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恋心を自覚したきっかけ
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5、6限を終えて、男と陽はまた話し合う。
「その彼女さんとはどれくらい付き合ってたんだ?」
「2年だよ。高校入ってからちょっとで付き合い始めたから…」
先程の殴りかかろうとしていた荒ぶった態度とは異なり、陽の質問に落ち着いて話をする男。
男の中にはきっと、悲しみと怒りが込み上げて雑然としていたのだろう。涙こそ流れていないものの目は赤くなっており、眉はくっついてしまうのではないかと思うほどにシワが寄っていた。
「…そっか、辛いよな。2年も付き合って他に好きな人が出来たなんて言われるのは…でも、前向きに考えたらいいんじゃないか?」
「…前向きにって2年も付き合ってた彼女に振られてどう前向きになればいいんだよ…」
怒髪天を衝く態度だった数刻前の姿はまるで嘘のように子犬のような様子に男はなっていた。
「彼女さんはお前のいい所を知らないんだよきっと。2年も付き合っててふっちゃうんだから。
見た目は気が強そうだけど、困っている人を手伝ったりできる、繊細で優しいやつだって。」
「いや…優しくなんてねぇよ…」
陽に突然褒められた男は動揺を隠せていない。
「優しいよ。」
陽は男の目を穏やかな笑顔で見つめた。陽は所謂「人タラシ」と呼ばれている人間だ。関わる人間一人一人の心の奥底まで深く深く入り込んでいく。客観的に見れば神業のようなものだろうが、彼にとってしてみればごく普通にしているだけなのだ。
また、それに加え記憶力も良い事から顔や性格、したことやされたことまで全て覚えているのだから余計に人タラシに拍車がかかる。
「…っ」
男は陽の様子に言葉が出ず、息を飲む。この人なら自分のことを分かってくれるかもしれない。話したいと思わせるそれを、自然にやってのける陽は一周まわって恐ろしいとも言える。
「高原…俺、吹っ切れるかもしれねぇ…話聞いてくれてありがとうな。」
ほんの寸刻話をしていただけだと言うのに男は感情の重しが取れたかのように爽やかな、清々しい笑顔で陽に感謝を伝える。
諍いからの和解はその仲を深めるものだが、そんな2人を近づけまいとする執着心を抱えた零士は自分の手をこれでもかと捻り、怒りを、憎しみを抑える。陽に嫌われるのを恐れて。
陽と男の話し合いが終わり、男が教室から出て、トイレに向かう瞬間、ドア付近でこちらを振り返り誰が見ても気づかない程度に、頬を薄く染め陽を見つめた 。
恋心とまではいかないが、自分のやるせない気持ちを受け止めてくれた陽を男は憎からず思っているだろう。
そんな微弱とも言える好意を零士は敏感に察知し、男に対する憎悪を掻き立てる。
男の朧気な好意とは対極にある重く淀んだその執着を零士は陽に悟られないように微苦笑を浮かべる。
陽は零士の気持ちを知ることは無い。
…同じく、淀んだ感情を持ち合わせているためにその瞳は曇っているのだから。
零士に出会う前から今まで日日、陽は何十冊とノートに絵を描き続けている。
陽の夢は漫画家になること。周囲からは「高校生にもなって漫画家なんて子供じみた夢を持ってるなんて」となじられていた。
陽は小学生の頃から休み時間になると机に張り付き、ノートを開き人や動物の絵や漫画を描いていた。
零士と出会ったのは小学2年生の時。教室の床に落ちていた陽のノートを零士が拾ったのがきっかけだった。
零士は正直に物を言う性格のため、クラスメートを泣かせてしまうこともしばしばあった。
以前、彼に漫画を見せてきた女の子に対し、
「絵は上手いと思うけどストーリーはつまらないかな。キャラクターもありきたりだし…もう少し…」
彼はただアドバイスをしようとしただけだったが、まだ難しいことを理解出来る年頃では無かったその女の子は否定されたと取り、泣き出してしまった。
いままでそんなことを繰り返してきた零士も頭では分かっていてもつい言ってしまう。零士も小学生にしては大人びていると言ってもまだ幼い子供だ。人との上手い付き合い方など知るわけもない。
そんな自分の性格を思い悩んでいた時、陽のノートを拾い、そこに描かれたヒーロー物の漫画を読みその感想をノートを渡す際に素直に陽に告げた。
「この漫画のキャラクター個性的で面白いけど字が読みずらいし、どれが誰だか分かりにくいよ。それに関係性も分かりずらい。もったいないと思うよ。」
そんな言葉が思わず口をついて出た。しまったと思った時にはもう遅い。
そう言われた陽はポカンとして口を開け少しの間黙って零士を見ていた。そして、ハッとした後零士の手をガッと掴み、
「すごいね!君!僕、上手いとしか言われたことないからたくさん言って貰えるの凄く嬉しい!」
想像していた反応とは全く異なり、また泣かせてしまうと考えていた零士にとって、その言動は想像の斜め上をいくものだった。
唖然としている零士に対し、陽は詰め寄り
「もっと言って!僕の絵も漫画ももっと見て!いっぱいいって感想言って!!」
キラキラ瞳を輝かせてそう言ってくる姿を見て、零士は自分の今までの生き方を肯定してもらった気がした。
まだ汚れることを知らない無垢な言葉は零士の心に深く刺さる。
陽にとっても零士の言葉は漫画家になんてなれないと親に言われたこともあり、深く心に刺さった。
零士が純粋に恋心を持った瞬間だった。
何も知らない、抱えていない子供だったからこそ素直にそれを受け止め、素直にそれを恋心に変換することが出来た。
「その彼女さんとはどれくらい付き合ってたんだ?」
「2年だよ。高校入ってからちょっとで付き合い始めたから…」
先程の殴りかかろうとしていた荒ぶった態度とは異なり、陽の質問に落ち着いて話をする男。
男の中にはきっと、悲しみと怒りが込み上げて雑然としていたのだろう。涙こそ流れていないものの目は赤くなっており、眉はくっついてしまうのではないかと思うほどにシワが寄っていた。
「…そっか、辛いよな。2年も付き合って他に好きな人が出来たなんて言われるのは…でも、前向きに考えたらいいんじゃないか?」
「…前向きにって2年も付き合ってた彼女に振られてどう前向きになればいいんだよ…」
怒髪天を衝く態度だった数刻前の姿はまるで嘘のように子犬のような様子に男はなっていた。
「彼女さんはお前のいい所を知らないんだよきっと。2年も付き合っててふっちゃうんだから。
見た目は気が強そうだけど、困っている人を手伝ったりできる、繊細で優しいやつだって。」
「いや…優しくなんてねぇよ…」
陽に突然褒められた男は動揺を隠せていない。
「優しいよ。」
陽は男の目を穏やかな笑顔で見つめた。陽は所謂「人タラシ」と呼ばれている人間だ。関わる人間一人一人の心の奥底まで深く深く入り込んでいく。客観的に見れば神業のようなものだろうが、彼にとってしてみればごく普通にしているだけなのだ。
また、それに加え記憶力も良い事から顔や性格、したことやされたことまで全て覚えているのだから余計に人タラシに拍車がかかる。
「…っ」
男は陽の様子に言葉が出ず、息を飲む。この人なら自分のことを分かってくれるかもしれない。話したいと思わせるそれを、自然にやってのける陽は一周まわって恐ろしいとも言える。
「高原…俺、吹っ切れるかもしれねぇ…話聞いてくれてありがとうな。」
ほんの寸刻話をしていただけだと言うのに男は感情の重しが取れたかのように爽やかな、清々しい笑顔で陽に感謝を伝える。
諍いからの和解はその仲を深めるものだが、そんな2人を近づけまいとする執着心を抱えた零士は自分の手をこれでもかと捻り、怒りを、憎しみを抑える。陽に嫌われるのを恐れて。
陽と男の話し合いが終わり、男が教室から出て、トイレに向かう瞬間、ドア付近でこちらを振り返り誰が見ても気づかない程度に、頬を薄く染め陽を見つめた 。
恋心とまではいかないが、自分のやるせない気持ちを受け止めてくれた陽を男は憎からず思っているだろう。
そんな微弱とも言える好意を零士は敏感に察知し、男に対する憎悪を掻き立てる。
男の朧気な好意とは対極にある重く淀んだその執着を零士は陽に悟られないように微苦笑を浮かべる。
陽は零士の気持ちを知ることは無い。
…同じく、淀んだ感情を持ち合わせているためにその瞳は曇っているのだから。
零士に出会う前から今まで日日、陽は何十冊とノートに絵を描き続けている。
陽の夢は漫画家になること。周囲からは「高校生にもなって漫画家なんて子供じみた夢を持ってるなんて」となじられていた。
陽は小学生の頃から休み時間になると机に張り付き、ノートを開き人や動物の絵や漫画を描いていた。
零士と出会ったのは小学2年生の時。教室の床に落ちていた陽のノートを零士が拾ったのがきっかけだった。
零士は正直に物を言う性格のため、クラスメートを泣かせてしまうこともしばしばあった。
以前、彼に漫画を見せてきた女の子に対し、
「絵は上手いと思うけどストーリーはつまらないかな。キャラクターもありきたりだし…もう少し…」
彼はただアドバイスをしようとしただけだったが、まだ難しいことを理解出来る年頃では無かったその女の子は否定されたと取り、泣き出してしまった。
いままでそんなことを繰り返してきた零士も頭では分かっていてもつい言ってしまう。零士も小学生にしては大人びていると言ってもまだ幼い子供だ。人との上手い付き合い方など知るわけもない。
そんな自分の性格を思い悩んでいた時、陽のノートを拾い、そこに描かれたヒーロー物の漫画を読みその感想をノートを渡す際に素直に陽に告げた。
「この漫画のキャラクター個性的で面白いけど字が読みずらいし、どれが誰だか分かりにくいよ。それに関係性も分かりずらい。もったいないと思うよ。」
そんな言葉が思わず口をついて出た。しまったと思った時にはもう遅い。
そう言われた陽はポカンとして口を開け少しの間黙って零士を見ていた。そして、ハッとした後零士の手をガッと掴み、
「すごいね!君!僕、上手いとしか言われたことないからたくさん言って貰えるの凄く嬉しい!」
想像していた反応とは全く異なり、また泣かせてしまうと考えていた零士にとって、その言動は想像の斜め上をいくものだった。
唖然としている零士に対し、陽は詰め寄り
「もっと言って!僕の絵も漫画ももっと見て!いっぱいいって感想言って!!」
キラキラ瞳を輝かせてそう言ってくる姿を見て、零士は自分の今までの生き方を肯定してもらった気がした。
まだ汚れることを知らない無垢な言葉は零士の心に深く刺さる。
陽にとっても零士の言葉は漫画家になんてなれないと親に言われたこともあり、深く心に刺さった。
零士が純粋に恋心を持った瞬間だった。
何も知らない、抱えていない子供だったからこそ素直にそれを受け止め、素直にそれを恋心に変換することが出来た。
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