少年と白蛇

らる鳥

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 次の瞬間、僕は誰かに引き倒された。そして僕を引き倒した誰かはそのまま上に覆い被さる。
 滅茶苦茶重い。上に乗る重みは金属鎧の重みだ。
 こんなのを着てるのは僕等のチームじゃ一人しかいない。カリッサさんである。
 でも僕より向こうに居た筈のカリッサさんが、前を走る僕に追い付いて庇ってくれたのだ。
 ……でも金属製鎧を着ているのに走って僕に追い付いたの?
「カリッサさん!」
 けどそんな事は後回しだ。僕を庇ったならば、カリッサさんが代わりにクロスボウの一撃を受けたって事に他ならない。
 カリッサさんは神官戦士だ。チームで唯一の神官だ。
 そのカリッサさんが傷を負って意識を失えば、傷の手当は戦闘が終わるまで行えない。
 他のチームの神官は自分のチームの援護を優先するだろう。 
「ははっ、大丈夫だ。私は君と違って鋼の鎧を着ているからな。傷も自分で癒せる。男がそんな顔をするもんじゃない」
 地に倒れた僕に覆い被さったまま、カリッサさんがそう言って笑う。
 追撃の射撃は来なかった。パラクスさんが駆け付けて来ている。此方を狙うボルトは全て、パラクスさんの前でねじ曲がって明後日の方に飛んでいく。
「早く治療を! 戦いはまだ終わってない!」
 パラクスさんの声に、僕の上から退いたカリッサさんが顔を顰めながら、自分の脇腹のボルトを引き抜いて神に祈りを捧げ始める。
 ショックだった。鋼の鎧を着てるからなんだってんだ。やっぱり貫通してるじゃないか。僕を庇った為に。
 でも呆けてはいられない。弓を拾って立ち上がり、矢を番える。
 少しでも多くの矢を放って前衛達が斬り込み易いように支援しなければ。謝罪も礼もその後だ。
 僕が矢を数本放つ頃には、傷を塞いだカリッサさんも剣を構えて突っ込んで行く。
 トーゾーさんはとっくに敵陣の中だ。一番血煙の上がってる所がそうだろう。
 パラクスさんは僕の盾になりながらも術を駆使して全体の支援を行っている。
 僕も負けてられない。前衛は既に敵陣に突っ込んでいるが、更に向こうにはまだクロスボウを構えた後衛が残っているのだ。
 先ずはそちらの牽制から行おう。


 戦いは冒険者側が優位に立ってる。その大きな要因が斬り込んだトーゾーさんとカリッサさんだった。
 トーゾーさんが対人だと無類の強さを発揮するのは知っていたが、カリッサさんも凄い。
 剣の一振りで人がポンポン飛ばされて行く。剣の腕はさて置いて、膂力や身体能力が人並み外れているのだ。
 もしこの二人が居なければ、逆に冒険者側が押し込まれていた可能性は充分にあった。
 野盗だって元傭兵、つまりは戦いのプロである。充分な勝算無しに戦いを挑む筈が無い。
 実際人数は野盗側に理があったし、冒険者達の犠牲も少なからず出ている。
 そんな激しい戦いの中で、冒険者達の中では多分最も未熟な僕が未だに生きてられるのは、前に立ってくれてるパラクスさんが居るからこそだ。
 矢避けの魔術は、宿で話を聞いて便利そうだと思ってたけど、想像を遥かに超えて便利な術だった。
 弓手同士が争う場合、射手の実力や弓の性能は勿論だが、立ち位置が非常に重要になる。
 極論すれば相手に当てれる実力と、必要な飛距離が出せる性能が弓にあれば、後は位置取りや立ち回りが勝敗を決めると言っても嘘にはならない位だ。
 一流の射手も、超一流の射手も、どちらも相手に矢を当てたら勝ちで、矢を当てられたら等しく死ぬ事に変わりはない。
 狙いを付ける速度とか、狙いを付けれる条件とかに違いがあるから、あくまで極論すればだけど。
 僕の弓の腕はクロスボウを撃ってた野盗と同等程度か、或いは僕の方が劣るだろう。
 けどパラクスさんの存在の御蔭で相手からの射撃を全く怖れなくて良いのなら、もう腕の差なんて関係なく負けようが無い。
 全体を見て射るべきを探す。乱戦状態の所は無理だ。射手をしてたり一時後退してる野盗等を狙う。
 ゆっくり焦らず落ち着いて狙えば良い。好き放題にしてしまえる。
 射手にとって魔術師は便利で、そしてとても怖い。絶対忘れない様にしよう。

 突出して強い存在は戦いの場では非常に目立つ。
 それが仲間であれば心強いが、敵であるなら心を挫く。トーゾーさんとカリッサさんの存在に、野盗側の士気は砕けていた。
 なのに彼等の撤退判断が遅れた理由はただ一つ。撤退判断を下す役割の隊長が、早い段階で矢を受けて倒れたからだ。
 トーゾーさんにカリッサさんという計算外にショックを受けていたのだろう。姿を晒して隙だらけだったので、非常に狙い易かった。
 無理もない。特にトーゾーさんは人との戦いに限れば上級冒険者に匹敵するのだ。彼を抑えれる人材が野盗なんかに転がっている筈が無い。
 撤退、というよりは潰走に近い状態で逃げ出した野盗達を、追撃する冒険者達が討ち取って行く。
 逃がしはしない。逃がせばまたどこかの誰かを襲うだろう。数が減った分発見するのも困難になる。
 戦いの終わりはもう間も無くだ。

 商隊は、冒険者達は、次の町へと辿り着く。
 意気揚々と、とはいかない。冒険者側にも犠牲はそれなりに出ているからだ。
 中級冒険者なら兎も角、ベテランでも下級冒険者に元傭兵の相手はそれなりに厳しい。
 仲間を失った彼等の横で収益の大きさに期待して大騒ぎするほど無神経にはなれなかった。
 生き残りの野盗は町の守兵に突き出された。国からの野盗退治に対する報奨金も出るだろう。
 危険手当もたっぷりと出たし、懐は随分と温かい。
 本来なら国境までの護衛の予定だったが、商隊が今回の件の後始末で暫くこの街に留まる事になったので、臨時雇いの護衛は一旦契約が終了となった。
 とはいえ希望者はこのまま当初の予定通りの地点までの護衛を続けても良いとの話なので、此れは単純に商隊からの好意である。
 商隊測は野盗が拠点にしていた場所の襲撃に向かいたいであろう冒険者達に配慮したのだ。
 拠点には襲撃に参加しなかった野盗が残っているだろうが、所詮は残党に過ぎない。
 溜め込んだ略奪品を奪還出来れば、大半は国に提出しなければならないが、一部は冒険者の取り分となる。
 それは護衛を続けるよりもずっと大きな収入になるだろうと、主にトーゾーさんに対して配慮したのだ。
 トーゾーさんとパラクスさんは、同じく臨時増員だった冒険者を連れて野盗の拠点に向かうらしい。
 僕も二人に誘われたが、今回は遠慮した。自分の未熟さを再確認したからだ。
 あの時、僕は生きる事を諦めた心算はないが、それでもカリッサさんに庇われなかったら命を失っていた可能性はある。
 ヨルムもかなりご立腹だ。口先や物で釣って宥めるのでは無く、反省して次からどうするのかを考えなきゃならない。
 そう告げると、パラクスさんは微笑んで、トーゾーさんは頭を撫でてくれる。
 一人で何時もの町まで帰るのには若干の不安が無いでもなかったが、でもカリッサさんが僕と一緒に帰ってくれる事になった。
 カリッサさんが野盗の拠点に向かわなかったのは意外だったが、でも丁度良い。謝罪と、お礼をしなきゃならないと思ってたのだ。
 身体の傷は神聖魔法で塞いでたけど、鎧を貫通したボルトの痕は今も残ったままである。

 行きと違って馬車の群れが無い分、同じ徒歩でも進行速度は随分早い。
 僕の謝罪とお礼の言葉に、カリッサさんはどこか寂し気に微笑む。そして君に怖がられなくて良かったと言った。
 確かにカリッサさんの力は人並み外れているが、怖がる物なのだろうか?
 他の冒険者達も、多少の妬みはあったかも知れないけど褒め称える人が多かったと思う。
 僕の疑問の言葉に、カリッサさんはおずおずと、トーゾーさんがするみたいに僕の頭に手を伸ばして撫でまわす。
 うん、力強いね。
「私の力は食神の祝福と呼ばれる生まれつきの、珍しい能力なんだ」
 街道を歩きながら、ぽつり、ぽつりとカリッサさんは語り出す。
 カリッサさんが何故僕に構おうとしたのか、何故怖がられると思ったのかを。
「私はマイレ王国西部の騎士家の出身でね。海沿いの街で、別の大陸人とのハーフなんだ」
 懐かしそうに、瞳を細めるカリッサさん。
 王国の西部と言えば大きな港があり、他の大陸との交易で随分と潤っていると聞く。
 海の向こうの国々から入って来る香辛料や水揚げされる新鮮な魚介類を使った、僕が見た事も無い食べ物が沢山あるらしい。
 とてもカリッサさん向きの場所だと思う。でも何でそんな良い所の出身なのに此処に来たんだろう?
「食神の祝福は必要な食べ物は増えるが、その代わりに身体能力が大幅に上がる。特に力がね。飢え死にし易くなる代わりに強くなると思ってくれて良い」
 道理で金属鎧を着てながらでも、前を走る僕に追い付けた訳である。
 納得したし、改めて感謝の気持ちが湧く。
 けれど飢え易くなるのは大変だろう。空腹の辛さは良く知っている。てっきり単なる大食いなのだと思ってた。

「だから父は私が妾腹である事、女である事を残念がっていたよ」
 家の話をする時、カリッサさんは猶更寂しそうになる。
 ヨルムも僕の首に巻き付いて、静かに彼女の話を聞いていた。
「跡取りは弟が居るんだ。2つ下のね。でも父が本当は私を惜しんでるのを知って、憎まれてた。妬まれてもいたし、多分怖がられてもいた」
 僕にはわからない感覚だけど、跡取りである事ってそんなに大事なのだろうか。
 親の愛情の証明が跡取りなわけじゃないと思うのだけれど、騎士の家なんて大層な物の生まれじゃない僕には理解出来ない何かがあるのかも知れない。
 そもそも僕には家も無かった。ヨルムは家族で、あの宿は居場所だけど、父と過ごしたあの家はもう無いだろう。
「食神様を恨みもしたよ。私はこんな祝福なんて要らない。家族と仲良く出来たらそれで良かったのにってね」
 そう、でもカリッサさんは食神の神官をやっている。
 食の神を恨んでる風には見えないし、食べる事もちっとも嫌そうじゃない。
 寧ろとても嬉しそうに、そして綺麗に食べていた。食べる事に感謝してない人には、あんなに綺麗な食べ方は出来ないと思う。
「大地の女神様の聖堂で食神様への恨み言を吐いたらね、ご本人がいらっしゃったんだ。君を救えなくてごめんって言って」
 え、神様って恨み言吐くと会いに来るの……?
 神様の言葉を神官が神託として受け取る話は知ってるが、実際に会った話は聞いた事も無い。
 確かに食の神は大地の女神の夫と言われてるから、言葉は伝わるのかも知れないけれど。
「ああ、済まない。出来れば内緒にしてくれると助かる。この祝福の事も教えていただいたよ。祝福って事にすれば、赤子の間に飢えたりしない様に世話をされるだろうからそう呼ばれるとかね」
 出来れば内緒にと言われても、ばらした所で誰も信じやしない。
 だからこそカリッサさんも僕に話てくれたのだろうけど。
「1日中ずっと話して下さった。私の話を聞いて、そして色んな事を教えてくれて。信じられないだろうけど、お礼を言ったら、信者の少ない小神だから暇だし良いよ気にしないでって仰ったんだ」
 信者が少ないのは事実だけど、そうなんだ。食の神って暇なのか。
 あと凄い気さくな人……、神だった。
 カリッサさんの事情よりも全然衝撃的な事を聞かされてる気がする。
「それでね、私はこの神の数少ない信者の一人になって家を出ようって決めたんだ。15の時だったかな。その時の弟が君と丁度同じ位の年頃だった」
 漸く、納得出来た。なるほどと思う。
 カリッサさんが僕に妙に親切だった理由、助けてくれた理由。
「だから初対面の時に君が親し気に口元にフォークを持って来てくれたのが嬉しくて、うん。私は君に弟を重ねてたんだと思う。……すまない」

 足を止めて少し、考える。カリッサさんも足を止め、正面から僕に向き合った。
 カリッサさんの事情や想いは納得出来たけど、それは僕の知った事では無い。
「僕はカリッサさんの弟じゃないよ」
 目を見て告げる僕の言葉に、カリッサさんは知っていると寂し気に微笑む。
 何て言おうかな……。ヨルムが早く続きを言えと、ぺチぺチと尻尾で首筋を叩いて来る。
 もう、わかってるよ。
「だから別に怖くない。凄いなあとか、良く食べるなあとは思ってるけど、親しくしてくれるのは嬉しいし」
 見詰めるカリッサさんの目が少し大きく開かれた。
 別にカリッサさんが僕をどう思ってようと別に良い。
 僕は彼女に助けて貰って、親切にして貰って、悪戯すると少し楽しくて、感謝してる。
 どう思われるかじゃ無く、僕がどう思うかが大事なのだ。
 一歩踏み込む勇気を出してみよう。
「それより早く帰ろう。カリッサさん」
 手を伸ばす。でもね、僕は女性と手を繋いだ事とか無いから、此れ凄い恥ずかしい。
 街道だし、ヨルム以外は誰も見てないし、ヨルムはこんな事で冷やかしたりしないから良いのだけれど。
 繋いだカリッサさんの手は、大剣を使うだけあって皮が固くなってたけど、けれども凄く暖かかった。



 ユーディッド
 age13
 color hair 茶色 eye 緑色
 job 狩人/戦士 rank2(下級冒険者)
 skill 片手剣1 盾1 弓4(↑) 野外活動2 隠密1 気配察知3(↑) 罠1 鍵知識1 調薬1
 unknown 召喚術(ヨルム)
 所持武装 鉄の小剣(並) 軽盾(低) 弓(並) 厚手の服(並) 厚手のマント(並)


 ヨルム
 age? rank5(↑)(中位相当)
 skill 縮小化 巨大化 硬化 再生 毒分泌 特殊感覚
 unknown 契約(ユーディッド)
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