ろす。
 僕はその振り下ろしを剣で受けようとして、けれどその意外な重さに体勢を崩される。
 そんな僕にガジルさんは小さく溜息を吐いて、続きを口にした。
「盾を使え。盾は防具だぞ。何で攻撃にばかり使って、防御は剣でしようとするんだ?」
 立ち上がった僕に、今度は左斜め上、盾を持った側からの斬り下ろしが振って来る。
 分かり易い盾を使えとの指示に、僕はしっかりとその一撃を止めた。
 ガジルさんは一つ頷く。
「技術に勝る相手の攻撃を剣一本で捌くのは難しいからな。盾で止める方が安定するぞ。妙な癖は早めに抜いとけ。じゃあ次は格闘戦だな」
 そう言って棒を床に置くガジルさんに、僕も盾を外して木剣を片付ける。
 僕が咄嗟に盾を使わなかったのは、多分普段使ってる物が安物だから防具として信用していないのが原因だろう。
 防御に盾を使わない癖が身に付いてしまってるのだ。
 自分で気付けなかった事実の指摘に、僕は盾の買い替えを決意した。
 弓は後回しにして、近接用の装備をキチンとした物にしよう。肩当てや脛当て、小手、盾、小剣、一式だ。
 蹴り技、当身、組み技を一通り受けながら身体に教え込まれて行く。多分明日の午前中は痛みで起きれないだろう。
 しんどい思いをして、痛い思いをして、尚且つ時間まで潰れるのだから、この訓練で何かを掴まなければ大損だ。


 その少し後、宿のベッドで僕は呻いていた。心配したのか、ヨルムがちろちろ僕の頬を舐めて来る。
 訓練が終わり、ボロ雑巾の様になった僕をガジルさんが宿まで運んでくれたのだ。
 ガジルさんは僕を小僧と呼ぶ。例えメーラさんに注意されても其処は変えない。
 でも其れは僕がまだ一人前じゃないからである。
 メーラさんが教えてくれたけど、上に行ける見込みのある人しか、ガジルさんは半人前扱いしないそうだ。
 上に行けるのにまだ行けてないから半人前。行けない人間は其処で完成してるのだから半人前じゃないとか。
 喜んで良いのか悪いのかは判らないけど、ガジルさんは僕の根性だけは評価すると何時も言ってくれる。
 もっと評価される部分を、一つずつでも増やすのが目標だ。
 なので身体は痛いが、評価して貰えてる根性で身を起こし、僕は湯と水を貰いに行く。
 動き出した僕にヨルムがするりと巻き付いて来た。ヨルムの鱗がひんやりとして心地良い。
 寝るにしても身を清めないと気持ち悪いし、痛みがある部分は冷やした布で熱を取って置いた方が治りが早い筈。
 薬屋のエルローさんから貰った薬も使っておこう。
 怪我も不調も身体の事は何でもそうだが、早めの処置が肝要だと教えられてる。
 明日の午後は買い物をしたい。それまでに動けるようにしなければ。



 ユーディッド
 age13
 color hair 茶色 eye 緑色
 job 狩人/戦士 rank2(下級冒険者)
 skill 片手剣2(↑) 盾2(↑) 格闘術1(new) 弓4 野外活動2 隠密1 気配察知3 罠1 鍵知識1 調薬1
 unknown 召喚術(ヨルム)
 所持武装 鉄の小剣(並) 軽盾(低) 弓(並) 厚手の服(並) 厚手のマント(並)


 ヨルム
 age? rank5(中位相当)
 skill 縮小化 巨大化 硬化 再生 毒分泌 特殊感覚
 unknown 契約(ユーディッド)


 ガジル(guest)
 age31 
 color hair 黒色 eye 黒色
 job 戦士 rank6(中級冒険者)
 skill 両手斧6 片手斧6 盾6 格闘術5 投擲5 野外活動4 気配察知3 その他
 unknown
 所持武装  鋼のバトルアックス(高)鉄のトマホーク×4(並) 鉄のラウンドシールド(並) 中位熊系魔獣の革鎧(高)


 此れまでの経験と訓練によりユーディッドの片手剣と盾が上昇しました。また格闘術をskillとして習得しました。
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