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──血の繋がりというのは実際、未来永劫、解かれる事のない呪いだ。
「おねーさま見てください! ちょうちょうです!」
……子供の頃は、庭で一緒に遊んでいた記憶もあります。妹にも、可愛い時期というのはあったのです。
「どうしておねーさま!? いっしょにあそびましょう!?」
「これから先生のところでお勉強しなきゃいけないから、また明日ね」
「いやよいやいや! フーリュは、おねーさまとあそぶの!!」
──花の咲いたような笑顔がとても素敵な、まさしく社交界の花となるべく将来を期待された子供、それが妹、フーリュ・ニアシア伯爵令嬢でした。
彼女の笑顔が見たくて、周りの大人……両親や従者達も、ついつい甘く接してしまっていたのかもしれません。
子供に愛情を注ぐのは、大人として、至極当たり前の事です。しかし花が過剰な雨を浴びれば枯れてしまうように、愛情にも適量があります。彼女が不幸だったとするなら、それは、あまりに幸せに恵まれ過ぎた事。
そして甘やかしをよしとする大人達に、囲まれた事。
「まぁお嬢さま! 旦那さまの大切にされていた絵画を……!?」
「……ごめんなさい」
「……そのような顔をされないでください。フーリュさまが泣かれては、お日様もそっぽを向いてしまいますわ。一緒に謝りましょう。きちんと謝れば、旦那さまもきっと許して下さいますから」
──大人がつい許してあげたくなるという彼女の才能は、いわば不治の病でした。
フーリュはそうして、失敗というものは、謝れば大した代償もなく切り抜けられるものという実感を覚え、痛手を負わぬからまた失敗し、繰り返していく内に、いつしか心の底から謝るという事を忘れました。
「ねえお父様、私、新しいドレスが欲しいの」
「この前買ったばかりだろう」
「社交界なんて、毎日どこかしこで開かれてるのよ」
「それはまぁ、そうだな」
「私はお姉様と違ってお呼ばれも多いし、いつも同じような格好なんて嫌。それとも……ぐすん……お父様は、私が、貧乏な娘みたいに思われてもいいの……?」
「……ああ、泣かないでおくれフーリュ。分かった、手配させよう」
「本当!? 嬉しい! お父様、だぁい好き!!」
泣く時は大体が嘘泣き。それで許される確率が上がりますし、泣く事自体はタダなので、積極的にやるわけです。
「フーリュ。なんでも我が儘を言ってお父様を困らせては駄目よ」
いつからか、家族の中で唯一私だけが、彼女の我が儘を聞かなくなりました。
この頃はまだ、血の繋がりを呪いなんて思ってませんでしたから。我が儘が通るのは子供の時だけ。そんな性格を貫いて、いざこの家を出た時に、苦労するのが彼女自身。そんな未来は避けてあげたいと、私はそう考えていたのです。
いえ正直なところ、半分は嫉妬もありました。妹ばかりが甘やかされて、その分私は蔑ろにされがち。そんな生活に嫌気がさしていたのは事実です。
でもやっぱり半分は、淑女として──いや人としてあるべき、正しさを説いていたつもりでした。でも彼女にとって私は、家族の中で唯一言うことを聞いてくれない不可解な存在でしかなかったのだと思います。
「お姉様なんて嫌いよっ!!」
ある日、私の小言に業を煮やした妹が、ついに癇癪を起こして暴れ回りました。
壁に穴を開け、カーテンを引き裂き、血の出るほど自分の肌をかきむしって傷つけていました。
その日を境に私は、実の妹に嫌がらせを続けてきた性格の悪い姉、という烙印を捺されました。
妹は、あることないこと私の悪口を両親や従者に言いふらし、鬱憤をはらしました。皆、天使のような彼女の言い分を信じて、私の事を悪魔のような目で見るようになったのです。
元々、あまり主張の得意な人間ではありませんでしたが、最初は頑張って身の潔白を証明しようとしたのです。しかしそれもすぐに無駄だという事に気付きました。
妹の方が、可愛かったから。皆、私の言葉よりは妹の言葉の方が、耳に、脳に届きやすいのです。
私が十四、妹が十三の時でした。
その日を境に私は、妹への教育の一切を諦めたのです。
「宝石が欲しい」
「指輪が欲しい」
「新しい別荘が欲しい──!」
周りの大人達を弄ぶような妹の我が儘を聞いても、一切耳を閉じる事にしました。
将来何処かで困る事になろうとも、一生その我が儘を貫き通せたとしても、どうでもいい。妹の人生です。私の人生ではない。
そうして同じ屋敷にいるにも関わらず、私達は一切声も掛け合わず、顔も合わせない仲になりました。
社交界や勉強のスケジュールも、従者達もある程度配慮していたのかもしれません。ええ、私の為ではなくて、妹に悪魔のような存在を近付けない為に。
──けれども。
けれどもです。
そんな私が十八才になったある日、止まない雨がないように、私のそんな陰鬱とした生活にも、とうとう光の射す日が訪れました。
「お姉様の婚約者が欲しい──」
妹がお父様にそう言ったのだとか。
ええ結構! 私のものだろうが妹のものだろうが、婚約者が出来ればどちらかはお相手の家にお世話になるではないですか!
私と妹が離れ離れになる結果に変わりはありません!
「リュシカ……実は、フーリュがアドニス・テレーシャ次期男爵を気に入ってしまったようでな……」
「お譲りします!」
流石に悪いと思っていたのか、珍しく私に対して下手に出ていた父でしたが、私の元気な即答にぽかんとしておいででした。
「そ、そうか……? しかし元々お前の縁談──」
「後か先かなどどうでもいいのです! 大切なのはお互いの家にとっての実利、そして両者が愛し合っているかどうかでしょう!? さあどうぞ! ええどうぞ! 私は一向に構いません!!」
「お、おう……」
私自身も珍しく、鼻息を荒げておりました。そんな私の勢いに圧倒されたのか、父はそれ以上何も言わなくなったのです。
お話はトントンと進み、妹はすぐにお相手、アドニス様の家に引っ越していきました。
そうして私は血の繋がりという呪いから解き放たれた日々を取り戻した──。
……なんて、そんな甘い話はなかったわけですが。
「おねーさま見てください! ちょうちょうです!」
……子供の頃は、庭で一緒に遊んでいた記憶もあります。妹にも、可愛い時期というのはあったのです。
「どうしておねーさま!? いっしょにあそびましょう!?」
「これから先生のところでお勉強しなきゃいけないから、また明日ね」
「いやよいやいや! フーリュは、おねーさまとあそぶの!!」
──花の咲いたような笑顔がとても素敵な、まさしく社交界の花となるべく将来を期待された子供、それが妹、フーリュ・ニアシア伯爵令嬢でした。
彼女の笑顔が見たくて、周りの大人……両親や従者達も、ついつい甘く接してしまっていたのかもしれません。
子供に愛情を注ぐのは、大人として、至極当たり前の事です。しかし花が過剰な雨を浴びれば枯れてしまうように、愛情にも適量があります。彼女が不幸だったとするなら、それは、あまりに幸せに恵まれ過ぎた事。
そして甘やかしをよしとする大人達に、囲まれた事。
「まぁお嬢さま! 旦那さまの大切にされていた絵画を……!?」
「……ごめんなさい」
「……そのような顔をされないでください。フーリュさまが泣かれては、お日様もそっぽを向いてしまいますわ。一緒に謝りましょう。きちんと謝れば、旦那さまもきっと許して下さいますから」
──大人がつい許してあげたくなるという彼女の才能は、いわば不治の病でした。
フーリュはそうして、失敗というものは、謝れば大した代償もなく切り抜けられるものという実感を覚え、痛手を負わぬからまた失敗し、繰り返していく内に、いつしか心の底から謝るという事を忘れました。
「ねえお父様、私、新しいドレスが欲しいの」
「この前買ったばかりだろう」
「社交界なんて、毎日どこかしこで開かれてるのよ」
「それはまぁ、そうだな」
「私はお姉様と違ってお呼ばれも多いし、いつも同じような格好なんて嫌。それとも……ぐすん……お父様は、私が、貧乏な娘みたいに思われてもいいの……?」
「……ああ、泣かないでおくれフーリュ。分かった、手配させよう」
「本当!? 嬉しい! お父様、だぁい好き!!」
泣く時は大体が嘘泣き。それで許される確率が上がりますし、泣く事自体はタダなので、積極的にやるわけです。
「フーリュ。なんでも我が儘を言ってお父様を困らせては駄目よ」
いつからか、家族の中で唯一私だけが、彼女の我が儘を聞かなくなりました。
この頃はまだ、血の繋がりを呪いなんて思ってませんでしたから。我が儘が通るのは子供の時だけ。そんな性格を貫いて、いざこの家を出た時に、苦労するのが彼女自身。そんな未来は避けてあげたいと、私はそう考えていたのです。
いえ正直なところ、半分は嫉妬もありました。妹ばかりが甘やかされて、その分私は蔑ろにされがち。そんな生活に嫌気がさしていたのは事実です。
でもやっぱり半分は、淑女として──いや人としてあるべき、正しさを説いていたつもりでした。でも彼女にとって私は、家族の中で唯一言うことを聞いてくれない不可解な存在でしかなかったのだと思います。
「お姉様なんて嫌いよっ!!」
ある日、私の小言に業を煮やした妹が、ついに癇癪を起こして暴れ回りました。
壁に穴を開け、カーテンを引き裂き、血の出るほど自分の肌をかきむしって傷つけていました。
その日を境に私は、実の妹に嫌がらせを続けてきた性格の悪い姉、という烙印を捺されました。
妹は、あることないこと私の悪口を両親や従者に言いふらし、鬱憤をはらしました。皆、天使のような彼女の言い分を信じて、私の事を悪魔のような目で見るようになったのです。
元々、あまり主張の得意な人間ではありませんでしたが、最初は頑張って身の潔白を証明しようとしたのです。しかしそれもすぐに無駄だという事に気付きました。
妹の方が、可愛かったから。皆、私の言葉よりは妹の言葉の方が、耳に、脳に届きやすいのです。
私が十四、妹が十三の時でした。
その日を境に私は、妹への教育の一切を諦めたのです。
「宝石が欲しい」
「指輪が欲しい」
「新しい別荘が欲しい──!」
周りの大人達を弄ぶような妹の我が儘を聞いても、一切耳を閉じる事にしました。
将来何処かで困る事になろうとも、一生その我が儘を貫き通せたとしても、どうでもいい。妹の人生です。私の人生ではない。
そうして同じ屋敷にいるにも関わらず、私達は一切声も掛け合わず、顔も合わせない仲になりました。
社交界や勉強のスケジュールも、従者達もある程度配慮していたのかもしれません。ええ、私の為ではなくて、妹に悪魔のような存在を近付けない為に。
──けれども。
けれどもです。
そんな私が十八才になったある日、止まない雨がないように、私のそんな陰鬱とした生活にも、とうとう光の射す日が訪れました。
「お姉様の婚約者が欲しい──」
妹がお父様にそう言ったのだとか。
ええ結構! 私のものだろうが妹のものだろうが、婚約者が出来ればどちらかはお相手の家にお世話になるではないですか!
私と妹が離れ離れになる結果に変わりはありません!
「リュシカ……実は、フーリュがアドニス・テレーシャ次期男爵を気に入ってしまったようでな……」
「お譲りします!」
流石に悪いと思っていたのか、珍しく私に対して下手に出ていた父でしたが、私の元気な即答にぽかんとしておいででした。
「そ、そうか……? しかし元々お前の縁談──」
「後か先かなどどうでもいいのです! 大切なのはお互いの家にとっての実利、そして両者が愛し合っているかどうかでしょう!? さあどうぞ! ええどうぞ! 私は一向に構いません!!」
「お、おう……」
私自身も珍しく、鼻息を荒げておりました。そんな私の勢いに圧倒されたのか、父はそれ以上何も言わなくなったのです。
お話はトントンと進み、妹はすぐにお相手、アドニス様の家に引っ越していきました。
そうして私は血の繋がりという呪いから解き放たれた日々を取り戻した──。
……なんて、そんな甘い話はなかったわけですが。
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