宮廷魔術師のお仕事日誌

らる鳥

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16歳の章

通行税と英雄志願2

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 宿で遅めの昼食をとった後、一休みしてから冒険者ギルドに来た僕は明日にすれば良かったと僅かな後悔に溜息を吐く。
 時間帯は既に夕方、暗くなる前にと引き上げて来た冒険者達で微妙にざわついてるし、割りが良さそうな依頼も見当たらなかった。
 余所者の冒険者と言う事もあって目に付くのだろうが、幾つもの視線を感じるのは少し不愉快でもある。
「ねぇ旦那、何でこの依頼はダメなの?」
 僕の様子を見てこのままでは依頼は無しになると思ったのだろうか、デュッセルが一枚の張り紙を指さしながら問いかけて来た。
 経験を積む事に熱心な態度は嫌いじゃない。考えても判らないなら直ぐに尋ねれる事も、屈託のない明るい性格も、評価できる。
 そんな彼なので経験を積ませてやりたいのは山々なのだが、でもやっぱりこの依頼は無いかな。
 指定の魔物の尾を切り取って来て欲しいと言う依頼なのだが、色々と情報が足りなさ過ぎる。
「条件が曖昧だからです。まず必要個数書いて無いですよね。書いて無かったら一つで良いのかと思いがちですが、それにしては依頼料がやけに多いです」
 どうやらその依頼は処理して欲しい依頼だったのだろう、受付の女性が此方を気にしている風だったので視線をやるとさっと目を逸らされた。
 そもそもこの手の条件が曖昧な書き方に関してはギルドが依頼主に苦言を呈すべきなのだが、今の様子を見るにそれを出来ない何らかの事情があるのだろう。
 でもそんなギルドの事情は今の僕等には無関係だ。どうしても処理する必要があるなら、懇意にしている冒険者に頼めば良い。
「話を聞いてから断れる類の依頼なら良いんですけどね。違約金発生したら馬鹿らしいですし、僕達は余所者なのでギルドもそんなに熱心には庇ってくれません」
 王都や海都等の大きな街のギルドなら心配無いのだが、この程度の大きさの町だと流れ者の扱いが良くないのは普通である。
 僕の言葉にデュッセルが受付の女性を見るが、彼女は慌てた様に百面相している。流石に少し焦りすぎだ。
 その様子にデュッセルも察したのか、僕等は一つ頷いてギルドを後にしようとしたが、
「おいちょっと待てよ余所者さん。さっきから見てりゃ、そんなに俺等の町のギルドはダメかよ」
 そこで一人の冒険者に絡まれた。

 年の頃は20前後だろう。男性の戦士で、安物の装備が少し草臥れてるが、醸し出す雰囲気はベテランには遠い。
 つまり中古の装備を使い込んで買い替える手前、冒険にもだいぶ慣れた頃、中位にはまだ上がれないがそれなりに自信も付いている辺りといった所か。
 即座に前に出ようとしたデュッセルを手で制す。
 本来の役割が僕の護衛である事を忘れずに居てくれたのだと思うが、彼が対処すれば騒ぎは大きくなる可能性が高い。
 目の前の冒険者を比べれば、同じ戦士としてデュッセルは少し格上だ。
 故にデュッセルでは上手く引いてやれないだろうし、目の前以外の冒険者も加勢に出て来てしまう可能性がある。
 そうなると目立つし恨みを買う量も増えてしまう。今回の僕は一応立場を偽る旅なのだ。
 大胆にも胸ぐらを掴もうと伸びて来た手の、手首の内側を他からは目立たぬ様にそっと抑える。
 腕力はあちらが上だが、此処を抑えられれば多少の腕力差では動かせない。
 僕は後衛の魔術師だけど、冒険者時代は割としょっちゅう絡まれてたので心配した仲間達に一応の体術は仕込まれているのだ。
「別に貴方の町を馬鹿にする心算は無かったんです。でもそう聞こえたなら申し訳ない。流れの冒険者だから今までどこでもあまり良い扱いは受けなかったから……」
 そうして安易に手を出せぬようにしてから、此方が引く。
 大事なのは侮らせない事、追い詰めない事、恥をかかせない事だ。
 侮らせたままなら向こうは図に乗り引かない。追い詰め過ぎれば暴発する。恥をかかせてしまえば引けなくなるのだ。
「いや、こっちも絡んですまなかった。そうか、流れモンも大変なんだな。アンタ等が受付の子を困らせたのかと思ったんだ。悪かった」
 お互いに謝罪の言葉を交わして軽く引く。

 冒険者ギルドからの帰り道、
「はー、旦那は強いのに頭下げるんだねぇ」
 屋台で買った串焼きをぱくつきながらデュッセルは言う。
 確かに絡んで来たのは短絡的だったが、実際の所あの冒険者ははそんなに悪くない。
 どちらかと言えばデュッセルに教える為と、ギルドの反応を確かめる為だったとは言え、僕の言い方に問題があった。
 ちなみに一番ぶっちぎりで悪いのはあの受付の女性である。彼女が此方の行動に対して百面相したりしなければ、何も起きずに済んだ筈。
 冒険者ギルドの受付ならば、もう少しプロ意識を持って欲しいと思う。何故ならそこは冒険者達の命に関わる仕事場所だから。
 まあとは言え僕等はそれに口を出す立場ではないので無理に関わる必要はない。この町で仕事を受ける心算はもう無いのだし。
 無意味な争いをして、無駄な恨みを買う必要はないと思ってる。他人に要らない恥をかかせるのも嫌いだ。
「喧嘩して嫌な相手で終わるより、話してみたら意外と良い奴だったになる方が気持ち良いと思います。僕はあの手の冒険者はそんなに嫌いじゃないですよ」
 勿論此方をカモだと侮り貪り食おうとしてくる奴らに遠慮する必要も無いけれど。
 どれが敵で、どれが敵でないのかを見極めれる力も冒険者には、そして王城内での仕事の日々にも必要なのだ。
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