この世界は私の物

nya_n

文字の大きさ
上 下
1 / 2

出会い

しおりを挟む
 毎日同じことの繰り返しで嫌になる。学生時代のように毎日が楽しくて希望に満ち溢れていた日々は、社会人になってからというものの仕事に追われるだけになっている。
 正社員として働きだしてもう二年。業務には慣れてきたものの、自由な時間が減っている現実にはまだ喪失感が上回っているのが現状だ。
 学生時代はやりたいことに沢山の時間を割けた。学業、遊び、アルバイト。
 そして何よりも大好きだったバンド。軽音楽部で趣味の合うもの同士集まってバンドを組んでライブして。プロになるとかそれで生計を建てるとかそんなレベルではなくって、ただただ趣味の延長みたいな活動だったけど、バンド活動があったからあの日々の輝きがあったことだけは確かだ。
 残念ながらそんな趣味のような集まりのバンドだったこともあって、就職を期にバンドは解散。大学卒業後はたまに集まって仕事の愚痴を言い合ったり思い出話をしたりはするけれど、再度楽器を掻き鳴らそうという話は全く上がらない。
 勿論、そうやって語らう集まりができるだけで有難いものだというのはわかってるし、実際集まっている間は楽しいと思っている。この集まりがあるから仕事ばかりの日々も乗り越えられているんだけれど、たまにはギターを思う存分弾き晴らしたい。
 
 今日も仕事。営業職で歩き回る仕事はオフィスで缶詰になってるよりは外の空気を感じられる分気が晴れる。
 ひとまず今日回る分は回りきったから会社に戻るのだけどもう少し時間を潰してからがいいな。そんなことを思いながら河川敷を横目に普段よりもゆっくりとした足取りで進む。
 よく通る道。河川敷には色んな人がいる。キャッチボールをしている少年達。釣りをしている中年男性。夏にはバーベキューやキャンプを楽しむ人たちもいたりする。
 ぽーっと河を眺めながら歩いているとギターの音が聴こえてきた。たまにここで練習をしている人がいたりする。趣味でありながらも楽器を嗜んでいた身としては自然と耳を傾けてしまう。大概はギターを弾き始めて一年未満といった人がここで練習してから、駅のロータリーなんかで弾き語りをしに行くような流れがあるので、まだ発展途上だなぁと思う演奏が多い。偉そうに言ってるがこれでも高校から七年はしっかりやっていたから初心者よりは上手い自信がある。
 ただ、この日聴こえてきた演奏は違った。たまに上手い人が演奏していたりすることはあるのだけど、今日のはそれとは違う。ただ上手いのではなく、心惹かれる演奏。このギターを弾いているのはどんな人なのか。確認せずにいられない。
 音のする方へ視線を向けてみると一人の女性がいた。
 短髪でTシャツにデニムといったシンプルな着こなし。町中で見かけたとしても目立たずに印象にも残らなさそうなのに。その演奏を聴いているからか目が離せなくなった。
 気が付いたら傍によって演奏に聴き入っていた。
 「えっと…どうしました?」
 どうやら傍に寄り過ぎていたみたいでいつの間にか演奏は止まっていた。
 話しかけられてどう返していいか戸惑っていると、女性は片付けを始めてしまった。
 「あ、あの! ギターすごい上手でした!」
 「ありがとうございます…」
 「突然なんですけど、私と一緒にバンド組みませんか⁈」
 「え…?」
 「あー…ごめんなさい!一人で盛り上がっちゃって。あなたの演奏を聴いていたらまた音楽がやりたいって気持ちがおさえられなくなっちゃって。名乗りもしないですみません。私は雛川多佳子と申します」
 「ははっ…褒めてくださって光栄です。上田真実といいます」
 「上田さんですね!今はちょっと仕事中で時間がないのでまた日を改めて話をしたいんですけど、連絡先とか教えてもらってもだいじょうぶですか?」
 「んと…さすがに連絡先を教えるのはまだ怖いです…。今度の日曜にでもまたここでギターを弾いてると思うのでその時に来てくださればお話くらいなら…」
 「そ、そうですよね、いきなりすみませんでした。そしたら日曜にまた会いに来ます!」
 そういって私はその場を去っていった。振り返ることはしなかったけど、またギターの音色が聴こえてきた。片付けをしていたのは帰るためではなく場所を変えようとでもしていたのだろうな。
 少しだけ申し訳ないことをしたなと思う反面、今日の出会いは運命的な出会いだと心底喜んでいる自分がいる。真実と出会えたことで日々がまた輝きだすと思っている。
 我ながら暴走気味だったけれど、真実と音楽をやりたいというのは本心だったので後悔はしていない。仕事を始めてから忘れていたことだったけど、何事も楽しんで後悔しない生き方をするという自身の決め事を思い出した。
 今度の日曜にあの河川敷で。かなり一方的で約束ともいえるか微妙なものではあったけど、その約束を糧に今週の勤務を乗り切ろうと決めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

ピアノ教室~先輩の家のお尻たたき~

鞭尻
大衆娯楽
「お尻をたたかれたい」と想い続けてきた理沙。 ある日、憧れの先輩の家が家でお尻をたたかれていること、さらに先輩の家で開かれているピアノ教室では「お尻たたきのお仕置き」があることを知る。 早速、ピアノ教室に通い始めた理沙は、先輩の母親から念願のお尻たたきを受けたり同じくお尻をたたかれている先輩とお尻たたきの話をしたりと「お尻たたきのある日常」を満喫するようになって……

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...