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11.人狼のご令嬢(グリルフェン視点)
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人間ってのは、パーティーが大好きらしい。
大勢の人間を集めて話しあったり、酒を飲んだりする。それ自体は、大いに結構。人と話すのも、美味いものを食べるのも人生の彩りであり、人はそれを娯楽と呼ぶ。
俺は悪魔だけれど、人間のそういう面には大いに共感できる。昔っから誘惑には弱いタチなのである。多分俺は、悪魔じゃなかったら、真っ先に悪魔に誘惑されるタイプだろうと、その自覚はある。
そんな自堕落な俺でも、一つだけどうしても疑念が払えない事がある。パーティーというふざけた場で、度々国の歴史が動いてきたという事実だ。
国の有権者達は、楽しみながら、酒に酔いながら、まるで雑談のように政治の話をするのだという。経済の行く末、文化の行く末、戦争の行く末。国の歴史は、そういった娯楽者達のその時の気分によって決められてきた。
物事の決め方に疑問すら抱かないから、汚穢と呼ばれるような歴史を何度も繰り返してしまっている。馬鹿っぽいな、人間って。まぁ、それが可愛くもあるのだけど。
……しかし今回のパーティーに関しては、開催したのが有権者でも、招待された人間は圧倒的に家名なしの市民が多いようだが──。
バルト子爵家──そこの令息であり、魔法学園の生徒でもあるという、ヴァンフォート・バルトが開催したダンスパーティーで、参加者の殆どが学友。今宵、ここで真実が明らかになると、うそぶいたからにはおそらく、この中に幻術スキルを強奪、使用した者がいるのだろう。
俺は目を細め、二階のテラス──少し離れた場所から、会場を見下ろしていた。当然招待客じゃないから、見つかったらつまみ出されてしまう。
何をどうするつもりか知らないけど、あの人狼のお嬢さんのやりたいようにやらせてみよう。文字通り高みの見物だ。
それにしても、肝心のお嬢さんはまだかな。続々と人が集まる中で未だその姿が見えないが……。
なんて事を考えていた時だった。会場から微かなざわめきが上がった。見やると入り口の方に、彼女の姿が見えた。
フレア・ルナソル子爵令嬢──。
淡い赤色の、きめ細やかで腰まで届くストレートヘア。黒い薔薇を模した髪飾りと、装飾の多い黒いドレスは悪趣味なようにも思えたが、周りの平民など比べ物にならない程のオーラを纏っている。
まるで太陽のようだ、と俺は思った。学生服も似合っていたが、こうしてドレスを着ているとなるほど、限りなく子爵令嬢っぽい。
ダンスや作法の稽古は苦手なんて言っていたが、歩き方からして品位なようなものが感じられるではないか。
「いらっしゃい、フレア」
「……バルト子爵」
彼女を出迎えたのは、中年小太りの貴族だった。この家の主で、主催者の父親である。彼はフレアの手の甲に軽くキスをすると、会場の真ん中へ案内した。
俺は黙って、テラスから二人の会話に集中していた。悪魔は人間の何倍もの聴力をもっているので、この位置からでも誰が何を言っているのかは丸聞こえである。
「……よく来てくれた。来てくれないと思っていたよ。馬鹿息子の非礼は、どう詫びたらいいか」
「子爵が気にされる事では御座いません。それに……言葉は悪いですが、長くは続かないかもしれないと、覚悟はしていましたので」
「女性に恥をかかせた事が問題だ。しかし君はこうして祝いの席に来てくれた。なんという器量の持ち主だろうか。断言出来るが、息子はいつか後悔するだろう。君を捨てた事をね」
「……そうかもしれませんね」
そういうと人狼のご令嬢は少し笑ってみせた。
ははぁ、なるほどな、と俺は思う。
なんとなく、事情は読めた気がする。彼女がどうして自分の力で犯人を暴きたいと拘ったのかも。
すると犯人は、あそこでさっきから婚約者とイチャイチャやっている主催者──ヴァンフォートか? ああ、言われてみればなんとなく、いけすかなそうな、なめきったような顔をしてやがる。
「皆様! ご静粛に!」
屋敷の従者らしき男が、そう言った。
「これより当家ご子息のヴァンフォート・バルト様より、パーティー開催のご挨拶と、皆様に重大発表が御座います!」
パラパラと騒ぎ散らしていた生徒達、他来客が一斉に静まり返り、会場の中心へ向けて整列をした。
中心の壇上へ、ご令息とその連れが上がる。彼は集まった者たち全てに流すような視線をやると、喉を鳴らし、言った。
「皆様、本日はお忙しい中お集まり頂きありがとうございます! ダンスパーティーとは称しておりますが、今宵は形式ばったものは一切抜きに、ただ学友の皆さんと楽しい時間を過ごせれば幸いと考えています!」
「踊らなくていいのか!?」
生徒の誰かがそう言って、場に僅かに失笑があった。ご令息はにっこりと微笑み、
「ええ、勝手にしてください!」
と言った。また小さな笑いが起こった。
「さて、すでに気になっている方もいらっしゃると思います。私事にはなりますが、今宵はこの場をお借りし改めて、正式に、皆様にご紹介したい女性がいます!」
と、隣にいた女性に視線をやり、彼は続けた。
「僕の新しい婚約者の──!」
「お待ち下さい!」
来客の方から声が上がり、周囲がざわついた。
フレアが、黒いドレスをなびかせながら壇上へ詰め寄る。
俺は目を細めた。
「その婚約、認めるわけにはいきません!」
人間ってのは、パーティーが大好きらしい。
大勢の人間を集めて話しあったり、酒を飲んだりする。それ自体は、大いに結構。人と話すのも、美味いものを食べるのも人生の彩りであり、人はそれを娯楽と呼ぶ。
俺は悪魔だけれど、人間のそういう面には大いに共感できる。昔っから誘惑には弱いタチなのである。多分俺は、悪魔じゃなかったら、真っ先に悪魔に誘惑されるタイプだろうと、その自覚はある。
そんな自堕落な俺でも、一つだけどうしても疑念が払えない事がある。パーティーというふざけた場で、度々国の歴史が動いてきたという事実だ。
国の有権者達は、楽しみながら、酒に酔いながら、まるで雑談のように政治の話をするのだという。経済の行く末、文化の行く末、戦争の行く末。国の歴史は、そういった娯楽者達のその時の気分によって決められてきた。
物事の決め方に疑問すら抱かないから、汚穢と呼ばれるような歴史を何度も繰り返してしまっている。馬鹿っぽいな、人間って。まぁ、それが可愛くもあるのだけど。
……しかし今回のパーティーに関しては、開催したのが有権者でも、招待された人間は圧倒的に家名なしの市民が多いようだが──。
バルト子爵家──そこの令息であり、魔法学園の生徒でもあるという、ヴァンフォート・バルトが開催したダンスパーティーで、参加者の殆どが学友。今宵、ここで真実が明らかになると、うそぶいたからにはおそらく、この中に幻術スキルを強奪、使用した者がいるのだろう。
俺は目を細め、二階のテラス──少し離れた場所から、会場を見下ろしていた。当然招待客じゃないから、見つかったらつまみ出されてしまう。
何をどうするつもりか知らないけど、あの人狼のお嬢さんのやりたいようにやらせてみよう。文字通り高みの見物だ。
それにしても、肝心のお嬢さんはまだかな。続々と人が集まる中で未だその姿が見えないが……。
なんて事を考えていた時だった。会場から微かなざわめきが上がった。見やると入り口の方に、彼女の姿が見えた。
フレア・ルナソル子爵令嬢──。
淡い赤色の、きめ細やかで腰まで届くストレートヘア。黒い薔薇を模した髪飾りと、装飾の多い黒いドレスは悪趣味なようにも思えたが、周りの平民など比べ物にならない程のオーラを纏っている。
まるで太陽のようだ、と俺は思った。学生服も似合っていたが、こうしてドレスを着ているとなるほど、限りなく子爵令嬢っぽい。
ダンスや作法の稽古は苦手なんて言っていたが、歩き方からして品位なようなものが感じられるではないか。
「いらっしゃい、フレア」
「……バルト子爵」
彼女を出迎えたのは、中年小太りの貴族だった。この家の主で、主催者の父親である。彼はフレアの手の甲に軽くキスをすると、会場の真ん中へ案内した。
俺は黙って、テラスから二人の会話に集中していた。悪魔は人間の何倍もの聴力をもっているので、この位置からでも誰が何を言っているのかは丸聞こえである。
「……よく来てくれた。来てくれないと思っていたよ。馬鹿息子の非礼は、どう詫びたらいいか」
「子爵が気にされる事では御座いません。それに……言葉は悪いですが、長くは続かないかもしれないと、覚悟はしていましたので」
「女性に恥をかかせた事が問題だ。しかし君はこうして祝いの席に来てくれた。なんという器量の持ち主だろうか。断言出来るが、息子はいつか後悔するだろう。君を捨てた事をね」
「……そうかもしれませんね」
そういうと人狼のご令嬢は少し笑ってみせた。
ははぁ、なるほどな、と俺は思う。
なんとなく、事情は読めた気がする。彼女がどうして自分の力で犯人を暴きたいと拘ったのかも。
すると犯人は、あそこでさっきから婚約者とイチャイチャやっている主催者──ヴァンフォートか? ああ、言われてみればなんとなく、いけすかなそうな、なめきったような顔をしてやがる。
「皆様! ご静粛に!」
屋敷の従者らしき男が、そう言った。
「これより当家ご子息のヴァンフォート・バルト様より、パーティー開催のご挨拶と、皆様に重大発表が御座います!」
パラパラと騒ぎ散らしていた生徒達、他来客が一斉に静まり返り、会場の中心へ向けて整列をした。
中心の壇上へ、ご令息とその連れが上がる。彼は集まった者たち全てに流すような視線をやると、喉を鳴らし、言った。
「皆様、本日はお忙しい中お集まり頂きありがとうございます! ダンスパーティーとは称しておりますが、今宵は形式ばったものは一切抜きに、ただ学友の皆さんと楽しい時間を過ごせれば幸いと考えています!」
「踊らなくていいのか!?」
生徒の誰かがそう言って、場に僅かに失笑があった。ご令息はにっこりと微笑み、
「ええ、勝手にしてください!」
と言った。また小さな笑いが起こった。
「さて、すでに気になっている方もいらっしゃると思います。私事にはなりますが、今宵はこの場をお借りし改めて、正式に、皆様にご紹介したい女性がいます!」
と、隣にいた女性に視線をやり、彼は続けた。
「僕の新しい婚約者の──!」
「お待ち下さい!」
来客の方から声が上がり、周囲がざわついた。
フレアが、黒いドレスをなびかせながら壇上へ詰め寄る。
俺は目を細めた。
「その婚約、認めるわけにはいきません!」
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