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16歳の章
ダンジョンと冒険者と始まる争い1
しおりを挟む「うおおおおおおおおっ!」
岩をも砕けよとばかりの裂帛の咆哮、気合を込めて振り下ろされたマルトスの鎚矛は、けれどもキールの盾に触れた途端にその力を失った。
力尽くの攻撃で盾ごと押し込む心算だったマルトスは、そのあまりの手応えの無さに思わず茫然としてしまう。
マルトスも盾の扱いは上手い方なだけに、キールの行った事が俄かには信じられなかったのだ。
キールは振り下ろされる鋼鉄の鎚矛を、同じく鋼鉄製の盾で柔らかく受け止めたのである。
隔絶した技術に衝撃を受けるマルトスだが、実はキールは盾を使わずとも先程の攻撃程度なら鎧でも同じ様に受け止めれる筈。
高位の前衛、それも盾役ともなれば当然の様に持っている技術だ。
下位に限ればそうでも無いが、中位、高位の魔獣ともなれば人間とは膂力の桁が違う。生物として圧倒的な差が存在する。
人間がその差を埋めれる物は技術以外に存在しない。
鉄の塊になって高位魔獣の攻撃を受けようとすれば、圧倒的な膂力に叩き潰されるだろう。
なので単純い回避するか、此方の攻撃をぶつけて力のベクトルを変えさせる等の手段が有効だ。
或いは受けるにしても受け流すか、柔らかく受け止めて力だけを逃がすか、どちらにせよ正面から力に力で対抗しない事が肝心である。
「…………もう一度」
寡黙なキールは長々と言葉で説明をしない。ただ只管、マルトスが理解するまで同じ技術を惜しみなく延々と見せるのみだ。
心の圧し折れそうなスパルタの指導法だが、喰らい付いて行けたなら言葉で伝えられるより遥かに理解度は深くなる。
同じ神官戦士としてマルトスに何が足りないのかも良く判って居る様なので、黙って見守るのが良さそうだ。
一方キールの相方のチャリクルは両手に花をやっている。
と言ってもセラティスとメリエの二人を相手に指導しているだけの事なので、別に大した役得でもないのだけれど。
「ほーらほらほら動く動く。止まらない。止まると死ぬぞ。お嬢ちゃんも死ぬけど仲間も死ぬからさっさと動く」
木の棒でセラティスをビシビシと突くチャリクル。此方も結構スパルタだ。
彼のもう一人の生徒であるメリエも、チャリクルが組み上げた罠を模した細工の解除に苦悩している。
元々キールとの二人組で動くチャリクルはこなせる役割の幅が広い。
セラティスの様な軽戦士としても動けるし、メリエに足りない盗賊の技能だけでなく、彼女が得意とする弓さえも指導を可能とするのだ。
マルトス、メリエ、パトリーシャの三名にセラティスを加えたとしても、それでも彼等に足りない要素は数多い。
下位のままに留まる、或いは中位で頭打ちになるなら兎も角、もっと上を目指すのであれば今の間に足りない物は埋めるべきだろう。
その意味でキールとチャリクルの二人は、彼等の指導にうってつけだ。
何より指導役の二人がお人好しの世話好きなので、所持する技能の高さからすれば破格に安い報酬で面倒を見てくれている。
此処に二人が居てくれたのは大きな幸運であった。マルトス達にとってだけでなく、僕にとっても。
信頼出来る高位の人間が傍に居るのは、今の僕にとっては非常に有り難い。勿論抱える事情は説明済みだ。
僕が教えるパトリーシャも、そろそろ中位の呪文が扱えそうな程度には術式への理解が深まっている。
もう暫くすれば、一階層だけだがダンジョンに挑んでみても良いだろう。
久方ぶりのゴートレック男爵領は随分と発展を遂げていた。
人口が爆発的に増えたと言う訳では無いらしいが、建物の数は以前よりずっと増している。
高位冒険者が持ち帰る素材を目当てに、職人が居ついて商人が頻繁に訪れるようになったらしい。
素朴なこの地の人々が、急激な変化について行けるかどうかが心配だったが、今の段階では上手く回っていると聞く。
久しぶりに顔を合わせた人達は、再会を随分と喜んでくれた。
ゴートレック男爵家の家人達や、冒険者ギルドの支部の人達、以前苦労を分け合った彼等の顔を再び見れた事がとても嬉しい。
彼等も今ではこの領土の中心となっている。
勿論ゴートレック男爵も僕を歓迎してくれた。収入は大分増えたであろう筈なのに、相変わらず着てる服や館は質素なのがとてもこの人らしい。
何時までも居続ける訳じゃ無いので、流石に帳簿の確認は部外者として断ったが、幾つかの相談は持ち掛けられた。
何でも今の調子で発展を続けると、この地は地域の要としての役割を期待され、ゴートレック男爵も子爵を飛び越して伯爵位を叙位される可能性が出て来ているとか。
普通なら諸手を上げて大喜びするような話の筈だが、当のゴートレック男爵の表情は非常に憂鬱そうだった。
まあ確かに朴訥とまでは行かなくともお人好しの武辺者である男爵には些か不向きな話ではあるのだろう。
現状のこの領を回すのだって、周囲の人の力を借りる事でなんとか、苦労しながらこなしている筈だから。
とは言え僕がこの地に残って補佐官をすると言うのも無理な話なので、今の僕が抱える厄介な事情が片付き次第、王都で信頼出来る補佐官のアテを探す事のみを約束した。
ゴートレック男爵領で過ごす日々は思った以上に有意義で楽しい物になってはいるけれど、やはり僕の成すべき事は王都にあるから。
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